再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき

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第7話:暴かれた偽装と、嵐の夜

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崩壊は、スマートフォンの無機質な通知音から始まった。
 翌朝、登校中の電車内。悠真のポケットで震え続ける端末を取り出すと、匿名掲示板のリンクと共に、佐々木結衣から短いメッセージが届いていた。
『……これ、本当なの?』
 リンク先にあったのは、昨日の放課後、校舎裏で俺が凛の肩を掴み、彼女が泣きそうな顔で俺を見上げている写真だった。
 ピントは甘いが、二人の尋常ならざる距離感と、周囲を憚るような空気感は残酷なほどに写し取られている。
《悲報:新入生の水瀬凛、義理の兄とデキてた》
《これ半分禁断だろ……》
《パパ活疑惑の次は近親相姦かよ、マジで終わってんな》
 悪意に満ちた文字列が、泥水のように視界を汚していく。
 俺は血の気が引くのを感じながら、隣に座る凛を見た。彼女もまた、自分のスマホを凝視したまま、石像のように硬直していた。
「……気に、するな。俺がなんとかする」
 絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。
 凛はゆっくりと顔を上げると、まるで感情をどこかに置き忘れてきたかのような、空っぽの瞳で俺を見た。
「……なんとか? どうやって。……もう、終わりよ、悠真。あいつ……本気で私を殺しに来てるわ」
 学校に着くと、状況はさらに悪化していた。
 廊下を通るたびに突き刺さる、好奇と蔑みの視線。ひそひそと交わされる密談。昨日まで凛を取り囲んでいた男子生徒たちは、今や汚いものを見るような目で彼女を遠巻きに眺めている。
 俺は講義どころではなく、人目を避けて中庭のベンチに座り、必死に思考を巡らせた。
 写真を撮ったのは誰だ? 掲示板に書き込んだのは?
 
「悠真さん……やっぱり、大変なことになっちゃったね」
 背後から声をかけてきたのは、結衣だった。彼女の表情には、いつもの揶揄うような色はなく、純粋な同情と、それ以上に深い「忠告」の色があった。
「あいつ、ただのストーカーじゃないよ。……凛ちゃんのスマホに、また新しい画像が届いたみたい」
「……何だと?」
「今度は、家の中の写真だって。……リビングで、二人が並んで座ってる後ろ姿」
 背筋に、氷の刃を突き立てられたような衝撃が走った。
 外からの尾行だけではない。あいつは、俺たちの「聖域」である家の中にまで、その視線を潜り込ませている。
 盗撮カメラか、あるいは――。
 その時、俺のスマホに一通のメールが届いた。アドレスはランダムな英数字の羅列。件名はない。
 本文には、たった一行。
『今夜、嵐になるよ。お兄ちゃんも、一緒に消えちゃえばいいのに。』
 空を見上げると、予報通り厚い雨雲が太陽を飲み込み始めていた。
 不吉な暗雲の下で、俺たちの「嘘」で塗り固められた家が、不気味に沈んでいる。
 俺は授業を切り上げ、凛を探した。
 彼女を見つけたのは、図書室の隅にある、誰も使わない検索コーナーだった。彼女はモニターの明かりに照らされながら、幽霊のような顔で立ち尽くしていた。
「凛、帰るぞ。今日はもう……」
「……悠真、見て。……これ」
 彼女が指差した画面には、一つのブログが開かれていた。
 そこには、凛がこれまで「レンタル彼女」として接してきた数々の男たちの記録が、詳細なレポートと共に晒されていた。
 そして、その最新の記事のタイトルは――。
『偽りの妹の、本当の末路』
 記事には、俺たちの新しい住所の地図と、冴子さんの職場、そして父さんの勤め先までもが記載されようとしていた。

