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第16話(5)
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ベルケンドルフ公爵は何事もなかったかのように朗らかに「これはザハーリン公爵」とニコライに向かって両手を広げた。
「ご挨拶をと思って探し回っていたのです」
「それは申し訳ございません。私もお探しはしたのですが、ちょうど奥方がおられたので、いずれ戻って来られると思って横着しておりました」
「はは、では擦れ違いですね。まあ懸命だ、この混み方では」
ニコライはさっと握手を交わすとその手をアレクサンドラに差し伸べて、「J公爵夫人がいらしていたようですよ。ご挨拶にいかねば」と促した。
アレクサンドラはその計略に乗り、「まあ伯母様が?どちらにいらっしゃいましたか」と手を取ってさっと立ち上がった。
「では公爵、皆様。一旦失礼します」
笑顔を崩さないニコライに従ってアレクサンドラも頭を下げ、エスコートされながら人の間を進む。
いつもより速足の夫が「間一髪でしたか」と呟いたところで、アレクサンドラは
「申し訳ございません、お手を煩わせてしまいました」
と項垂れた。
遠目で状況を把握し、機転を利かせて窮地から救ってくれた夫に引き換え、ダンスの申し出1つも断れない自分の何という情けないこと、と自責の念に駆られていると、ニコライが気まずそうに言った。
「謝らないで下さい。私も頭に血が昇ってしまって、嘘の内容は我ながらもっともらしいと思ったのですが、貴女を回収する方法は大分大人気なかったので」
「回収……」
「どうしても貴女を彼と踊らせたくなかったのです」
照れ顔を誤魔化すように、「それよりも、伯母上はいませんでしたがU侯爵がいましたから、挨拶を済ませましょう。間もなく次の曲が始まりそうだ」と促すニコライに連れられて、アレクサンドラがホールの端まで行くと、軽食を嗜める一角にU侯爵と娘の姿があった。
アレクサンドラは姿勢を正して、偶然を装いU侯爵に声を掛ける夫に従った。
U侯爵は、オルロフ親子が訪問を試みた際に都合がどうしても合わず、正式に顔を合わせるのはこれが初めてであった。
U侯爵は、何故帝都で話題の夫妻がわざわざ自分達にまで挨拶に来たのか、疑念と恐縮とをない交ぜにしながら応じる。
娘の方は、元とはいえ第1王子と、同性でも掛け値なくずば抜けた美しさだと感じられる女性が一度に現れ、丁重さを持って自分にまで挨拶をされたことに、緊張に浮き足立ってしまっていた。
「妻は公証の長を務めておりまして」
「え、ええ。それは存じ上げております」
ニコライの膳立てに感謝しながら、アレクサンドラはそれを受け取って、自ら「経験が浅く、悩み迷うことも多くございます。若輩者を何卒お導きくださいませ」と膝を折った。
U侯爵は僅かな警戒を見せながらも、来客の多さにあまりに応対が長引いては目立ち煩わしいと、「私でお力になれることならば」とおざなりの承諾を慌ただしく口にした。
アレクサンドラは、先程のベルケンドルフ公爵の際に懲りたこともあって、この混み合った場所で、具体的な相談事項について語るつもりはなく、挨拶をした事実を作ったことだけでも及第とした。
本当はV侯爵も探したかったが、今から会場内をうろついては再びベルケンドルフ公爵と鉢合わせするかもしれないと思うと、諦めるのが賢明であった。
まあいい、焦ってはいけない、とアレクサンドラが一息吐いたところで、3曲目のためのチューニングが始まった。
アレクサンドラは、ニコライが「では踊りますか」と手を差し伸べるのに驚いた。
「お嫌ですか?おや、もしかするとまだお疲れでしたか」
確かに疲れは消えてはいなかったが、アレクサンドラとしてはむしろ、舞踏会に足を運んだ目的が一応達成され、終劇の心持ちになっていたところであった。
「いえ、そういうわけでは」
「次はスローワルツだそうなので疲れませんから大丈夫です。お任せ下さい」
3曲目が始まり、ホールの中心に誘われながらアレクサンドラが、自分でも珍しく「先程、ベルケンドルフ公爵にも同じことを言われました」と多少揶揄う気持ちで告げると、夫は眉を逆立てて
