捨てたはずの妻が、最強の後ろ盾でした〜離縁した途端に冷酷公爵が執着してきますが、彼女は隣国で全てを掌握していました〜

まさき

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5話 離縁状

5話 離縁状

 朝は、いつもと同じように始まる。
 規則正しく差し込む光。
 静まり返った廊下。
 足音だけが、やけに響く。
 エリシアは手に一通の封書を持っていた。
 昨夜仕上げたもの。
 封はすでに固まり、開かれることを前提としていない形になっている。
 離縁状。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 歩みは変わらない。
 いつもと同じ速度で、同じ経路を辿る。
 ただ一つ違うのは、向かう先だった。
 食堂ではない。
 執務室。
 扉の前で、足を止める。
 ノックをする。
「入れ」
 短い声。
 許可を待つ必要もない。
 エリシアはそのまま扉を開けた。
 中には、レオンがいる。
 机に向かい、書類に目を落としている。
 いつもと変わらない光景。
 ただ、今日はその前に進む理由が違う。
「朝から何の用だ」
 視線は上がらない。
 問いかけも、形式的なもの。
「お時間を少しいただけますか」
「手短にしろ」
 許可は出た。
 それで十分だった。
 エリシアは机の前まで進み、封書を取り出す。
 余計な前置きはしない。
 必要な言葉も、選ばない。
「こちらを」
 机の上に置く。
 音はほとんどしない。
 だが、その行為だけで、空気がわずかに変わる。
 レオンの手が止まった。
 ゆっくりと、視線が上がる。
 封書を見る。
 そして、エリシアを見る。
「……何だ」
「ご確認ください」
 それだけ。
 説明はしない。
 レオンは封を切る。
 紙を取り出し、目を通す。
 時間はかからない。
 内容は簡潔だからだ。
 数秒の沈黙。
 そして――
「……離縁?」
 声に驚きはない。
 ただ、確認するような響き。
「はい」
 エリシアは頷く。
 それ以上の言葉は付け加えない。
「理由は」
「必要でしょうか」
 問い返す。
 感情を含まない、事務的な声音。
 レオンは一瞬だけ眉を寄せた。
 だが、それ以上は追及しない。
 紙に視線を戻す。
 再度読み直すこともなく、そのまま机に置いた。
「……構わん」
 一言。
 あまりにもあっさりとした承諾。
 そこに躊躇はない。
 引き止める意思もない。
 まるで、重要度の低い書類に目を通したときのような反応。
 エリシアはその様子を静かに見ていた。
 予想通りだった。
 こうなることは、分かっていた。
 だからこそ、何も感じない。
「手続きは任せる」
 レオンはすでに次の書類に手を伸ばしている。
 関心が切り替わったのが分かる。
「承知いたしました」
 形式的に応じる。
 それで終わり。
 本来であれば、これ以上のやり取りは必要ない。
 だが、エリシアはその場を動かなかった。
 ほんの一瞬だけ、間が生まれる。
 レオンが不審に思ったのか、顔を上げる。
「……まだ何かあるのか」
「いいえ」
 首を振る。
 そして、わずかに視線を落とした。
「これまで、お世話になりました」
 必要かどうかで言えば、必要のない言葉。
 だが、それでも口にした。
 四年間に対する、最低限の区切りとして。
 レオンは何も答えない。
 返す言葉がないのか、あるいは考える価値がないのか。
 どちらでも同じことだった。
「失礼いたします」
 軽く一礼し、背を向ける。
 扉へ向かう。
 足取りは変わらない。
 一歩一歩、いつもと同じように進む。
 ただ――
 その一歩一歩が、この屋敷との距離を確実に広げている。
 扉に手をかける。
 一瞬だけ、止まる。
 振り返ることはない。
 必要がないからだ。
 そのまま、扉を開ける。
 外に出る。
 静かな廊下。
 何も変わっていない。
 だが、すべてが終わっている。
 扉が閉まる。
 その音が、区切りになる。
 エリシアはそのまま歩き出す。
 もう、立ち止まる理由はない。
 やるべきことは決まっている。
 必要な手続きを整え、最低限の荷物をまとめる。
 それで終わり。
 屋敷を出るのは、今日中でいい。
 長く留まる意味はない。
 部屋に戻る。
 昨夜準備した荷物は、そのままの状態で置かれている。
 多くはない。
 本当に必要なものだけ。
 それで十分だった。
 視線を巡らせる。
 四年間過ごした空間。
 だが、思い入れはほとんどない。
 ここに残るのは、物だけだ。
 自分の何かを置いていく感覚はない。
 荷物を持つ。
 軽い。
 驚くほどに。
 扉へ向かう。
 開ける。
 外へ出る。
 使用人たちが数人、廊下の先にいる。
 視線が一瞬だけ集まる。
 だが、誰も何も言わない。
 止める者もいない。
 当然だ。
 彼らにとって、自分は“必要な役割”ではあっても、“必要な存在”ではない。
 それを理解している。
 だからこそ、問題はない。
 そのまま歩く。
 玄関へ。
 外へ。
 扉が開かれる。
 朝の空気が流れ込む。
 冷たく、澄んでいる。
 一歩、外に出る。
 足元の感触が変わる。
 屋敷の内側とは違う、現実の感触。
 振り返らない。
 その必要はない。
 ここに戻る理由は、もう存在しない。
 エリシアはそのまま歩き出す。
 行き先は決まっている。
 だが、それを口にすることはない。
 まだ、その時ではないから。
 ただ一つ確かなのは――
 すべてが、ここから始まるということだった。
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