再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき

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第6話:忍び寄る影と、二人だけの共犯関係

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朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋の埃を白く照らし出していた。
 俺が目を覚ますと、すぐ隣にはまだ深い眠りの中にいる凛の顔があった。
 昨夜の怯えきった表情とは打って変わり、無防備に開いた唇と、規則正しい呼吸。俺の腕を枕代わりにし、俺のシャツの袖をぎゅっと握りしめたままの彼女は、どこからどう見てもただの年相応の少女だった。
 深夜、彼女が漏らした「あんたの匂い、一番安心する」という言葉。
 それがプロのリップサービスなのか、極限状態での本音なのかは分からない。ただ、俺の腕に残る彼女の重みだけが、昨夜の出来事が夢ではなかったことを証明していた。
(……いつまでも、こうしているわけにはいかない)
 俺は名残惜しさを押し殺し、慎重に腕を引き抜いた。
 親たちが起きる前に、彼女を自分の部屋へ戻さなければならない。もし見つかれば、ストーカー以前にこの家の平穏が崩壊する。
「……ん、……ゆうま……?」
 微かな動きで、凛が目を覚ました。
 覚醒しきっていない潤んだ瞳が俺を捉える。その瞬間、彼女の顔がカッと赤くなった。
「……な、何よ。何で私の隣で寝てるのよ、この変態」
「お前が泣きついてきたんだろ。……ほら、さっさと戻れ。親父たちが起きる」
 俺が突き放すように言うと、凛は昨夜の弱々しさを隠すように、いつもの傲慢な仮面を素早く被り直した。けれど、ベッドから立ち上がる際、彼女は一度だけ俺の目を見て、消え入りそうな声で「……ありがと」と呟いた。
 食卓での朝食は、昨日までとは質の違う緊張感に満ちていた。
 冴子さんと父さんは、相変わらず「新しい家族」の形に満足している様子だが、俺と凛の間には、誰にも踏み込ませない濃厚な「秘密」が横たわっている。
「凛さん、今日は放課後、お買い物に付き合ってくれる?」
 冴子さんの問いに、凛の箸が微かに止まった。
「あ……ごめんなさい、お母さん。今日は図書委員の仕事があって、少し遅くなるかも」
「そう? じゃあ、悠真くん。凛さんのこと、駅まで迎えに行ってあげてくれないかしら。最近、物騒なニュースも多いし」
 冴子さんの何気ない一言に、俺と凛の視線が交差した。
 ストーカーの影。
 『新しいお家、素敵だね』というメッセージ。
 
「……わかった。放課後、連絡する」
 俺が短く答えると、凛は安心したように、けれどどこか複雑な表情で小さく頷いた。
 学校での時間は、拷問に近いものだった。
 講義中も、周囲の学生たちの視線がすべて「あの男」のものに見えてくる。凛の本当の住所を知り、彼女の日常を覗き見ている何者か。
 
 昼休み、俺は人目を避けて校舎の裏手へ向かった。
 そこには、昨夜凛に届いたメッセージの「証拠」を洗うために、彼女を呼び出していた。
「……来たわよ。何の用?」
 凛は壁に背を預け、苛立ったように爪を見つめている。
 
「昨日のメッセージ、もう一度見せろ。何か手がかりがあるかもしれない」
「無駄よ。捨て垢だし、場所を特定できるようなものは何もない。……あいつは、私をじわじわ追い詰めるのが好きなのよ」
 凛の声には、諦めに似た乾いた響きがあった。
 俺は彼女のスマホを奪い取るようにして画面をスクロールする。
 
 その時だった。
 茂みの向こうで、パシャリ、という微かな電子音が響いた。
「……っ、誰だ!」
 俺が音のした方へ駆け出すと、そこには見覚えのある人影が逃げていくのが見えた。

