有り触れた悲劇に終止符を 1

遠月 詩葉

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9.その頃のロキート君

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「追い出したって…本気で言っておられるのですか?」

そんな噂のロキートといえば、憎たらしい顔面を穴が空くほど見つめていた。あまりにも信じられない報告を受けたからである。

「あの女はもう用済みだ。邪気さえ消えてしまえばこっちのもの。最初から父上もそのつもりさ。」
「だからと言って…曲がりなりにも、聖女ですよ?この2年間、どれだけ尽力してくれた事か…!」

頼む。頼むからこれ以上、この国の王として、この世界の人間として、醜態を晒さないでくれ。
ロキートの嘆きと、身を切るような願いは。即位したばかりのアレクトルに鼻で一蹴される。

「だから?目を見張る美人でもなければ、男のような長身。後ろで大人しくしていられる性格もしていない。常識にも疎い、元々地位のある人間でもない、卑しい存在。出来ることといえば、邪気を祓うことだけ。それも、もう必要なくなった。だのに、重用する必要がどこにある?」

(こっんの…クズ野郎…!)

呼び掛けに応じたのは、確かに彼女自身の意思だ。しかし、いつぞやに話していた経緯を聞けば、そんな事、二度と言えない。
死ぬか生きるかの二択ならば、誰だって後者を選ぶだろう。

「しかし…!一度召喚したら、元の世界に戻す術はありません!ならば最低限の礼儀として、慣例通りに…!」
「くどい!あんな女のために、私に犠牲になれと言うのか?私に仕えているだけの、一介の魔術師風情がっ!次期師団長に任命されたからと言って、つけあがるなよ?」

その瞬間、ロキートの心は急速に冷めた。史上類を見ないほどに。
何のために、彼女は身を削ってまでこの世界を救ったのか。
何のために、任務だと何度も言い聞かせていたのか。

(ーー何のために、俺は諦めようとしていたのか。)

一瞬で、見ていた世界がひっくり返った。こうも簡単に、今まで忠誠を誓ってきた王族に対して軽蔑出来るものなのか。そんな驚きもそこそこに、ロキートは静かに胸元のバッジを外す。

「…?何をしている?子爵であるお前にとって、喉から手が出るほど欲しい名誉と地位だろう?」

次期師団長の未来を約束された証。身に余る名誉の象徴。

(ああ。そりゃ嬉しかったさ。ついさっきまではな。)

聖女は、役目を終えたら王族、もしくは上位貴族の名誉夫人になる。それが、今までこの国の慣例だった。
妻としての役目も何も要らない、形だけの夫人となる事で、生涯なにひとつ不自由ない生活を保障する。

当然、彼女の歳の頃から見てアレクトルの名誉夫人におさまると、疑いもしていなかった。
子爵である自分よりも、ずっと高貴な存在になる。

しかし、本来なら望めるはずもなかった次期師団長という未来が、巡礼の旅を終えていきなり降ってきたのだ。
ならば、もしかしたら…。そんな分不相応な想いを必死で振り払い、遠くからたまに姿を見れるなら、十分だ。そう言い聞かせてきた。

だがどうだ。このボンクラは、よりにもよって聖女を身一つで放り出したのだ。
身分も家も、最低限の資産すらない女性がどうなるか。火を見るよりも明らかなはずなのに。

「ただいまをもって、宮廷魔術師の任を辞することをここに宣言いたします。」
「は…?冗談だろう?まさか、あの女に惚れたのか?」
「冗談では御座いません。次期師団長という身に余る名誉と機会を与えて頂いた上で、一身上の都合で辞すること、深くお詫び申し上げます。」

平坦な、全く感情の籠っていない声で、早口に言い切る。
場を和ませるためにブラックジョークを言ったつもりのアレクトルは、それが事実であると気づきたじろいだ。

「お前っ、気は確かか!?それとも何か企てているのではあるまいな?あの女に、次期師団長を捨てても惜しくないほどの価値があると?力に魅入られたか!?」

どこまでも自分勝手な発言に、酷く吐き気を覚える。利用価値でしか、彼女を見ていない。

「そんなものはありません。ただ、私の個人的な理由です。」
「…はっ。本当に気が狂ったようだな。もういい、頭のネジが外れた輩など、この国に不要!即刻立ち去れ!」
「…失礼します。」

(本当に狂ってるのは、お前らの方だ。)

扉を閉め、際限なく湧き出る悪感情を、頭を振ることで何とか紛らわす。それよりも彼女を早く探し出さなければ。

「…聖女なら恐らく、冒険者ギルドに向かったはずだ。」

扉の両脇に立っている衛兵の一人が、前を横切る瞬間、そう小さく耳打ちした。

「…感謝します。」

それが、一介の兵士である彼が出来る限界なのだろう。短くお礼を述べ、ロキートは足早に城を跡にするーー。
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