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第2話|彼女は、この世界の人だった
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第2話|彼女は、この世界の人だった
窓の外には、見たことのない森が広がっていた。
色も、空気も、日本とは違う。
――やっぱり、異世界だ。
目を覚ましてから、どれくらい時間が経ったのかは分からない。
窓の外は、見慣れない森だった。
日本で見たどんな山とも違う、色の濃い緑が静かに揺れている。
――やっぱり、異世界だ。
夢にしては、細部がはっきりしすぎている。
指先を動かすと、布の感触も、空気の冷たさも、やけに現実的だった。
「起きてる?」
扉の向こうから声がして、彼女が顔を覗かせた。
胸が、わずかに跳ねる。
それを悟られないように、何でもないふりをして頷いた。
「よかった。熱も下がってるみたいね」
彼女はそう言って、木製の机の上に器を置いた。
中には、薄い色のスープが入っている。
「飲めそう? 薬草はもう効いてるはずだけど」
「……はい。大丈夫です」
自然と、敬語になった。
それが癖だと気づいたのは、口に出してからだった。
彼女は一瞬だけ首をかしげて、微笑んだ。
「そんなに畏まらなくていいわ。患者さん、なんだから」
患者。
その言葉に、妙な距離を感じる。
彼女は、ここでは俺の“知っている誰か”じゃない。
役割がある。立場がある。
「私は、この辺りで治療をしているの。大きな街からは少し離れてるけど、怪我人や旅人がよく来るわ」
「……治療師、ですか」
「ええ。魔法と、薬草と、あとは経験ね」
そう言って、彼女はあっさり笑った。
その仕草が、あまりにも自然で――胸の奥が、少し痛んだ。
教えるような口調。
落ち着いた声。
相手を安心させる間の取り方。
――違う。
考えるな。
ここでは、ただの治療師。
それ以上でも、それ以下でもない。
「あなたは、しばらく休んだ方がいいわ。倒れていた原因も、まだはっきりしないし」
「……ご迷惑を」
「仕事よ」
きっぱり言われて、言葉に詰まる。
仕事。
そうだ。この人は、俺を助けただけだ。
それ以上の意味なんて、ない。
彼女は器を持ち上げ、少しだけ近づいてくる。
「熱が下がったら、街まで送ることもできる。身分証みたいなもの、持ってる?」
首を横に振るしかなかった。
この世界に来てから、何も持っていない。
名前以外、何一つ。
「……そう。じゃあ、後で考えましょ」
困ったように笑って、彼女は机に戻る。
その背中を見ながら、俺は思った。
彼女は、この世界に根を張って生きている。
仕事があって、居場所があって、役割がある。
――俺だけが、よそ者だ。
「ねえ」
彼女が振り返る。
「何か、思い出した?」
その問いに、胸の奥がざわついた。
思い出したことなら、山ほどある。
でも、どれも言えない。
「……いいえ。何も」
嘘ではなかった。
この世界のことは、何も思い出せていない。
彼女は少しだけ残念そうに、それでも無理に追及せず頷いた。
「焦らなくていいわ。ゆっくりで」
そう言ってくれる優しさが、いちばん残酷だった。
彼女は、俺を気遣う“治療師”だ。
俺が知っている彼女ではない。
それなのに。
彼女が立ち去ったあとも、
部屋には、あの人の気配が残っていた。
ここは異世界だ。
彼女は、この世界の住人だ。
それでも――
隣にいる理由が、ただの偶然だとは思えなかった。
窓の外には、見たことのない森が広がっていた。
色も、空気も、日本とは違う。
――やっぱり、異世界だ。
目を覚ましてから、どれくらい時間が経ったのかは分からない。
窓の外は、見慣れない森だった。
日本で見たどんな山とも違う、色の濃い緑が静かに揺れている。
――やっぱり、異世界だ。
夢にしては、細部がはっきりしすぎている。
指先を動かすと、布の感触も、空気の冷たさも、やけに現実的だった。
「起きてる?」
扉の向こうから声がして、彼女が顔を覗かせた。
胸が、わずかに跳ねる。
それを悟られないように、何でもないふりをして頷いた。
「よかった。熱も下がってるみたいね」
彼女はそう言って、木製の机の上に器を置いた。
中には、薄い色のスープが入っている。
「飲めそう? 薬草はもう効いてるはずだけど」
「……はい。大丈夫です」
自然と、敬語になった。
それが癖だと気づいたのは、口に出してからだった。
彼女は一瞬だけ首をかしげて、微笑んだ。
「そんなに畏まらなくていいわ。患者さん、なんだから」
患者。
その言葉に、妙な距離を感じる。
彼女は、ここでは俺の“知っている誰か”じゃない。
役割がある。立場がある。
「私は、この辺りで治療をしているの。大きな街からは少し離れてるけど、怪我人や旅人がよく来るわ」
「……治療師、ですか」
「ええ。魔法と、薬草と、あとは経験ね」
そう言って、彼女はあっさり笑った。
その仕草が、あまりにも自然で――胸の奥が、少し痛んだ。
教えるような口調。
落ち着いた声。
相手を安心させる間の取り方。
――違う。
考えるな。
ここでは、ただの治療師。
それ以上でも、それ以下でもない。
「あなたは、しばらく休んだ方がいいわ。倒れていた原因も、まだはっきりしないし」
「……ご迷惑を」
「仕事よ」
きっぱり言われて、言葉に詰まる。
仕事。
そうだ。この人は、俺を助けただけだ。
それ以上の意味なんて、ない。
彼女は器を持ち上げ、少しだけ近づいてくる。
「熱が下がったら、街まで送ることもできる。身分証みたいなもの、持ってる?」
首を横に振るしかなかった。
この世界に来てから、何も持っていない。
名前以外、何一つ。
「……そう。じゃあ、後で考えましょ」
困ったように笑って、彼女は机に戻る。
その背中を見ながら、俺は思った。
彼女は、この世界に根を張って生きている。
仕事があって、居場所があって、役割がある。
――俺だけが、よそ者だ。
「ねえ」
彼女が振り返る。
「何か、思い出した?」
その問いに、胸の奥がざわついた。
思い出したことなら、山ほどある。
でも、どれも言えない。
「……いいえ。何も」
嘘ではなかった。
この世界のことは、何も思い出せていない。
彼女は少しだけ残念そうに、それでも無理に追及せず頷いた。
「焦らなくていいわ。ゆっくりで」
そう言ってくれる優しさが、いちばん残酷だった。
彼女は、俺を気遣う“治療師”だ。
俺が知っている彼女ではない。
それなのに。
彼女が立ち去ったあとも、
部屋には、あの人の気配が残っていた。
ここは異世界だ。
彼女は、この世界の住人だ。
それでも――
隣にいる理由が、ただの偶然だとは思えなかった。
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