33 / 82
第13話(1)
しおりを挟む
「それにしても、ナステーシャの姪御がザハーリン公爵夫人でいらしたなんて。私すっかり忘れていたわ」
唇を潤したJ公爵夫人の親友であるT伯爵夫人が、ほうという吐息とともにそう言った。
"ナステーシャ"(アナスタシアの愛称)であるところのJ公爵夫人は、「まあアーニャ(アンナの愛称)ったら。でもそうね、専らオルトワ嬢とお呼びしていましたものね」と口元を、扇の代わりに手で差し隠した。
するとトルベツコイ公爵夫人が、「皆様。それだと私達が、如何にも夫人のお噂を、口さがなくしていたようではございませんか」と窘めてから、アレクサンドラに向かって「ごめんなさいね、お噂はしたけれど、ほんの時々でしてよ」と申し訳なさそうに笑いかけた。
アレクサンドラとニコライが結婚に至るまでの経緯は、ニコライが公爵位に降りることを含めて大事件として、帝国内で大変な関心を引いた。
経緯については当然公の発表などなされなかったが、伏せられたのが呼び水になり、人の口の端に上がること数多(あまた)となって、話さない者はいないという状況になったことを、もちろんアレクサンドラも知っていたし、不快に思う理由もなかった。
そこで、
「お耳汚しをしてお恥ずかしゅうございます」
とだけ答えて微笑み返すと、トルベツコイ夫人とT夫人が感嘆の声を漏らした。
そして、アレクサンドラに対してJ夫人が
「まあ、サーシャは本当に瑞々しく笑うのね」
と半ば呆れたように言い、2人が本当にと口々に同意する。
容姿を褒められることはアレクサンドラには日常茶飯事であり、感慨を受けることはもはやなかったが、それでも瑞々しいという形容は珍しかった。
アレクサンドラはその形容よりも、伯母であるJ公爵夫人とは、日頃ほとんど親しくはしていなかったが、トルベツコイ夫人に対し姪の良い印象を与えようとしてくれていることが嬉しく、また、このように日々の苦労を抱いていてもまだ顔には出ていないことが、幸いと考えていいものだろうかと、アレクサンドラは苦笑をしながら礼を述べた。
それから、新婚生活についての質問が3人から代わる代わるなされ、アレクサンドラがそれに答えるという時間になった。
打ち解けた姿のニコライはどのような印象か、家庭ではどう過ごしているのか、普段はどのような会話をしているのか。
王子がその座を降りるのは前代未聞であり、高貴な血の方が自分達と同列の地位にてどのような生活を送っているのかが関心事になるのは自然であった。
アレクサンドラは特に抵抗を感じず、奥ゆかしい範囲で応じていたが、話していて次第に、自分と夫との間には、その始まりはともかくとして、語るべき物語がないことに気が付いた。
夫婦となり、仲は良好だと思っている、ニコライは自分のことを心から気遣ってくれるし、自分も伴侶に敬意を抱いている。
しかし、アレクサンドラの認識としては夫婦は未だそこ止まりで、他人には隠しておきたい秘密事など一つも作られていなかった。
家族を語る抵抗感がないのではない、抵抗を感じる出来事が自分達の間には起きていないのだと、アレクサンドラは独り気まずい思いを抱えた。
聞かれるだけでなく自分も、他家の夫婦はどのように在るものなのかを聞いてみたい気がした。
唇を潤したJ公爵夫人の親友であるT伯爵夫人が、ほうという吐息とともにそう言った。
"ナステーシャ"(アナスタシアの愛称)であるところのJ公爵夫人は、「まあアーニャ(アンナの愛称)ったら。でもそうね、専らオルトワ嬢とお呼びしていましたものね」と口元を、扇の代わりに手で差し隠した。
するとトルベツコイ公爵夫人が、「皆様。それだと私達が、如何にも夫人のお噂を、口さがなくしていたようではございませんか」と窘めてから、アレクサンドラに向かって「ごめんなさいね、お噂はしたけれど、ほんの時々でしてよ」と申し訳なさそうに笑いかけた。
アレクサンドラとニコライが結婚に至るまでの経緯は、ニコライが公爵位に降りることを含めて大事件として、帝国内で大変な関心を引いた。
経緯については当然公の発表などなされなかったが、伏せられたのが呼び水になり、人の口の端に上がること数多(あまた)となって、話さない者はいないという状況になったことを、もちろんアレクサンドラも知っていたし、不快に思う理由もなかった。
そこで、
「お耳汚しをしてお恥ずかしゅうございます」
とだけ答えて微笑み返すと、トルベツコイ夫人とT夫人が感嘆の声を漏らした。
そして、アレクサンドラに対してJ夫人が
「まあ、サーシャは本当に瑞々しく笑うのね」
と半ば呆れたように言い、2人が本当にと口々に同意する。
容姿を褒められることはアレクサンドラには日常茶飯事であり、感慨を受けることはもはやなかったが、それでも瑞々しいという形容は珍しかった。
アレクサンドラはその形容よりも、伯母であるJ公爵夫人とは、日頃ほとんど親しくはしていなかったが、トルベツコイ夫人に対し姪の良い印象を与えようとしてくれていることが嬉しく、また、このように日々の苦労を抱いていてもまだ顔には出ていないことが、幸いと考えていいものだろうかと、アレクサンドラは苦笑をしながら礼を述べた。
