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第3話
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「最近・・感じが変わったよ。何か僕に隠してるんじゃない?」
バーで出会ったあと急速に接近してきた倉橋と、学に悪いとは思ったが、私は秘かに二人きりで会っていた。
敏感な学がそんな私の変化に気づかぬはずがないのに。
「正直に言えよ、ホントのこと。もしかして他にもっといい男が現われた?」
喫茶店に呼び出され問い詰められた私は、しらを通すしかなかった。学を嫌いになったわけではないし、倉橋との恋を成就させる自信もなかったからだと思う。
「わかったよ・・僕の思い違いだということにするよ」
学は大きく息をつきまっすぐ私を見つめた。
「実は他のバンドから、ファイヤーから誘いがきてるんだ。ずっと迷ってたけど、そっちに行くよ」
「ファイヤー?」
「そう、あのファイヤー」
「なんで今まで内緒にしてたの・・」
ファイヤーはセミプロといっていい傑出した憧れの存在だった。
「僕はおまえや良樹と一緒に夢をかなえたかったんだ。でも最近、ムリだなと思うようになって」
強い口調だが、学の眼差しはどこか寂しげだ。
「由利さんが現われてから変わっちまった。良樹はろくにバイトもしなくなったし、おまえも・・」
そのあとのセリフが怖く、思わず両目を伏せる。
「洋子、僕と結婚しないか」
「・・結婚?」
「ああ、本気だぜ。バックバンドかスタジオミュージシャンには為れると思うから、ついてきて欲しい」
あれほど待ちわびた学からのプロポーズなのに、私は即答することができなかった。沈黙が耐えられなかったのか、伝票を片手に彼はいきなり立ち上がる。
「返事待ってるよ」
小声で言い振り返りもせず立ち去っていく学の姿が、彼を見た最後だった。
というのも、悩んだあげく事の顛末をつい由利に打ち明けたからだ。罠にはまったとも知らずに。
「私に内緒で付き合って、おまけに両天秤だなんてひどいわ。彼は私の従兄なのよ」
思いがけず怒りを顕わに見せる彼女に、私は恐れをなして謝る。しかし由利は譲歩しようとしない。
「彼はああ見えて真面目なの、遊びで女性とつきあえる人じゃないわ。でもなぜ私に何も言わなかったのかしら」
倉橋に口止めしていたことを思い出し、私は恥じ入るばかりだった。悪いのは、やはり自分だと思った。
「そういえば彼、洋子さんのこと理想の女性だなんて言ってたわ。彼氏がいること知ってて誘うなんて本気ね」
「そうかしら」
由利の言葉が嬉しく、私は上ずった声を出した。が、彼女は
「今すぐに白黒をつけて、どちらか一人とはっきり別れてちょうだい」
と、携帯電話を容赦なく差し出してくる。
予想していなかった展開に、私はまごつきながらも頭の中でとっさに算盤をはじいていた。夢物語が絆の、将来が見えない学との生活。かたや倉橋ともし結婚できれば、由利のような上流階級に仲間入りなのだ。うまくいけば社長夫人にもなれるかもしれない。
「どちらを選ぶかは、あなたの自由」
由利は私に電話を握らせる。金にまみれた贅沢な空間が、渦を巻いて記憶に充ちてくる。もう後戻りはできない。私の指は学の電話番号を選んでいた。
それなのに・・
「ギブアンドテイク成立ね。これで私も自分の人生、自信を持って生きられそう」
どうにか別れ話をつけた私に、彼女は満面な笑みを浮かべた。馬鹿な私は次の日から彼らの携帯番号が通じなくなって、ようやく、その言葉の真意に気づいたのだった。振り返れば、彼らについては金持ちなこと以外あやふやで結局何も知らなかった・・・
バーで出会ったあと急速に接近してきた倉橋と、学に悪いとは思ったが、私は秘かに二人きりで会っていた。
敏感な学がそんな私の変化に気づかぬはずがないのに。
「正直に言えよ、ホントのこと。もしかして他にもっといい男が現われた?」
喫茶店に呼び出され問い詰められた私は、しらを通すしかなかった。学を嫌いになったわけではないし、倉橋との恋を成就させる自信もなかったからだと思う。
「わかったよ・・僕の思い違いだということにするよ」
学は大きく息をつきまっすぐ私を見つめた。
「実は他のバンドから、ファイヤーから誘いがきてるんだ。ずっと迷ってたけど、そっちに行くよ」
「ファイヤー?」
「そう、あのファイヤー」
「なんで今まで内緒にしてたの・・」
ファイヤーはセミプロといっていい傑出した憧れの存在だった。
「僕はおまえや良樹と一緒に夢をかなえたかったんだ。でも最近、ムリだなと思うようになって」
強い口調だが、学の眼差しはどこか寂しげだ。
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そのあとのセリフが怖く、思わず両目を伏せる。
「洋子、僕と結婚しないか」
「・・結婚?」
「ああ、本気だぜ。バックバンドかスタジオミュージシャンには為れると思うから、ついてきて欲しい」
あれほど待ちわびた学からのプロポーズなのに、私は即答することができなかった。沈黙が耐えられなかったのか、伝票を片手に彼はいきなり立ち上がる。
「返事待ってるよ」
小声で言い振り返りもせず立ち去っていく学の姿が、彼を見た最後だった。
というのも、悩んだあげく事の顛末をつい由利に打ち明けたからだ。罠にはまったとも知らずに。
「私に内緒で付き合って、おまけに両天秤だなんてひどいわ。彼は私の従兄なのよ」
思いがけず怒りを顕わに見せる彼女に、私は恐れをなして謝る。しかし由利は譲歩しようとしない。
「彼はああ見えて真面目なの、遊びで女性とつきあえる人じゃないわ。でもなぜ私に何も言わなかったのかしら」
倉橋に口止めしていたことを思い出し、私は恥じ入るばかりだった。悪いのは、やはり自分だと思った。
「そういえば彼、洋子さんのこと理想の女性だなんて言ってたわ。彼氏がいること知ってて誘うなんて本気ね」
「そうかしら」
由利の言葉が嬉しく、私は上ずった声を出した。が、彼女は
「今すぐに白黒をつけて、どちらか一人とはっきり別れてちょうだい」
と、携帯電話を容赦なく差し出してくる。
予想していなかった展開に、私はまごつきながらも頭の中でとっさに算盤をはじいていた。夢物語が絆の、将来が見えない学との生活。かたや倉橋ともし結婚できれば、由利のような上流階級に仲間入りなのだ。うまくいけば社長夫人にもなれるかもしれない。
「どちらを選ぶかは、あなたの自由」
由利は私に電話を握らせる。金にまみれた贅沢な空間が、渦を巻いて記憶に充ちてくる。もう後戻りはできない。私の指は学の電話番号を選んでいた。
それなのに・・
「ギブアンドテイク成立ね。これで私も自分の人生、自信を持って生きられそう」
どうにか別れ話をつけた私に、彼女は満面な笑みを浮かべた。馬鹿な私は次の日から彼らの携帯番号が通じなくなって、ようやく、その言葉の真意に気づいたのだった。振り返れば、彼らについては金持ちなこと以外あやふやで結局何も知らなかった・・・
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