続・公証長サーシャの通過点―巻き戻れなくとも自分に負けずに生きる

蜂須賀漆

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第14話(1)

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「緊張していますか」
「そう見えますでしょうか」
「見えますね」

扇を顔に差し隠したアレクサンドラに、ニコライは馬車の隣から微笑んだ。

「大丈夫ですよ、大事が控えているとはいえ、晩餐自体は小規模です。寛いだ気持ちで行きましょう」

ニコライの言う通りだとは思うが、アレクサンドラはどうしても気負いを取り払うことができないでいた。
晩餐への出席について、ニコライからは快諾を得たが、他に誰が出席するのかという尋ねを受けた。
夫は、最終目的がトルベツコイ公爵の運動ならば、出席者は少ない方が良いとは言ったが、権力バランスへの影響については何の言及もしなかった。
むしろ主催者側の方が政治方面は気にかけたようで、通常は小規模でも貴族の晩餐となれば、数家から客を招いて行うものであるのに、客は身内でもないザハーリン夫妻のみとし、わざわざ招かないことへの詫びがあったとJ公爵夫人から言伝を受けた。
要らない波紋を生む原因を作ってしまっただろうかと密かに慄(おのの)いたが、何も言わないニコライを信じて臆さないことにした。

当面大切なのは、せっかく得た機会を丁寧に使うことである。
アレクサンドラは、前もってニコライと相談し、立ち回り方を決めていた。
晩餐という表面上の理由に、ソフィア・ペトロヴナ・トルベツカヤ公爵令嬢に、振る舞いの手本を見せる目的が隠れ、アレクサンドラのみが、さらにその裏に父であるトルベツコイ公爵との面会と彼への運動、遺言状認証について説明し、開始の内諾を取り付ける目論見を隠していた。
ニコライには、事を急がないように、最低限面会をして、顔見知りになるところまでできれば良いのではと忠言は受けていた。
無理に押し過ぎると碌なことが起こらない、とはアレクサンドラも痛感しており、忠言を素直に受ける気持ちだったが、もし機会があれば最後まで遂げたいと思うと同時に、そういう機会を得られるように行動するつもりではいた。
そのため、説明しやすいように内容を1枚に纏めた書類を入念に準備したし、その書類を見せる機会がない場合に備えて、口頭のみでどう説明すれば理解してもらいやすいかも熟考し、練習もした。
夫人には、今後も関係を続けていくためにも、計画のことは一切伏せることにし、ニコライからも同意があった。
欲得ずくで近づいたのは事実ではあるが、それを伝える必要はないし、今後も付き合っていくのであれば障害にしかならず、縁が切れる恐れが高い。

少し困ったままなのは、ソフィア嬢への「お手本」の件であった。
晩餐でのマナーについては、ソフィア嬢は当然教育を受けているはずで、アレクサンドラが口を出すのは逆に礼に反する。
それ以外となると、仕草や話し方ということになるのだろうが、手本を見せろと言われても、アレクサンドラは特に何も意識しているわけではない。
自然体でいれば良いかもしれないと自分を宥める一方で、言葉で説明ができず、具体的に教えて欲しいとせがまれたらどうしたものかと悩んでいた。
ニコライにその懸念を伝えると、ニコライは目を丸くしてから柔らかな弧にした。

「そんなに気負わなくとも良いと思いますよ。子供の要求なのですから」
「子供であっても小さなレディでございますわ」
「それはそうですが。真剣に向き合うことは必要ですが、子供の行動は得てして大人の予想を超えてきますからね、準備はしない方が良いかもしれませんよ」
「そうなのですか?」

ニコライは「我が弟……いや弟は違うかな、妹達はそうでしたよ。さっきまでこうしたいああしたいと言っていたのが、すぐにひっくり返るのです」と肩を竦めた。

「気まぐれ、ということでございますか」
「むしろ、紛れるという行動自体、まだできあがっていないのだと思いますね。今正に沸き起こる興味関心が強く働いて、直前に何をするつもりだったかが飛んでしまうという感じでしょうか」

熟考によらない行動をしばしば取るということか、とアレクサンドラが困惑を蓄えていると、ニコライが

「貴女にも知らないことがあるのですね」

と微かに感心と喜色とを滲ませながら言った。
その理由を掴みかねたアレクサンドラは、「子供と接する機会がございませんでしたから」と目を伏せ顔を逸らした。
アレクサンドラは弟妹がいないのだから、当然でありやむを得ないことであったが、子供の扱いについて無知だと言われることは、人の妻である資格を疑問視されている気がした。
それを夫である人に、からかいであっても言及されるのは、公爵夫人として、いや妻として恥である気になった。
母夫人に、夫第一ではないのを咎められたことや、先日、T伯爵夫人に自分達の子供について仄めかされた記憶も尾を引いていた。

「申し訳ない、茶化したのではないのですよ」

慌てたニコライが謝罪を口にし機嫌を取ろうとするが、アレクサンドラは、即座に紛らわせ場を和ませることがどうしてもできず、何となく意地を張りたくて、顔を逸らし続けた。
ニコライが王族であるとか、夫であるとか、そういうことを全て差し置いて、今はぜひともそういう態度を取りたくなった。
決して怒りではなかった、それはどちらかというと拗ねる心持ちであった。
自分がそういう一面を持っていたことに驚き、勝気についてソフィア嬢のことをとやかく言えないと反省を抱きながら、この態度をどういう手順で解いたものかと、アレクサンドラは徐々に悩み始めた。
拗ねるという行動も滅多にしない、覚えている範囲ではしたことがなかったはずだが、どうして今そういう気になったのか自分でもよく分からなかった。
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