くだらない物語と、死にざかりな僕達。

金本シイナ

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2章: リンドウの花に、口づけを

2-7 獣、あらわる

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これじゃあまるっきりストーカーだな。



僕はとある女子校に通う、金子美里のあとをこっそり尾けなぎら、そんなことを考えていた。

ふと後ろに目をやると、僕のさらに少し後ろを離れたところにはユズキさんがいる。



作戦はこうだ。



僕が金子美里を見失わない程度離れた距離から後をつける。もし金子美里に少しでも気づかれそうになったら僕は適当なところで離脱し、尾行をユズキさんにスイッチしてもらう。もし犯人と思しき男が金子美里に近づけば、僕が合図を出し、ユズキさんが近づいてくるまで僕が「なんとかする」。このなんとかするというのは、状況に応じて臨機応変に、ということだ。まずは話しかけ、相手がそれに乗ってくるのであればユズキさんが到着するまで会話を引き延ばす。ほんの十数秒だろう。そして仮に襲いかかってくるならなんとか突き飛ばされないよう立ち回る。逃げるなら追いかけてタックルでもかます。とにかく、突き飛ばされなければ僕に危険はないし、ユズキさんが犯人とどんな形であれ言葉を交わすことができれば、その時点で僕達の勝利になる。

このストーキングを始めてかれこれ4日目になる。流石に慣れてきたものだ。一応、服装などは毎回変えるようにし「人気がいない場所では対象と車4台分以上は離れる」というどこかで聞いた尾行のテクニックを駆使し、なんとかバレずに今のところ出来ている。

彼女は学校が終わるとまずはバレー部に行き、暗くなるまで練習をする。だからほぼ帰宅部と言って良い暇な僕は彼女の後を追うことができる。

そしてその後しばらく途中まで友達と帰宅し、そこから一人でまっすぐ家に帰る。その道中、条件となりそうな街灯が幾つかあり、時間も時間なので道中は人が少ない。犯人としてはかなり狙いやすい、ハズだ。

その上、彼女はあの飛び込み自殺した女子生徒と同じバレー部であり、よく辛く当たっていたところを度々目撃されていたそうだ。

神永はこれらの情報から加味して、金子美里が1番狙われやすいと判断した。僕達はその可能性に賭けるしかない。実際この4日間まだ犠牲者は出ていない。

現状の懸念点があるとすると、明日から土曜日に入る。休日は彼女の行動を予測しにくい。尾行も当然その分、やりにくくなる。だがそれは犯人も同じだろう。行動が読みにくい休日よりも、行動を読みやすい平日を狙う可能性が高いはずだ。そして平日最後である今日が、今週のうちで最も犯人が現れやすそうな日だ。

ただ普通に土日、もしくは来週来るかもしれないし、別の3人の候補のうちの1人を狙うかもしれない。もしくはさらにそれ以外の生徒を狙うか、はたまたもうこれ以上は殺さないということも考えられる。そうなったらまた作戦は考えるが、それはもうわからない。これは運と根気が必要とされる作戦なのだ。神永の分析能力と金子美里の運の悪さを願うしかない。



(そろそろ家に着いてしまうなぁ・・・)



先程街灯を通り過ぎ、家までの街灯はあと1つだ。どうやら今日も犯人は釣れなかったようだ、と半ば諦める。

ユズキさんもこんな不確定要素の多い長丁場の作戦などやりたくないだろう。そもそも彼女がこの作戦のキモでもある。本番になれば、彼女が犯人を捕まえるのだから当然重要な役回りだ。最長1ヶ月半、緊張感を持ち続けるのは疲れるだろう。



(あとで缶コーヒーでも買って手渡そう・・・)



そういう細かい気遣いをしておかないと。彼女が機嫌を損ねると困る。



そうこう考えているうちに、金子美里は最後の街灯に差し掛かった。白い街灯の光に照らされ、彼女の後ろ姿の輪郭がぼんやりと浮かんで見える。



ーーー!



ふと、そのすぐそばの小さな横路地から人影が出てきた。その人影は真っ直ぐと金子美里の背中を追っている。



(ーーヤバい!)



