転生したら、もう会えないはずの彼女が隣にいた

まさき

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第3話|半年だけの時間

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第3話|半年だけの時間

 夜になると、この世界は驚くほど静かだった。
眠れないまま、俺は目を閉じる。
すると、前世の“半年間”が蘇った。
 ただ、薪がはぜる音と、自分の呼吸だけが耳に残る。
 治療小屋の一室。
 彼女が用意してくれた寝台に横になりながら、俺は天井を見つめていた。
 眠れない。
 体は休めと言っているのに、頭の奥がずっと騒がしい。
 ――どうして、彼女なんだ。
 偶然にしては出来すぎている。
 けれど理由を考えるほど、答えから遠ざかる気もした。
 目を閉じた、そのとき。
 ふいに、別の天井が浮かぶ。
 白い蛍光灯。
 少し古びた教室。
 夕方になると、決まって人がいなくなる場所。
 机の上には、開きっぱなしの問題集。
 赤ペンで書かれた丸と、静かなため息。
「……ここ、違う」
 その声は、今より少し若い。
 けれど、間違えようがない。
 俺は椅子に座っていた。
 机を挟んで、向かい側に彼女がいる。
 距離は近いのに、触れられない。
 触れてはいけないと、互いに分かっている距離。
「今は、これでいいの」
 そう言って、彼女は問題集を閉じた。
 たった半年。
 それだけの時間だった。
 約束も、未来の話もなかった。
 ただ、夕方になると会って、他愛のない話をして、
 帰り際に、少しだけ目を合わせる。
 それだけで、十分だった――はずだった。
 場面が、唐突に切り替わる。
 雨の音。
 駅前の屋根の下。
「……ごめんね」
 それだけ言って、彼女は笑った。
 泣きそうな顔を、必死に隠しながら。
 理由は、聞かなかった。
 聞けなかった。
 俺は頷いて、
 分かった、と言った。
 それが最後だった。
 ――伝えたいことは、何一つ言えなかった。
 はっとして、目を開ける。
 見慣れない天井。
 木の匂い。
 遠くで、扉が軋む音。
 夢だ。
 けれど、あまりにも鮮明すぎる。
 胸の奥が、じくじくと痛む。
 あの半年間は、俺の人生の中で、確かに存在していた。
 そして今。
 その人は、この世界で、別の人生を生きている。
 治療小屋の外から、足音が近づいてきた。
 彼女の気配だと分かってしまう自分が、嫌になる。
 扉が少しだけ開く。
「起きてる?」
 小さな声。
 起こさないように、気遣う声音。
「……はい」
 そう答えると、彼女は中に入ってきた。
 ランプの明かりに照らされた横顔は、
 夢の中と、何一つ変わらない。
「眠れないみたいね」
「……少し」
 それ以上、何も言えなかった。
 半年だけの時間。
 言葉にしなかった気持ち。
 終わったはずの関係。
 それらが、全部、この世界に持ち越されている。
 彼女は何も知らない。
 俺だけが、覚えている。
 その事実が、
 この異世界で一番、重かった。
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