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第1話|もう会えないはずの人
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第1話|もう会えないはずの人
目を覚ましたとき、最初に思った。
――静かすぎる。
ここが、俺の生きていた世界じゃないことだけは、すぐに分かった。
ただ、天井らしき木の板が視界いっぱいに広がっている。
知らない。
少なくとも、俺の部屋じゃない。
体を起こそうとして、思い出す。
横断歩道。信号。白いライト。
そこから先は、何もない。
――ああ、死んだんだな。
不思議と、すんなり受け入れられた。
やり残したことがなかったわけじゃない。むしろ、その逆だ。
でも、後悔はいつも胸の奥に沈めたまま、生きてきた。
「……気がついた?」
声がした。
優しくて、少し落ち着いた声。
聞き慣れているはずがないのに、心臓だけが強く跳ねた。
そんなはずはない。
ここは、知らない世界だ。
そう思いながら、ゆっくりと視線を横に向ける。
椅子に腰かけた女性が、こちらを覗き込んでいた。
一瞬、息が止まる。
長いまつ毛。
困ったように微笑む癖。
視線を合わせると、少しだけ背筋を伸ばす仕草。
――違う。
服も、髪型も、場所も、何もかも違う。
それでも、間違えようがなかった。
どうして。
ここにいるはずがない。
「大丈夫? 無理に起きなくていいから」
彼女はそう言って、手を伸ばしかけ、途中で止めた。
その距離感すら、覚えがある気がしてしまう。
喉がひりついた。
名前を呼びそうになるのを、必死で飲み込む。
呼んではいけない。
呼べるはずがない。
彼女はもう、俺の人生からいなくなった人だ。
もう会えないと、そう思って――思い込んで、生きて、そして死んだ。
「……ここは」
ようやく絞り出した声は、ひどく掠れていた。
「森の外れの治療小屋よ。倒れているところを、たまたま見つけたの」
知らない言葉。
知らない場所。
それなのに、隣にいるのは――知りすぎている人。
彼女は俺を見ている。
探るようでも、懐かしむようでもない、ただの他人として。
その事実が、胸に静かに突き刺さった。
――覚えていない。
当たり前だ。
俺が知っている彼女は、もう過去の人間だ。
ここにいる彼女は、別の人生を生きている。
それでも。
どうして、ここにいる。
どうして、隣なんだ。
「……ありがとう」
精一杯、他人の声を装ってそう言うと、彼女は少し驚いたように目を瞬かせた。
「どういたしまして。無理しないで。まだ休んだ方がいいわ」
そう言って、彼女は立ち上がる。
背を向けた、その瞬間。
前世で、何度も見送った後ろ姿と重なった。
胸の奥が、ひどく痛んだ。
ここは異世界だ。
俺は転生した。
それだけでも、十分すぎるほど現実離れしているのに。
もう会えないはずの彼女が、隣にいる。
その理由を、俺はまだ知らない。
知るのが、怖い気もしていた。
目を覚ましたとき、最初に思った。
――静かすぎる。
ここが、俺の生きていた世界じゃないことだけは、すぐに分かった。
ただ、天井らしき木の板が視界いっぱいに広がっている。
知らない。
少なくとも、俺の部屋じゃない。
体を起こそうとして、思い出す。
横断歩道。信号。白いライト。
そこから先は、何もない。
――ああ、死んだんだな。
不思議と、すんなり受け入れられた。
やり残したことがなかったわけじゃない。むしろ、その逆だ。
でも、後悔はいつも胸の奥に沈めたまま、生きてきた。
「……気がついた?」
声がした。
優しくて、少し落ち着いた声。
聞き慣れているはずがないのに、心臓だけが強く跳ねた。
そんなはずはない。
ここは、知らない世界だ。
そう思いながら、ゆっくりと視線を横に向ける。
椅子に腰かけた女性が、こちらを覗き込んでいた。
一瞬、息が止まる。
長いまつ毛。
困ったように微笑む癖。
視線を合わせると、少しだけ背筋を伸ばす仕草。
――違う。
服も、髪型も、場所も、何もかも違う。
それでも、間違えようがなかった。
どうして。
ここにいるはずがない。
「大丈夫? 無理に起きなくていいから」
彼女はそう言って、手を伸ばしかけ、途中で止めた。
その距離感すら、覚えがある気がしてしまう。
喉がひりついた。
名前を呼びそうになるのを、必死で飲み込む。
呼んではいけない。
呼べるはずがない。
彼女はもう、俺の人生からいなくなった人だ。
もう会えないと、そう思って――思い込んで、生きて、そして死んだ。
「……ここは」
ようやく絞り出した声は、ひどく掠れていた。
「森の外れの治療小屋よ。倒れているところを、たまたま見つけたの」
知らない言葉。
知らない場所。
それなのに、隣にいるのは――知りすぎている人。
彼女は俺を見ている。
探るようでも、懐かしむようでもない、ただの他人として。
その事実が、胸に静かに突き刺さった。
――覚えていない。
当たり前だ。
俺が知っている彼女は、もう過去の人間だ。
ここにいる彼女は、別の人生を生きている。
それでも。
どうして、ここにいる。
どうして、隣なんだ。
「……ありがとう」
精一杯、他人の声を装ってそう言うと、彼女は少し驚いたように目を瞬かせた。
「どういたしまして。無理しないで。まだ休んだ方がいいわ」
そう言って、彼女は立ち上がる。
背を向けた、その瞬間。
前世で、何度も見送った後ろ姿と重なった。
胸の奥が、ひどく痛んだ。
ここは異世界だ。
俺は転生した。
それだけでも、十分すぎるほど現実離れしているのに。
もう会えないはずの彼女が、隣にいる。
その理由を、俺はまだ知らない。
知るのが、怖い気もしていた。
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