「何ですと。では私の発言を上書きして下さい。上書きすれば消えます」
と妻の身体を支えて踊り始めた。
ステップを踏み出しながら、何と楽しい夜だろう、そういう気持ちがアレクサンドラに溢れた。
「ご挨拶をと思って探し回っていたのです」
「それは申し訳ございません。私もお探しはしたのですが、ちょうど奥方がおられたので、いずれ戻って来られると思って横着しておりました」
「はは、では擦れ違いですね。まあ懸命だ、この混み方では」
ニコライはさっと握手を交わすとその手をアレクサンドラに差し伸べて、「J公爵夫人がいらしていたようですよ。ご挨拶にいかねば」と促した。
アレクサンドラはその計略に乗り、「まあ伯母様が?どちらにいらっしゃいましたか」と手を取ってさっと立ち上がった。
「では公爵、皆様。一旦失礼します」
笑顔を崩さないニコライに従ってアレクサンドラも頭を下げ、エスコートされながら人の間を進む。
いつもより速足の夫が「間一髪でしたか」と呟いたところで、アレクサンドラは
「申し訳ございません、お手を煩わせてしまいました」
と項垂れた。
遠目で状況を把握し、機転を利かせて窮地から救ってくれた夫に引き換え、ダンスの申し出1つも断れない自分の何という情けないこと、と自責の念に駆られていると、ニコライが気まずそうに言った。
「謝らないで下さい。私も頭に血が昇ってしまって、嘘の内容は我ながらもっともらしいと思ったのですが、貴女を回収する方法は大分大人気なかったので」
「回収……」
「どうしても貴女を彼と踊らせたくなかったのです」
照れ顔を誤魔化すように、「それよりも、伯母上はいませんでしたがU侯爵がいましたから、挨拶を済ませましょう。間もなく次の曲が始まりそうだ」と促すニコライに連れられて、アレクサンドラがホールの端まで行くと、軽食を嗜める一角にU侯爵と娘の姿があった。
アレクサンドラは姿勢を正して、偶然を装いU侯爵に声を掛ける夫に従った。
U侯爵は、オルロフ親子が訪問を試みた際に都合がどうしても合わず、正式に顔を合わせるのはこれが初めてであった。
U侯爵は、何故帝都で話題の夫妻がわざわざ自分達にまで挨拶に来たのか、疑念と恐縮とをない交ぜにしながら応じる。
娘の方は、元とはいえ第1王子と、同性でも掛け値なくずば抜けた美しさだと感じられる女性が一度に現れ、丁重さを持って自分にまで挨拶をされたことに、緊張に浮き足立ってしまっていた。
「妻は公証の長を務めておりまして」
「え、ええ。それは存じ上げております」
ニコライの膳立てに感謝しながら、アレクサンドラはそれを受け取って、自ら「経験が浅く、悩み迷うことも多くございます。若輩者を何卒お導きくださいませ」と膝を折った。
U侯爵は僅かな警戒を見せながらも、来客の多さにあまりに応対が長引いては目立ち煩わしいと、「私でお力になれることならば」とおざなりの承諾を慌ただしく口にした。
アレクサンドラは、先程のベルケンドルフ公爵の際に懲りたこともあって、この混み合った場所で、具体的な相談事項について語るつもりはなく、挨拶をした事実を作ったことだけでも及第とした。
本当はV侯爵も探したかったが、今から会場内をうろついては再びベルケンドルフ公爵と鉢合わせするかもしれないと思うと、諦めるのが賢明であった。
まあいい、焦ってはいけない、とアレクサンドラが一息吐いたところで、3曲目のためのチューニングが始まった。
アレクサンドラは、ニコライが「では踊りますか」と手を差し伸べるのに驚いた。
「お嫌ですか?おや、もしかするとまだお疲れでしたか」
確かに疲れは消えてはいなかったが、アレクサンドラとしてはむしろ、舞踏会に足を運んだ目的が一応達成され、終劇の心持ちになっていたところであった。
「いえ、そういうわけでは」
「次はスローワルツだそうなので疲れませんから大丈夫です。お任せ下さい」
3曲目が始まり、ホールの中心に誘われながらアレクサンドラが、自分でも珍しく「先程、ベルケンドルフ公爵にも同じことを言われました」と多少揶揄う気持ちで告げると、夫は眉を逆立てて
「何ですと。では私の発言を上書きして下さい。上書きすれば消えます」
と妻の身体を支えて踊り始めた。
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