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第8話 同じ景色
第8話 同じ景色
店をいくつか回ったあと、クラリスは小さく息をついた。
両手には、いくつかの袋。
布、簡単な食器、日用品。
どれも、自分で選んだものだ。
「……少し、買いすぎたかもしれませんね」
苦笑が漏れる。
必要なものを考えながら歩いているうちに、思ったよりも増えていた。
屋敷までの道を思い出す。
来た道を戻ればいいだけ。
そう分かっているのに——
「……こちら、でよろしかったでしょうか」
ふと、足が止まる。
似たような道。
似たような建物。
目印にしていたはずのものが、思い出せない。
「……」
静かに周囲を見渡す。
人影はある。
だが、誰に声をかけるべきか、すぐには判断できない。
声をかけるべきか、一瞬だけ迷う。
——迷うほどではない。
——けれど、確信が持てない。
その曖昧さが、足を止めていた。
「……一度、戻りましょうか」
来た道を引き返す。
そのとき。
——視線の気配が、再び近づく。
「少し、違う道に入っています」
落ち着いた声が、横からかけられた。
「……」
振り向く。
そこにいたのは、ノアだった。
「先ほどの店からであれば、もう一本向こうの通りです」
簡潔な説明。
まるで、ずっと見ていたかのように。
「……そうでしたか」
小さく頷く。
驚きは、あまりなかった。
むしろ——
「ありがとうございます」
自然と、そう言葉が出る。
「いえ」
短い返答。
それ以上は何も言わない。
けれど。
「……よろしければ、途中までご一緒します」
少しだけ間を置いて、そう続けた。
押しつけるでもなく。
ただ、選択肢を差し出すように。
「……」
一瞬だけ、考える。
断る理由はある。
けれど——
「……お願いします」
気づけば、そう答えていた。
ノアは軽く頷き、隣に並ぶ。
並んで歩く。
それだけのことなのに、少しだけ不思議な感覚だった。
言葉は、ほとんどない。
けれど、沈黙は重くない。
むしろ——
「……この辺りは、道が似ていますね」
クラリスがぽつりと呟く。
「ええ。初めての方は、よく迷われます」
ノアは淡々と答える。
「……私だけではないのですね」
小さく息を吐く。
「はい」
短い肯定。
それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。
歩きながら、周囲に視線を向ける。
同じように見えていた景色。
けれど——
「……あちらに、井戸があるのですね」
「ええ。あれが目印になります」
「……なるほど」
少しずつ、違いが見えてくる。
同じに見えていたものに、意味が生まれる。
「こちらです」
ノアが足を止める。
目の前には、見慣れ始めた屋敷。
「……ああ」
小さく息をつく。
「ありがとうございます」
改めて、頭を下げる。
「いえ」
変わらない返答。
「……その」
言いかけて、少しだけ迷う。
何を言うべきか。
何を言いたいのか。
「……助かりました」
結局、出てきたのはそれだけだった。
けれど。
「それは何よりです」
ノアは静かにそう答えた。
一瞬、視線が合う。
その瞳は、やはり変わらず落ち着いていた。
けれど——
ほんのわずかに、柔らかく見えた気がした。
「それでは」
ノアが一歩下がる。
いつも通りの距離。
「はい」
クラリスも小さく頷く。
扉を開ける。
屋敷の中に入る。
静かな空間。
けれど——
「……同じ、ではありませんね」
ぽつりと呟く。
さきほどまで見ていた景色。
そして、この場所。
どちらも、昨日と同じはずなのに。
ほんの少しだけ、違って見える。
「……不思議です」
小さく笑う。
知らなかったことを知り。
できなかったことができるようになり。
そして——
誰かと、同じ景色を見る。
それだけで。
「……少しだけ、違って見えますね」
静かな言葉が、部屋に溶けていった。
一方その頃。
侯爵邸では——
「……まだ、戻らないのか」
ルークが低く呟く。
誰に向けた言葉でもない。
ただ、無意識に零れたもの。
返事はない。
当然だ。
戻るはずがない。
それは分かっている。
それを、自分で決めたはずなのに。
それでも——
「……クラリス」
名前が、また口をつく。
呼べば、戻るわけでもないのに。
それでも。
