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生きたいように生きれるなら、君はどうしたい?

電話越しに、彼女はどこか悲しそうな声で聞いてくる。僕はそれに、答えきれないまま、天井を見つめていた。

生きれるように生きれるのなら、そりゃ幸せだろう。だけど言ってしまえば、そんなのわがままだ。人生に対する大きなわがまま。

「僕が言うのもなんだけど、生きたいように生きる自分が想像できない。それに自分がどう生きたいのかもいまいち分からないよ」

「そっか」

彼女は、また悲しげな声でそう言った。

それから、くだらない会話なんかを少しして、眠くなってきたので、今日の通話は終わることにした。

時計の針は11時を指している。

カチ、カチ、と動く針をボーっと見つめながら、歯ブラシを動かす。
妹も両親も寝ているため、家の中はなんとも静かだ。

僕は歯磨きをしながら、学校でのことを考えた。

今日も、学校を休んだ。
親も、妹も、それを知らない。
この事を知っているのは、僕と同じ高校に通っているクラスメイトやその他の教師達だけだ。

何故、休むのか。そう聞かれると、よく分からない。きっかけはあると思う。だけど、それで休む必要が自分でさえも理解できなかった。
僕は病気なのだろうか。

もちろん、学校から何回も電話が来た。
だけど全て無視した。家族にも、学校からあたかも帰ってきたかのように振る舞った。中学生の妹も、僕が不登校である事に気付いていないようだった。


「私ね、ずっと君を見てたんだ」

ある日、その人は、僕の前に現れた。
その怪しい言葉を放ちながら、僕の肩を両手で掴んできた。夕方、犬のジョンを散歩させている最中だった。

「すみません、怖いです」

「どこが?可愛い女の子でしょ?」

「自分で言わないでください」

何故だか、あの騒がしいジョンがこの女には吠えない。そんな疑問も抱きつつ、彼女のことを見ていくうちに、なんだか既視感があるように思えた。

そして、その既視感の正体は、彼女がすぐに答えてくれた。

「もしかして忘れてる?同じクラスの岸川玲〈きしかわ れい〉っていうんだけど…」

「ごめんなさい、記憶にないです」

僕がそう言うと、彼女は僕を軽蔑するような目で見て、「地味にショックなんだけど…」的な事を口にした。

いや、ほとんど学校に行ってない僕が、クラスメイトのことなんか覚えてないだろ…普通。

「それで、なんですか。からかってるんですか。面倒くさいですよ。さようなら。」

いかにも迷惑と言うように、僕は彼女の横を通り過ぎようとすると、彼女は、僕の腕を勢いよく掴んで。
「またんかい、こら」
とガンを飛ばした。

なんて怖い女なんだとこの時、心底、彼女の事を軽く軽蔑していた。

だけど、それからニッコリ笑って

「私のLINE教えるからさ、たまにでいいから通話しない?手始めに今日の夜とか」

と理解不能な事を言い出した。

「なにいってんの」

意味としては理解できる。だけど、何故こんな事をいうのか。そこら辺の理解に脳が追いつかなかった。

「ほら、もう行こうジョン」

リードを軽く引いて、ジョンと一緒にまたもやその場を去ろうとする。
だけど、彼女は僕たちの前にすぐに立ち塞がる。

「あーもう、面倒くさいなぁ!」

本当に嫌そうな顔をする僕を見て、彼女は急に、悲しそうな表情をした。

「そんなに面倒くさいかな私、」

「お前ってさ、もしかしてストーカーだったりする?」

「え? …んー。」

急にそんな事を聞いて驚いたのか、彼女はそういう表情をすると、その後に顎に手を置いて何かを考え始めた。

いやそこ悩むとこかよ…。

「ある意味ストーカーかもしれないね」

何言ってんだコイツ。
僕は、彼女の考えが理解できなかった。
ストーカーは自分の事をストーカーですなんて言わないだろ。

仮に僕にお近づきになりたかったのなら、他に色々と方法はあったはずなのに。


「自分をストーカーしている人とLINE交換なんて普通はしないし、ていうかしたくないだろ。ちゃんと考えろよ。
他にもっと良い手段あっただろこのバカが」

「そんなにいう?だって学校で話しかけようとしても、ほとんど欠席でいないし、普通に君が登校してたら、こんなストーカー行為してないよ」

「それでも、もっとマシな方法あっただろ。ていうか、自分のことストーカーとかいうのやめろ。ストーカーであるなら、ストーカーである事隠した上で、偶然を装えよ」

「なによその犯罪者思考!」

「別に普通の考え方だろ!お前がおかしいんだよ!」

「はぁ!?」

『ワぁぁン!!』

言い合いをしていた僕らの間に、ジョンの甲高い声が響き渡る。数秒の沈黙を生み出した。

それから止まった時が動き出したかのように彼女が話し出した。

「とにかく、LINEの交換ぐらいさせてよ。良いでしょ。クラスメイトなんだし」

「ていうかクラスLINEがあるだろ。そこから追加しろよ」

「たしかに」

「たしかにじゃねぇわ、このバカが」

「なんか酷いよ、君。口悪いっていうか。ーえっと、どこだっけ。」

「あるだろ、ちゃんと探せよ。」

「あ、あった!谷崎〈たにざき〉くんだね。ふーん、苗字で書いてるんだ。名前にすれば良いのに。」

「なんでだよ」

「良いじゃん、可愛いじゃん」

「うるさい。まぁいいや、取り敢えず今日の夜ね。さよなら、ばいばい」

僕は彼女が何か言うよりも先に、颯爽とその場を去っていった。

どうして、こうも人に冷たくしてしまうのか。もしかしたら、日々のストレスをただ他人にぶつけているだけなのか。
八つ当たりなのか。

そう言うことを考えていると、だんだんと心が重くなっていく。一つの言動を深掘りし過ぎてしまう癖が僕にはあるようだった。

その日、僕は彼女の電話を無視した。
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