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第20話(1)
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トルベツコイ公爵は、公証長の2度目の訪問を、特段の抵抗なく受け入れた。
ザハーリン公爵夫人は、J公爵夫人のサロンにて娘のソフィアと交流を続けているようで、ごくたまにトルベツコイ家の訪問も行われているようだった。
公爵は、職務があって直接会うことはなかったが、ソフィアが彼女と面会したかどうかは、夕食時の娘の機嫌で一目瞭然だった。
いつも父に対して冷淡な娘が、今日はこんなお手本を見た、真似したらとても上手にできた、と食事を疎かにするほどに、楽し気に報告をし続けてくる。
また、長子エヴゲーニイについては、ニコライ王子、もといザハーリン公爵の領地で、貴族の跡継ぎとしての教育を、領地経営の手法とともに施されていた。
公爵家と言えども資産は無限ではなく、再現のない浪費は名実ともに家の没落を招くことを、ザハーリン家の優秀な執事が"実体験として"教え込み、貴族に生まれた以上は、個人の欲求は律しなければならないことを日々感じ取らせているという。
また、いくら十分な教育をしても、朱に交われば赤くならないのは難しいため、悪友達が万が一にも"救出"にやってこないよう、適度という名の厳重な監視が施されていると聞いた。
夫婦双方からの厚意に、感謝で頭が上がらない公爵が、公証の用件として面会したいという頼みを、今度は何だろうと首を捻ったものの、拒むということは考えていなかった。
先般の遺言状の案件なら、制度改良くらいなら、別に元老院を通さず自由にやって構わないと助言するくらいで終わり、いちいち説明に来るのは律儀だが無用なことだと軽く捉えていた。
しかし彼女の訪問を受け、訪問意図を知らされるとともに説明を受けたトルベツコイ公爵は、経験上、その内容に一筋縄ではいかないものを嗅ぎ取って、面倒なことになったと嘆いた。
彼女の説明は、遺言状の認証よりもかなり簡明であった。
現在、帝都だけに置かれている公証の窓口を、利便性向上のため、帝都以外にも設置する。
窓口は、受付・書類の確認・手数料受領等の前後処理のみで、審査と認証は引き続き帝都で実施する。
そして設置場所は、公証長は手始めに、と前置きした上で、オルロフの領地オルトにするつもりだ、と説明をした。
元老院に加わること長く、政策事例を多く見ているトルベツコイ公爵は、この内容は自分が他の構成員に説明して済むものではないと直感した。
簡易出張所のようなものを設けるだけなら格別、若き女公証長は、まず己の領地の利便性を引き上げようとしている。
手始めに、と言いはしたが、次をどうするのかは今後の検討事項だという。
前の遺言状の時とは異なり、将来の展望がいまいち見通せない案を、もし自分が元老院内に展開するなどしたら、己の身の破滅である。
しかし、自分の段階で門前払いするのも責任問題であった。
元老院の第1の相談者にされたことで、入り口の判断、つまり元老院の議題として取り上げるべきか否かを、事実上自分がさせられる事態に陥ったトルベツコイ公爵は、こうなるなら、前の遺言状の時に気軽に引き受けるのではなかったと過去の軽率を悔いた。
先の相談は成り行き上、自分が受けており、次もまず自分を頼るのは自然ではあったが、トルベツコイ公爵はそう理解は与えながら、貧乏くじを引かされた気分になった。
改革は大いに結構だが、面倒事は困る、と正直迷惑であった。
(いや、早まるな。待てよ)
説明を終えたザハーリン公爵夫人は、トルベツコイ公爵の返答を穏やかに待っており、こちらに請うような態度は特に見られない。
それならば、元老院の一員として助言なり指導なりを述べればそれで足りるのではないか、と公爵は思案した。
こういう癖のある相談を持ち込まないようにと言いたいところだが、ここまで関係が形成されている以上それを言うのは道義に反するし、冷たい人よと思われるのも困る。
トルベツコイ公爵は慎重に、「その、この案は、この後どうやって進めるつもりだったか、考えはありましたか?」と口を開くと、ザハーリン夫人からは
「ご指導があればそれに従うつもりでございましたが、それぞれの皆様にご説明に伺うべきものと思っておりました」
と淀みなく返された。
そのつもりならば最悪は回避できると胸を撫で下ろしたトルベツコイ公爵は、少し落ち着きを取り戻し、案について懸念点を問うことにした。
「まずオルトに置くというのは如何なものでしょうな。利便性を言うならば、もっと大都市に置くべきでは?」
