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第19話(5)
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夫たる人はもちろん、誰も後を追う様子はなく、アレクサンドラだけがドアの方向を気にしていると、母夫人が、
「大丈夫よ、じきに戻っていらっしゃるわ」
と遠慮がちに言った。
「そうそう、旦那様の目の前で申し上げるのも躊躇われるけれど、いつものこと、様式美ですからね、カーチェンカの。ねえお義母様」
「その通り」
「本当にお恥ずかしいことだ」
「まあ昔からですからね、それこそ令嬢時代からの。知りたいと思うと相手がどう思うかそっちのけで根掘り葉掘り。ですから、何を聞かれても以降は無視なさった方が良くてよ、ザハーリン公爵夫人」
アレクサンドラは戸惑いながら承諾を表明した。
心配と興味の名の陰に、子供がまだできないことを非難し、原因はアレクサンドラではと思い込ませようとすることに憤りを覚え、他方で目当てのV侯爵から心を寄せられたことを、怪我の功名だと喜んだが、それらよりも母夫人が、アレクサンドラは目の当たりにするべくもなかった、実際に子がなかなかできず苦しんだ片鱗を見ることになって動揺した。
波風を嫌い抗議という言葉が最も似合わない母夫人が、いかにも勇気を奮って娘を庇ったことにも、母の愛を強く感じ、燻る不満が煙のように消えていくのを感じた。
アレクサンドラが、V侯爵から改めての謝罪を恐縮しながら受けていると、主催夫人の言う通り、V侯爵夫人が「ああお腹が空いた」と言いながらけろりと室に戻って来て、取り皿に盛り上げたチョコレートを次々に口に放り込み始めた。
まるで、口の中に食べ物があるのでこれ以上は喋りませんという弁解にも見えたが、主催夫人を中心とした談話が途切れる隙に、「ところでさっきの」と会話を取り戻そうとするので、堪忍袋の緒が切れた夫侯爵は、妻を引き摺って中座する羽目に陥った。
帰りの、沈黙が満ちる深夜の馬車にてアレクサンドラは、長く躊躇った後に、「お母様」と呼びかけた。
ガタゴトという騒々しさの中に沈んでいた母夫人は、驚きのあまり「な、あに?」と上擦った返事をする。
アレクサンドラは、母夫人の様子に、これまでの自分の態度を少し反省しながら、
「本日はありがとうございました、大変助かりました」
と軽く頭を下げた。
彼女は、小サロンに紹介し同行をしてくれたこと、その結果、V侯爵との繋がりを持てたことの感謝を示したのだったが、母が目元をハンカチで覆うのを見て面食らった。
「どうなさいました」
「何でもないのよ、何でも……」
子供ができない時代の辛さを思い出したのかとも思われたが、母夫人の答えは
「久しぶりに、貴女とお出かけできた、と思ったら、つい……」
と涙声に紛れた。
アレクサンドラは、まだ残っていた恨みと蟠(わだかま)りを投げ捨てるように、車内を移動して母夫人の隣に座り、肩を抱き寄せた。
母夫人は、アレクサンドラが距離を取った元々の原因を理解していないようだったが、もうそんなことはどうでも良かった。
不満や抗議を覚えた時点で、はしたないとは思わず、包み隠さずに言うべきだった。
母夫人のかつての、そしてたった今までの苦しみを思って、アレクサンドラは自分の意固地を反省しながら、馬車が止まっても、ハンカチを離せない母に寄り添っていた。
「大丈夫よ、じきに戻っていらっしゃるわ」
と遠慮がちに言った。
「そうそう、旦那様の目の前で申し上げるのも躊躇われるけれど、いつものこと、様式美ですからね、カーチェンカの。ねえお義母様」
「その通り」
「本当にお恥ずかしいことだ」
「まあ昔からですからね、それこそ令嬢時代からの。知りたいと思うと相手がどう思うかそっちのけで根掘り葉掘り。ですから、何を聞かれても以降は無視なさった方が良くてよ、ザハーリン公爵夫人」
アレクサンドラは戸惑いながら承諾を表明した。
心配と興味の名の陰に、子供がまだできないことを非難し、原因はアレクサンドラではと思い込ませようとすることに憤りを覚え、他方で目当てのV侯爵から心を寄せられたことを、怪我の功名だと喜んだが、それらよりも母夫人が、アレクサンドラは目の当たりにするべくもなかった、実際に子がなかなかできず苦しんだ片鱗を見ることになって動揺した。
波風を嫌い抗議という言葉が最も似合わない母夫人が、いかにも勇気を奮って娘を庇ったことにも、母の愛を強く感じ、燻る不満が煙のように消えていくのを感じた。
アレクサンドラが、V侯爵から改めての謝罪を恐縮しながら受けていると、主催夫人の言う通り、V侯爵夫人が「ああお腹が空いた」と言いながらけろりと室に戻って来て、取り皿に盛り上げたチョコレートを次々に口に放り込み始めた。
まるで、口の中に食べ物があるのでこれ以上は喋りませんという弁解にも見えたが、主催夫人を中心とした談話が途切れる隙に、「ところでさっきの」と会話を取り戻そうとするので、堪忍袋の緒が切れた夫侯爵は、妻を引き摺って中座する羽目に陥った。
帰りの、沈黙が満ちる深夜の馬車にてアレクサンドラは、長く躊躇った後に、「お母様」と呼びかけた。
ガタゴトという騒々しさの中に沈んでいた母夫人は、驚きのあまり「な、あに?」と上擦った返事をする。
アレクサンドラは、母夫人の様子に、これまでの自分の態度を少し反省しながら、
「本日はありがとうございました、大変助かりました」
と軽く頭を下げた。
彼女は、小サロンに紹介し同行をしてくれたこと、その結果、V侯爵との繋がりを持てたことの感謝を示したのだったが、母が目元をハンカチで覆うのを見て面食らった。
「どうなさいました」
「何でもないのよ、何でも……」
子供ができない時代の辛さを思い出したのかとも思われたが、母夫人の答えは
「久しぶりに、貴女とお出かけできた、と思ったら、つい……」
と涙声に紛れた。
アレクサンドラは、まだ残っていた恨みと蟠(わだかま)りを投げ捨てるように、車内を移動して母夫人の隣に座り、肩を抱き寄せた。
母夫人は、アレクサンドラが距離を取った元々の原因を理解していないようだったが、もうそんなことはどうでも良かった。
不満や抗議を覚えた時点で、はしたないとは思わず、包み隠さずに言うべきだった。
母夫人のかつての、そしてたった今までの苦しみを思って、アレクサンドラは自分の意固地を反省しながら、馬車が止まっても、ハンカチを離せない母に寄り添っていた。
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