止めることはできなかった。
店をいくつか回ったあと、クラリスは小さく息をついた。
両手には、いくつかの袋。
布、簡単な食器、日用品。
どれも、自分で選んだものだ。
「……少し、買いすぎたかもしれませんね」
苦笑が漏れる。
必要なものを考えながら歩いているうちに、思ったよりも増えていた。
屋敷までの道を思い出す。
来た道を戻ればいいだけ。
そう分かっているのに——
「……こちら、でよろしかったでしょうか」
ふと、足が止まる。
似たような道。
似たような建物。
目印にしていたはずのものが、思い出せない。
「……」
静かに周囲を見渡す。
人影はある。
だが、誰に声をかけるべきか、すぐには判断できない。
声をかけるべきか、一瞬だけ迷う。
——迷うほどではない。
——けれど、確信が持てない。
その曖昧さが、足を止めていた。
「……一度、戻りましょうか」
来た道を引き返す。
そのとき。
——視線の気配が、再び近づく。
「少し、違う道に入っています」
落ち着いた声が、横からかけられた。
「……」
振り向く。
そこにいたのは、ノアだった。
「先ほどの店からであれば、もう一本向こうの通りです」
簡潔な説明。
まるで、ずっと見ていたかのように。
「……そうでしたか」
小さく頷く。
驚きは、あまりなかった。
むしろ——
「ありがとうございます」
自然と、そう言葉が出る。
「いえ」
短い返答。
それ以上は何も言わない。
けれど。
「……よろしければ、途中までご一緒します」
少しだけ間を置いて、そう続けた。
押しつけるでもなく。
ただ、選択肢を差し出すように。
「……」
一瞬だけ、考える。
断る理由はある。
けれど——
「……お願いします」
気づけば、そう答えていた。
ノアは軽く頷き、隣に並ぶ。
並んで歩く。
それだけのことなのに、少しだけ不思議な感覚だった。
言葉は、ほとんどない。
けれど、沈黙は重くない。
むしろ——
「……この辺りは、道が似ていますね」
クラリスがぽつりと呟く。
「ええ。初めての方は、よく迷われます」
ノアは淡々と答える。
「……私だけではないのですね」
小さく息を吐く。
「はい」
短い肯定。
それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。
歩きながら、周囲に視線を向ける。
同じように見えていた景色。
けれど——
「……あちらに、井戸があるのですね」
「ええ。あれが目印になります」
「……なるほど」
少しずつ、違いが見えてくる。
同じに見えていたものに、意味が生まれる。
「こちらです」
ノアが足を止める。
目の前には、見慣れ始めた屋敷。
「……ああ」
小さく息をつく。
「ありがとうございます」
改めて、頭を下げる。
「いえ」
変わらない返答。
「……その」
言いかけて、少しだけ迷う。
何を言うべきか。
何を言いたいのか。
「……助かりました」
結局、出てきたのはそれだけだった。
けれど。
「それは何よりです」
ノアは静かにそう答えた。
一瞬、視線が合う。
その瞳は、やはり変わらず落ち着いていた。
けれど——
ほんのわずかに、柔らかく見えた気がした。
「それでは」
ノアが一歩下がる。
いつも通りの距離。
「はい」
クラリスも小さく頷く。
扉を開ける。
屋敷の中に入る。
静かな空間。
けれど——
「……同じ、ではありませんね」
ぽつりと呟く。
さきほどまで見ていた景色。
そして、この場所。
どちらも、昨日と同じはずなのに。
ほんの少しだけ、違って見える。
「……不思議です」
小さく笑う。
知らなかったことを知り。
できなかったことができるようになり。
そして——
誰かと、同じ景色を見る。
それだけで。
「……少しだけ、違って見えますね」
静かな言葉が、部屋に溶けていった。
一方その頃。
侯爵邸では——
「……まだ、戻らないのか」
ルークが低く呟く。
誰に向けた言葉でもない。
ただ、無意識に零れたもの。
返事はない。
当然だ。
戻るはずがない。
それは分かっている。
それを、自分で決めたはずなのに。
それでも——
「……クラリス」
名前が、また口をつく。
呼べば、戻るわけでもないのに。
それでも。
止めることはできなかった。
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