続・公証長サーシャの通過点―巻き戻れなくとも自分に負けずに生きる

蜂須賀漆

文字の大きさ
68 / 82

第20話(3)

しおりを挟む
まずは1人目、とトルベツコイ公爵への面会を果たしたアレクサンドラは、戻って来た公証の執務室で、メイドに持って来させた飲み物で、気疲れを癒そうとしていた。
初めて運動の効果を実感し、勇気を出して行動に移したのは幸いであったと自分の判断を肯定的に捉えたが、騙したようであまり気分が良いものではなく、その分爽やかな喜びを得たと言うわけにはいかなかった。

それに、やはり場所の指摘をされた。
それも、まずもっと適した土地へ設置すべきではないかという指摘ではなく、専ら自家の領地の便宜を図りたいという誤解が先に来るのか、とアレクサンドラは己の読みの甘さを反省した。
まあ悔いていても仕方ない、トルベツコイ公爵からは理解は頂戴できたし、入念にシナリオを書いても零れ落ちることがある、初手で体験したのは幸いだと無理矢理思うことにした。
他の公侯爵達には、説明の中で、第2の都市メルジューンは検討と交渉だけは行った旨を折り込むことを思案しながら、いずれ、他の予想外の質問が飛んで来る覚悟は必要だった。
議長のデミトフ公爵となると、もはや備えること自体が愚行なのかもしれなかった。

何とかここまでは来られた、元老院へ説明するところまでは辿り着いた。
アレクサンドラの目標は、オルトに窓口を作れば達成される。
ゆえに、アレクサンドラはメルジューンが破談になった時点で、代案を探す意欲が削がれていた。
本来は、他の土地への設置を考える必要がなく、メルジューンでさえも、元老院対策で盛り込んだに過ぎなかった。
しかし、帝国民の利益を考えると、今は、オルトをゴール地点とすることが非常な手落ちなのではないかと次第に思えて来る。
トルベツコイ公爵からも、"次"の検討について明確な指示があった。
本音としては、ベルケンドルフ公爵と対峙した苦痛を、また違う苦労として味わうのは心が磨り減ることであって、もう向き合いたくはなかった。
しかし、現状としてそういう未来が否応なく待ち構えている。
このような心弱りでは、議長公爵に太刀打ちできないと自らを奮い立たせるのだが、次をどうしたら良いのかという、答えを出せない課題に眼前を遮られる感じが拭えないまま、次の面会に向けて、W公爵宛ての手紙を書き始めた。


3人の公侯爵への面会は、トルベツコイ公爵が言葉通り助力してくれたようで、スムーズに叶った。
アレクサンドラは公爵に心から感謝しながら、予定通り、W公爵、U侯爵、そしてV侯爵へと面会をし、説明を行った。
W公爵は、舞踏会への招きに応じたことへの丁寧な礼とともに、快い出迎えを受けたが、肝心の説明段階では、何故今、窓口設置という新しい試みをも望むのか、遺言状ほど社会問題になっていないのではないかと微細に問い質された。
U侯爵は、まあ将来オルト以外にも作るつもりなら良いでしょう、ここが良いというアイディアはお持ちなのですかと気楽に、V侯爵はそれと対照的に、オルトを先行させることの理屈が立たないという考えをなかなか緩めてはくれなかった。
メルジューンが駄目だった話を伝えると、ではここはどうか、そこは、と1都市ずつその場で、アレクサンドラに見解を述べさせながら検討を始め、オルトと同程度の都市までが全て候補から消えてから、ようやく「では仕方なかろう」と渋々の承諾を与えられた。

運動は自分を磨り減らすものだと、刻々と思い知られているアレクサンドラは、己の公証長としての資質を再び疑い始めていた。
必要な政策と考えたから懸命に動いていたが、これほど苦労するのは力不足がゆえなのではないか、そもそも、このように苦労をして押し通すべき改革だったのかさえ疑った。
自分の判断と覚悟は、当初こそ確固たるものだったはずが、今は、農夫婦と約束を違えるのは恥だという意地だけで動いているのではないかと深く悩んだ。
思い通りには事が運ばないとは、覚悟はしていたつもりだったが本当につもりだけで、実際障害を感じると癇癪は起こさないまでも非常な窮屈を覚えてしまうのは、どうやら巻き戻る前からの資質は、"前世"には置いて来られなかったようだと苦笑いが零れる。
これから、思い通りに行かないことだらけだろうに、このままどうやって公証長を務めて行けるのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。

さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。 聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。 だが、辺境の村で暮らす中で気づく。 私の力は奇跡を起こすものではなく、 壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。 一方、聖女として祭り上げられた彼女は、 人々の期待に応え続けるうち、 世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです

春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。 ここは通過点のはずだった。 誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。 触れない客。 身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。 「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」 突然の身請け話。 値札のついた自分と向き合う三日間。 選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、 通過点は終わりになる。 これは救いではなく対等な恋の話。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

【魔女と蔑まれた私。実は神託の聖女でした?-命を弄ぶ回復魔法使いと蔑まれた私の物語-】

はくら(仮名)
恋愛
・本作は別名義で『小説家になろう』にも掲載しています。 ・早めに終わります。 【 レアフ伯爵家の令嬢ユキアは回復魔法が得意だったが、義父家族からは命を弄ぶ魔女として蔑まれてしまう。  しかし実はユキアは女神の神託を受けた『運命の聖女』であり、そのことを知った王太子が彼女の元を訪れる――】

君は恋人、でもまだ家族じゃない

山田森湖
恋愛
あらすじ 同棲して3年。 毎朝コーヒーを淹れて、彼の寝ぼけた声に微笑んで、 一緒に暮らす当たり前の幸せを噛みしめる——そのはずだった。 彼女は彼を愛している。 彼も自分を愛してくれていると信じている。 それでも、胸の奥には消えない不安がある。 「私たちは、このまま“恋人”で止まってしまうの?」 結婚の話になると、彼はいつも曖昧に笑ってごまかす。 最初は理由をつけていたのに、今では何も言わなくなった。 周囲の友人は次々と結婚し、家族を持ち始めている。 幸せそうな写真を見るたび、彼女の心には “言えない言葉”だけが増えていく。 愛している。 でも、それだけでは前に進めない。 同棲という甘い日常の裏で、 少しずつ、確かにズレ始めているふたりの未来。 このまま時間に流されるだけの恋なのか、 それとも、家族へと歩き出せる恋なのか——。 彼の寝息を聞きながら、 彼女は初めて「涙が出そうな夜」を迎えていた。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

幼馴染の許嫁は、男勝りな彼女にご執心らしい

和泉鷹央
恋愛
 王国でも指折りの名家の跡取り息子にして、高名な剣士がコンスタンスの幼馴染であり許嫁。  そんな彼は数代前に没落した実家にはなかなか戻らず、地元では遊び人として名高くてコンスタンスを困らせていた。 「クレイ様はまたお戻りにならないのですか……」 「ごめんなさいね、コンスタンス。クレイが結婚の時期を遅くさせてしまって」 「いいえおば様。でも、クレイ様……他に好きな方がおられるようですが?」 「えっ……!?」 「どうやら、色町で有名な踊り子と恋をしているようなんです」  しかし、彼はそんな噂はあり得ないと叫び、相手の男勝りな踊り子も否定する。  でも、コンスタンスは見てしまった。  朝方、二人が仲睦まじくホテルから出てくる姿を……  他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...