「待て!」
 俺の声は、校舎の壁に虚しく反響した。茂みを掻き分け、逃げ去る背中を追ったが、入り組んだ部室棟の影に消え、それっきりになった。
「……悠真、もういいわよ。追いかけたって無駄よ」
 背後から届いた凛の声は、冬の夜風のように冷たく、ひどく諦めに満ちていた。振り返ると、彼女は力なく膝を抱えるようにして、コンクリートの地面に座り込んでいた。
「今の……撮られたよな」
「……ええ。きっと明日には、私のパパ活疑惑とか、義理の兄との不純な関係とか、そういう見出しで掲示板に晒されるんじゃないかしら」
 凛は自嘲気味に笑い、震える手でポニーテールを解いた。さらりと流れる黒髪が、彼女の華奢な肩を隠す。その瞬間、俺の中にあった「冷めた理性」が、熱い怒りに塗りつぶされた。
「……笑うな。お前は、そんな風に壊されていい人間じゃないだろ」
 俺は彼女の前にしゃがみ込み、その細い肩を強く掴んだ。彼女の瞳が、驚きに大きく見開かれる。
「……あんたに何がわかるのよ。一万円で『理想』を買っただけの、ただの客の癖に……」
「客じゃない。今は、お前の兄だ。……たとえ偽物でも、この家でお前を守れるのは俺しかいない」
 俺の言葉は、自分でも驚くほどに真っ直ぐだった。
 凛はしばらく俺を見つめていたが、やがて糸が切れたように俺の胸に額を預けてきた。
「……バカね。……そんなこと言ったら、本当に私、あんたを共犯者にするわよ」
 その日の放課後。
 空は不気味なほどに赤く染まり、街の至るところに潜む影が、すべてあのストーカーに見えてくる。俺は冴子さんに言われた通り、駅の改札前で凛を待っていた。
 人混みの中から現れた凛は、周囲を警戒するように俯き、早歩きで俺の元へ駆け寄ってきた。
「……帰ろう。ここでは何があるか分からない」
 俺は彼女の手を握った。いつもなら「キモい」と一蹴されるはずの行為だが、今の彼女は、溺れる者が藁を掴むような力強さで、俺の手を握り返してきた。
 駅からの帰り道。住宅街の街灯が点々と灯り始める中、俺は背後に付き纏う不穏な気配に気づいた。
 一定の距離を保ち、角を曲がるたびに靴音が重なる。
 凛も気づいたのか、俺の腕を強く引き寄せた。彼女の放つ、あの甘くも切ない香りが、緊張感で研ぎ澄まされた俺の嗅覚を激しく刺激する。
「……部屋まで、真っ直ぐ走るぞ」
 俺たちは駆け出した。
 家に着き、玄関の鍵を二重に閉め、ようやくリビングの明かりの中に飛び込んだ。
「おかえりなさい。二人とも、仲良く帰ってきたのね」
 冴子さんの穏やかな笑顔が、別世界の出来事のように感じられた。
 その夜。
 俺の部屋に、凛は昨日よりもさらに深く、俺の「パーソナルスペース」を侵略しにやってきた。
 彼女は何も言わず、俺のベッドに潜り込む。
「……凛、今日は自分の部屋で……」
「嫌よ。……一人にしないで。……ねえ、悠真」
 彼女は毛布の中から、俺の腕を手繰り寄せた。
 そして、その腕を自分の首元に、そっと導いた。
「……あいつに、私のすべてを奪われるくらいなら。……いっそ、お兄ちゃんが先に奪っちゃってよ」
 凛の言葉は、究極の「甘い毒」だった。
 彼女の香りが、俺の部屋の空気を、昨日よりもさらに濃密に、そして暴力的に支配していく。
 プロの演技ではない。恐怖に駆られた彼女の本能が、最も身近な防壁――俺を、自分の一部にしようとしている。
「……お前、後悔するぞ」
「……後悔なんて、一万円払ったあの日から、ずっとしてるわよ」
 凛は俺の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「……落ち着く。……あんたの匂い、やっぱり、世界で一番……落ち着くわ」
 俺はもう、自分の理性を繋ぎ止める鎖を、どこに捨てたのかも思い出せなかった。
 外では誰かが俺たちを呪っているのかもしれない。
 けれど、今、この密室で重なり合う鼓動と、混ざり合う香りの記憶だけが、俺たちをこの地獄から救い出してくれる唯一の光だった。
 俺たちは、もはやただの兄妹ではいられない。
 最悪の敵から逃れるために、もっと最悪で、もっと心地よい「深淵」へと足を踏み入れたのだ。
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