「結婚式当日に捨てられた私は、隣国で大地の聖女と呼ばれています ~役不足とおっしゃった元婚約者様、うちの王様が返すつもりはないそうです~」

まさき

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王と並んで、立つ朝

王と並んで、立つ朝
 
翌朝、侍女たちが部屋に来た。
 
リナを筆頭に三人が揃い、手に衣装を抱えている。深い緑色の、落ち着いたドレスだった。装飾は少ないが、生地が良く、仕立てが丁寧だった。
 
「陛下のご指示です」リナが言った。「今日、民の前に出るにあたって、ふさわしい装いをとのことで」
 
ヴェリアはそのドレスをしばらく見た。
 
白いドレスを着た日のことを、思い出した。三時間かけて整えてもらった髪のことを。あの日も、誰かに衣装を用意されて、誰かに髪を整えられて、それでも結局、役不足だと言われた。
 
今日は違う、とヴェリアは思った。
 
今日は自分で選んだ場所に、自分の足で立つ。
 
「ありがとうございます」
 
ヴェリアは袖を通した。
 
 
城の正門前に、広場がある。
 
石畳が敷かれた、広い広場だった。普段は市が立つ場所らしいが、今日は人で埋まっていた。老人も、子どもも、農夫も、商人も、みなが城門に向かって立っている。どこから噂を聞いたのか、王都の外から来た者もいるようだった。
 
ヴェリアは城門の内側に立ち、その人波を見た。
 
「行けるか」
 
横にカシアスが来た。今日は式典用の黒い軍服を着ている。肩に金の飾緒がついている以外は、いつもと変わらない静かな佇まいだった。
 
「はい」
 
「緊張しているか」
 
「少し」
 
カシアスは何も言わなかった。ただ、前を向いた。それがなぜか、ヴェリアには心強かった。
 
城門が開いた。
 
カシアスが先に出た。広場の人々がざわめき、次第に静まっていった。国王が姿を見せるのは珍しいことなのかもしれなかった。
 
ヴェリアが続いて出た。
 
一瞬、広場が静寂に包まれた。
 
それから、声が上がった。一人が叫ぶと、また一人が叫んだ。波のように広がって、広場全体が声で満ちた。聖女、聖女、という言葉が、何度も繰り返された。
 
ヴェリアは動かなかった。
 
圧倒されていた。これほどの人々が、自分を見ている。自分に向かって声を上げている。フォーゲルでは、誰にも見えていなかったのに。
 
「……落ち着け」
 
カシアスが低い声で言った。ヴェリアだけに聞こえる声だった。
 
ヴェリアは息を吸い込んだ。
 
カシアスが民に向かって口を開いた。声はよく通った。広場の端まで届くような、静かな強さのある声だった。
 
「この者はヴェリア=ランドール。今日よりレグナ王国の大地の聖女として、この国の土地と民に力を尽くす。しかし聖女は神ではない。この国に生きる、一人の人間だ。そのことを忘れるな」
 
広場が、また沸いた。
 
ヴェリアはカシアスを横目で見た。昨日、自分が出した条件を、一言一句違えずに伝えてくれていた。
 
この王は、約束を守る。
 
それがわかっただけで、ヴェリアの胸の中で何かが少し、軽くなった。
 
 
式典が終わった後、セルヴァンが近づいてきた。
 
いつもの細面に、珍しく柔らかい表情があった。「ヴェリア様」と、今日は様をつけて呼んだ。
 
「先日は失礼な物言いをいたしました」
 
「いいえ」ヴェリアは首を振った。「当然の警戒でした」
 
「……あなたがこの城に来てから、庭が蘇りました」セルヴァンは言葉を選ぶように続けた。「陛下が、久しぶりに窓の外を長く見ていました。それだけで、私には十分です」
 
ヴェリアは少し驚いた。「陛下が?」
 
「あの方は、この三年、城の外をあまり見なくなっていました。土地が死んでいくのを、見ていられなかったのだと思います」セルヴァンは庭の方に目をやった。芽吹いたばかりの若葉が、朝の光の中で揺れている。「どうかよろしくお願いします、ヴェリア様」
 
深く頭を下げられた。
 
ヴェリアは何と答えればいいかわからなかった。ただ、「はい」とだけ言った。
 
 
その日の夕方、ヴェリアは一人で庭に出た。
 
芽吹いたばかりの木々の間を歩いた。まだ小さな葉だったが、確かな緑色をしていた。花壇の双葉が風に揺れていた。噴水はまだ水が出ないが、台座の縁に草が生えていた。
 
ヴェリアはその草に、そっと触れた。
 
手のひらが温かくなった。
 
フォーゲルでは、誰も気づかなかった。役不足だと言われた。白いドレスのまま、誰にも引き止められずに国境を越えた。
 
それでも今、ここに立っている。
 
この場所が、自分の居場所になるかもしれない。
 
初めてそう思った。確信ではなかった。まだ、ひびが入った程度の、小さな予感だった。しかしそれは確かに、ヴェリアの胸の中にあった。
 
夕暮れが、若葉を橙色に染めていた。
 
 
次話「公務という名の、二人の時間」
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