その人影の右袖が不自然に風になびいている。間違いない。暗がりで顔はよく見えないが、あの片腕の男だ。

僕は後ろにいるユズキさんに合図を送る。
瞬間、一気に2人の間で緊張感が走った。



まずは僕が片腕の男に近づく。距離にして50m程離れている。だが焦って走ってはいけない。早歩きでもまずい。あの男が逃げてしまうかもしれないからだ。



なるべく音を立てず、だが間に合うように、やや急ぎめで歩いて近づいていく。

徐々に近づく後ろ姿。それに伴い、上がる心拍数。口から心臓が飛び出そうになる、とはまさにこの事だろう。僕のこの役回りは、言ってしまえば斬り込み隊長だ。ユズキさんがたどり着くまでの時間が、最も僕の命が危険に晒される時間。それに自ら飛び込む事の恐怖。

最初は走らないように心がけていたが、近づくにつれ自然とその足取りは重くゆっくりとしたものに変化した。だがそれでも徐々に男の後ろ姿は近づく。そして遂に、話しかけないと不自然な距離にまで接近してしまった。



「あ、あのっ・・・!」



緊張で声が裏返ってしまった。
片腕の男の肩がピクリと動き、僕の方をゆっくりと振り向く。



振り向きざま、白シャツの右袖が揺らめく。顔は病的に肌が白く、それが街灯に照らされて青白く見える。目の下には酷い隈があった。髪もボサボサだ。一眼見て、あまり話の通じそうなタイプには見えないように思えた。



とにかく、何か適当に言葉を発さなければ。後ろからはユズキさんが他人のふりをしつつ平静を装って近づいてきているはずだ。それまで何としても時間を稼ぐ。



「この財布、落としませんでしたか・・・?」



そう言って僕はおずおずと自分の財布を差し出す。他に適当な理由づけが見つからなかった。もっとマシなものにしたかったが、この際理由などさして重要ではない。とにかく注意を引いて、時間を稼ぐ事が何よりも重要なのだから。



「・・・・・・・」



男はそれを聞いて、特になんのリアクションもする事なく、無言で立ち去ろうとする。まずい、と咄嗟に僕の体は動いた。



「あぁ、ちょっと、ちょっと。待って下さいよ。」



急いで男の前に回り込む。回り込んだついでに男の背後の遠くの方から、ユズキさんが急ぎ足で近づいてくるのが見えた。あと少しだ。

僕は心を奮い立たせる。大丈夫だ。いざとなればぶん殴って倒せる程、目の前の男はヒョロい。怖がる事など何もない。

白々しく、僕は演技を続ける。



「これ貴方の財布じゃないんですか?い、いや~貴方のポケットから落ちたように、見えたんだけどなぁ~」



「・・・・・・・・のか・・」



何か男がボソボソ呟いたような気がした。



「え?」



「お前がぁっ!美優をイジメたのかぁぁあっ!!」



唸りをあげる獣のような叫び声が、夜の閑散とした住宅街に響き渡った。これがこの細い男から発せられた声なのか。僕の鼓膜が、大きく振動する。



ーーあぁ、ダメだ。完全に目の焦点が合ってない。



耳を抑え、彼の様子を観察する。力無くどこか宙を見つめ、口の端には涎が付着している。どう見ても正気では無い。会話による時間稼ぎは、どうやら無意味に終わったようだ。



「なんで殺したんだ なんでなんでなんで殺したんだ なんでなんでぇぇええ!?」



悍ましい発狂と共に男が突進してくる。



(いや怖っ!!)



間一髪で僕は身を翻す。



僕には少し格闘技の経験がある。兄がやっているという理由で僕もやらされていたのだ。だからこういう危険な状況に陥っても、最悪相手を打ちのめす自信が僕にはあった。相手は片腕だし、記憶で見た限り僕でも倒せそうなほど彼は細かった。最悪暴力で何とかなるものとたかを括っていた。だが、今の僕に彼を打ちのめす自信はない。完全に膝が笑ってしまっている。試合での殴り合いと、自分の命が掛かっている状況は全く違うのだ。ただ僕の胸の内にあるのは、記憶で視てきた被害者達と同じ、この男に対する恐怖だけである。



突如視界が青く染まる。急いで上を見上げると、街灯が青藍に変色していた。

それを見て、咄嗟にポケットに入れていた一握りほどの大きさの石を取り出す。



(街灯までの距離はそう遠くない。当てることができれば条件を一つ潰せる!)



僕は真上に向かって思い切り振りかぶった、
その刹那。



「殺す殺せ! どうして俺を置いていくっ なんでっ いやだぁぁぁぁあああ!!」



涎を垂れ流した男が再び左手を突き伸ばして突進してきた。



「あぶねぇっ!!」



再び横に飛び退いて咄嗟にかわす。



(これじゃ街灯を割る暇が無い!想定が甘かった!)



ユラユラと焦点定まらず発狂する男に相対する僕は、さながら飢えて荒れ狂った狼と対峙しているかのような気分だ。一時の油断も許されない。彼から一瞬でも目を離すことは出来ない。彼の左腕は、僕を一噛みで噛み殺してしまう恐ろしい牙なのだ。悠長に街灯など狙っている余裕は無い。

ジリジリと、男が近づいてくる。僕は身をたじろがせ、少しずつ後退りをする。彼がいつまた突進してきてもかわせるよう、注意深く彼の動向を観察する。



高まる緊張と静寂の中睨み合っていると、その緊張を破るように、突然声が聞こえてきた。
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