叩きつけるような雨が、街の輪郭を塗り潰していた。
 俺と凛は、ずぶ濡れになりながら家へと駆け込んだ。玄関の鍵を閉め、幾重ものロックを確認しても、震えは止まらない。
「ただいま……」
 リビングには、まだ誰もいなかった。父さんと冴子さんは、急な悪天候で交通機関が乱れ、帰宅が遅れるという連絡が入っている。
 広い家の中に、俺と凛、二人きり。
 いつもなら「チャンス」だとさえ思えたこの状況が、今は剥き出しの恐怖でしかない。
「……悠真、電気、つけないで」
 凛が掠れた声で言った。彼女は玄関ホールで力なく座り込み、濡れた髪から滴る雫を床に零している。
 俺は暗闇の中で、彼女の隣に腰を下ろした。
「……あいつは、どこにいると思う?」
「わからない。……でも、すぐ近くにいる。あのブログの書き方、私の呼吸の音まで知っているみたいだった……」
 凛は膝を抱え、自分の肩を抱くようにして震えた。
 その時だ。
 ――トントン。
 不自然に軽い音が、リビングの窓ガラスを叩いた。
 風の音ではない。硬い爪か、あるいは何かの道具で、リズムを刻むような規則正しい音。
「……っ!」
 俺は凛を背後に隠し、暗闇の中で息を潜めた。
 音がしたのは、雨戸を閉め忘れていたテラス側の窓だ。カーテンの隙間から、外の豪雨がフラッシュのような雷光に照らされる。
 一瞬、白く弾けた光の中に、人影が浮かび上がった。
 それは、ビニール傘を差し、ずぶ濡れのまま庭に立ち尽くしている男だった。
 男は笑っていた。
 窓越しに、凛の姿を探すように、首を不自然に傾けながら。
「……いた。凛ちゃん、見つけたよ」
 雨音に消されそうなほど小さな、けれど鼓膜に直接こびりつくような粘り気のある声。
 男は窓ガラスに、一枚の紙を押し付けた。
 それは、あの日、俺が初めて凛と会った時の――駅前でのツーショット写真だった。俺の顔だけが、カッターで無数に切り刻まれている。
「やめて……やめてよ……!」
 凛が耳を塞いで悲鳴を上げた。
 俺は激情に駆られ、窓を蹴破る勢いで飛び出そうとしたが、凛が俺の腕を必死に掴んで止めた。
「行かないで! お願い、悠真、私を一人にしないで……!」
 彼女の爪が、俺の皮膚に食い込む。
 その痛みと、彼女から漂う雨に濡れた切ない香りが、俺の脳を極限状態で覚醒させた。
 守らなければならない。この『嘘つきな義妹』を、俺だけの真実に変えてでも。
 俺は凛を抱き寄せ、そのまま二階の自分の部屋へと駆け上がった。
 部屋に入り、ドアの前に重い机を動かしてバリケードを作る。
「大丈夫だ。……ここには入らせない」
「……悠真、怖い。……全部私のせいだわ。私が、あんな仕事を……嘘を売ったりしたから……」
 凛は俺の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣いた。
 完璧な彼女。
 高嶺の花。
 エリアNo.1のレンタル彼女。
 そんな肩書きはすべて雨に流され、今ここにいるのは、ただ一人の男に縋り付くしかない、震える少女だった。
「……いいか、凛。お前が売ったのは嘘かもしれない。でも、俺が今お前を抱きしめているこの感触は、絶対に嘘じゃない」
 俺は彼女の濡れた頬を両手で包み、真っ直ぐにその瞳を見つめた。
 香りが、混ざり合う。
 恐怖と、覚悟と、そして抑えきれない情熱の匂い。
「……あいつに、お前の一片(ひとかけら)だって渡さない。……お前を壊していいのは、俺だけだ」
 独占欲が、歪な形で完結しようとしていた。
 ストーカーという外敵によって追い詰められた結果、俺たちは社会的な倫理も、家族という枠組みも超えた、濃密な「共犯関係」へと墜ちていった。
「……奪って。……あいつが見てる前でもいい。……悠真のものだって、印を刻んで……」
 凛の言葉が、俺の理性の最後の一線を焼き切った。
 外では男が窓を叩き続けている。
 雷鳴が轟き、世界が嵐に飲み込まれていく中で、俺たちは互いの存在を確かめ合うように、激しく、深く、肌を重ねた。
 香りが、部屋を支配する。
 それはもう、レンタル彼女の石鹸の匂いではなかった。
 死と、愛が隣り合わせになった、究極の「生」の匂いだった。
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