それから、新婚生活についての質問が3人から代わる代わるなされ、アレクサンドラがそれに答えるという時間になった。
打ち解けた姿のニコライはどのような印象か、家庭ではどう過ごしているのか、普段はどのような会話をしているのか。
王子がその座を降りるのは前代未聞であり、高貴な血の方が自分達と同列の地位にてどのような生活を送っているのかが関心事になるのは自然であった。
アレクサンドラは特に抵抗を感じず、奥ゆかしい範囲で応じていたが、話していて次第に、自分と夫との間には、その始まりはともかくとして、語るべき物語がないことに気が付いた。
夫婦となり、仲は良好だと思っている、ニコライは自分のことを心から気遣ってくれるし、自分も伴侶に敬意を抱いている。
しかし、アレクサンドラの認識としては夫婦は未だそこ止まりで、他人には隠しておきたい秘密事など一つも作られていなかった。
家族を語る抵抗感がないのではない、抵抗を感じる出来事が自分達の間には起きていないのだと、アレクサンドラは独り気まずい思いを抱えた。
聞かれるだけでなく自分も、他家の夫婦はどのように在るものなのかを聞いてみたい気がした。
0
あなたにおすすめの小説
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです
春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。
ここは通過点のはずだった。
誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。
触れない客。
身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。
「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」
突然の身請け話。
値札のついた自分と向き合う三日間。
選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、
通過点は終わりになる。
これは救いではなく対等な恋の話。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
【魔女と蔑まれた私。実は神託の聖女でした?-命を弄ぶ回復魔法使いと蔑まれた私の物語-】
はくら(仮名)
恋愛
・本作は別名義で『小説家になろう』にも掲載しています。
・早めに終わります。
【 レアフ伯爵家の令嬢ユキアは回復魔法が得意だったが、義父家族からは命を弄ぶ魔女として蔑まれてしまう。
しかし実はユキアは女神の神託を受けた『運命の聖女』であり、そのことを知った王太子が彼女の元を訪れる――】
君は恋人、でもまだ家族じゃない
山田森湖
恋愛
あらすじ
同棲して3年。
毎朝コーヒーを淹れて、彼の寝ぼけた声に微笑んで、
一緒に暮らす当たり前の幸せを噛みしめる——そのはずだった。
彼女は彼を愛している。
彼も自分を愛してくれていると信じている。
それでも、胸の奥には消えない不安がある。
「私たちは、このまま“恋人”で止まってしまうの?」
結婚の話になると、彼はいつも曖昧に笑ってごまかす。
最初は理由をつけていたのに、今では何も言わなくなった。
周囲の友人は次々と結婚し、家族を持ち始めている。
幸せそうな写真を見るたび、彼女の心には
“言えない言葉”だけが増えていく。
愛している。
でも、それだけでは前に進めない。
同棲という甘い日常の裏で、
少しずつ、確かにズレ始めているふたりの未来。
このまま時間に流されるだけの恋なのか、
それとも、家族へと歩き出せる恋なのか——。
彼の寝息を聞きながら、
彼女は初めて「涙が出そうな夜」を迎えていた。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
幼馴染の許嫁は、男勝りな彼女にご執心らしい
和泉鷹央
恋愛
王国でも指折りの名家の跡取り息子にして、高名な剣士がコンスタンスの幼馴染であり許嫁。
そんな彼は数代前に没落した実家にはなかなか戻らず、地元では遊び人として名高くてコンスタンスを困らせていた。
「クレイ様はまたお戻りにならないのですか……」
「ごめんなさいね、コンスタンス。クレイが結婚の時期を遅くさせてしまって」
「いいえおば様。でも、クレイ様……他に好きな方がおられるようですが?」
「えっ……!?」
「どうやら、色町で有名な踊り子と恋をしているようなんです」
しかし、彼はそんな噂はあり得ないと叫び、相手の男勝りな踊り子も否定する。
でも、コンスタンスは見てしまった。
朝方、二人が仲睦まじくホテルから出てくる姿を……
他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる