続・公証長サーシャの通過点―巻き戻れなくとも自分に負けずに生きる

蜂須賀漆

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第20話(4)

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考え事にノックの音が滑り込んで来て、応じると、ニコライがドアから「調子はいかがですか」と顔を覗かせた。

「何度かノックをしたのですがお返事がなくて」
「申し訳ございません、うっかりしておりました」

慌てて非礼を詫びると、ニコライは机の傍らまでやってきて、「よろしければ休憩しませんか、今茶を申し付けて来ました」と笑った。
気遣いに感謝しながら、アレクサンドラがセンターテーブルに移動すると、程なくして入って来たメイド達が手早く茶と茶菓子の設えをしていった。
温かさと香り高さで、強張っていた身体と気持ちとを解していると、ニコライから

「そういえば、デミトフ公爵へはアポイントはこれからですか」

という問いかけが寄せられたが、少々わざとらしい響きを聞き取った。
ああ、その点の興味に引かれたのかと苦笑いを内心に隠しながら、アレクサンドラは正直に答える。

「いえ、これからですの。議長閣下は、面会申込みの段階でご機嫌を損ねると、容赦なく足切りをなさると聞いておりますので、言葉を慎重に選ばなくては」

それでも理不尽に撥(は)ねられることは覚悟しなければならず、かといっておざなりは機会を捨てることになる。
事務的に徹すればいいか、どうしても面会をと下手に出る調子にするのが効果的なのか、先程からの悩みが燻っているアレクサンドラに、ニコライは眉を下げながら言った。

「私が申し入れて面会が叶うような相手だったら良かったのですが、デミトフ公爵の場合は抉(こじ)れてしまって逆効果だ。お役に立てず申し訳ない」
「とんでもないことでございます。私が本来対応すべきことでございますもの、お気遣いくださることが至極でございますわ」

アレクサンドラは感謝をもってそう答えたが、ニコライは私に何かできることがあれば良かったのだが、と晴れない表情だった。
実際、隠れて策を探したが何も見つけられず、夫として、また元王子の沽券に関わると無念を抱えていたのだった。

「いずれ、まず面会が叶うかどうかは賭けのようなものになって参りましたので、まず一旦は申し込みを送ってみたいと思いますわ」
「もし撥(は)ねられた場合は?」
「その場合は、内容を改めて再度お送りします。それでも駄目ならば……また考えなければなりませんが」

粘り続ける妻に驚き呆れ、また夫としての悔しさを感じながら、ニコライはせめてと言った。

「デミトフ公爵は、ベルケンドルフのような非常識な言動は取りませんが、違った意味で常識と外れています。お心を強く持っても限度があります、彼の人は攻撃的な心を持っていますから。とにかくご自分を労わることを最優先に、貴女は自分に厳しくし過ぎですから」
「承知しました。ですがその、お気が早うございますわ、まずは面会を取り付けなければ」

笑い出したアレクサンドラが美しいやら、己の前のめりが恥ずかしいやらで、ニコライは茶を含み咳払いをして、「ところで、タチアナの噂は聞いていますか」と談話の時間を延ばそうとした。

「ええ、母が申しておりました。確か、ご婚約のお話が持ち上がった、ようなことを」
「聞いていらっしゃいましたか。人の口に戸は立てられないものですね……一応、お広めにはならないでいただけると助かります」
「聞いてはいけないことでございましたのね、母にも伝えておきますわ」
「いけないというわけではないのですが。相手の話は聞いていますか」
「いいえ、そこまでは」

ニコライは、ここだけの話ですがと前置きをし、室の中央にいて誰も聞く恐れはなかったが念のため、「某国の王族なのです」と声を潜めた。

「まあ、それは何よりでございましょうか。王女の嫁ぎ先は、長く遣り取りをなさってお決めになるのでしょうね」
「いえ、それが唐突に浮上したのです、まるで降って湧いたような」
「王女もご存知なかったのですか」
「そのようです。弁えているさすがのタチアナも、腹立ちを通り越して呆れていました」
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