すると、ザハーリン夫人は「検討は致したのですが、私の力不足で、内諾を頂戴することができませず」と表情を曇らせた。
ザハーリン公爵夫人は、J公爵夫人のサロンにて娘のソフィアと交流を続けているようで、ごくたまにトルベツコイ家の訪問も行われているようだった。
公爵は、職務があって直接会うことはなかったが、ソフィアが彼女と面会したかどうかは、夕食時の娘の機嫌で一目瞭然だった。
いつも父に対して冷淡な娘が、今日はこんなお手本を見た、真似したらとても上手にできた、と食事を疎かにするほどに、楽し気に報告をし続けてくる。
また、長子エヴゲーニイについては、ニコライ王子、もといザハーリン公爵の領地で、貴族の跡継ぎとしての教育を、領地経営の手法とともに施されていた。
公爵家と言えども資産は無限ではなく、再現のない浪費は名実ともに家の没落を招くことを、ザハーリン家の優秀な執事が"実体験として"教え込み、貴族に生まれた以上は、個人の欲求は律しなければならないことを日々感じ取らせているという。
また、いくら十分な教育をしても、朱に交われば赤くならないのは難しいため、悪友達が万が一にも"救出"にやってこないよう、適度という名の厳重な監視が施されていると聞いた。
夫婦双方からの厚意に、感謝で頭が上がらない公爵が、公証の用件として面会したいという頼みを、今度は何だろうと首を捻ったものの、拒むということは考えていなかった。
先般の遺言状の案件なら、制度改良くらいなら、別に元老院を通さず自由にやって構わないと助言するくらいで終わり、いちいち説明に来るのは律儀だが無用なことだと軽く捉えていた。
しかし彼女の訪問を受け、訪問意図を知らされるとともに説明を受けたトルベツコイ公爵は、経験上、その内容に一筋縄ではいかないものを嗅ぎ取って、面倒なことになったと嘆いた。
彼女の説明は、遺言状の認証よりもかなり簡明であった。
現在、帝都だけに置かれている公証の窓口を、利便性向上のため、帝都以外にも設置する。
窓口は、受付・書類の確認・手数料受領等の前後処理のみで、審査と認証は引き続き帝都で実施する。
そして設置場所は、公証長は手始めに、と前置きした上で、オルロフの領地オルトにするつもりだ、と説明をした。
元老院に加わること長く、政策事例を多く見ているトルベツコイ公爵は、この内容は自分が他の構成員に説明して済むものではないと直感した。
簡易出張所のようなものを設けるだけなら格別、若き女公証長は、まず己の領地の利便性を引き上げようとしている。
手始めに、と言いはしたが、次をどうするのかは今後の検討事項だという。
前の遺言状の時とは異なり、将来の展望がいまいち見通せない案を、もし自分が元老院内に展開するなどしたら、己の身の破滅である。
しかし、自分の段階で門前払いするのも責任問題であった。
元老院の第1の相談者にされたことで、入り口の判断、つまり元老院の議題として取り上げるべきか否かを、事実上自分がさせられる事態に陥ったトルベツコイ公爵は、こうなるなら、前の遺言状の時に気軽に引き受けるのではなかったと過去の軽率を悔いた。
先の相談は成り行き上、自分が受けており、次もまず自分を頼るのは自然ではあったが、トルベツコイ公爵はそう理解は与えながら、貧乏くじを引かされた気分になった。
改革は大いに結構だが、面倒事は困る、と正直迷惑であった。
(いや、早まるな。待てよ)
説明を終えたザハーリン公爵夫人は、トルベツコイ公爵の返答を穏やかに待っており、こちらに請うような態度は特に見られない。
それならば、元老院の一員として助言なり指導なりを述べればそれで足りるのではないか、と公爵は思案した。
こういう癖のある相談を持ち込まないようにと言いたいところだが、ここまで関係が形成されている以上それを言うのは道義に反するし、冷たい人よと思われるのも困る。
トルベツコイ公爵は慎重に、「その、この案は、この後どうやって進めるつもりだったか、考えはありましたか?」と口を開くと、ザハーリン夫人からは
「ご指導があればそれに従うつもりでございましたが、それぞれの皆様にご説明に伺うべきものと思っておりました」
と淀みなく返された。
そのつもりならば最悪は回避できると胸を撫で下ろしたトルベツコイ公爵は、少し落ち着きを取り戻し、案について懸念点を問うことにした。
「まずオルトに置くというのは如何なものでしょうな。利便性を言うならば、もっと大都市に置くべきでは?」
すると、ザハーリン夫人は「検討は致したのですが、私の力不足で、内諾を頂戴することができませず」と表情を曇らせた。
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