4 / 5
第4話
しおりを挟む
ここはどこ?
自分は何者だ?
夢か幻を見ているのか?
それとも私は狂ってしまったのか?
疑問が渦になって頭の中をこだまする。
とにかく逃げるしかない。私は息をきらして階段を駆け降り、ついに狭い廊下にぶつかった。緑色の避難誘導灯の向こうに、防火扉が閉まっているのが見える。
どこかで階段を降りる足音。だんだん音が近づいてくる。
きっとあの医者だ、ここまで追いかけてくるにちがいない。
重い防火扉を力いっぱい両手で押して開ける。たとえ冥府への入口であろうと迷っている間はなかった。
いきなり妙な匂いが鼻につく。身震いするような冷気が充満していた。
・・・地下室だろうか?
真っ暗闇で何かが焦げたような臭い。線香のかおりもどこからか漂ってくる。
まさか霊安室?
金縛りにあったみたいに体が硬直する。紐がほどけて乱れ切った浴衣姿。ざらついた床の上に裸足で立っていた。
・・おびただしい砂?ここになぜ?足が砂にめり込んで発狂しそうに気色が悪い。
遠くで何やら変な声がする。すすり泣きに似た、はかなげな声だ。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・・・
誰かがお経を唱えてる。
男の声なのか女の声なのかわからない。というより聞いたこともない音声。黄泉からの交信かもしれないと漠然と思った。
恐怖も頂点に達したら麻痺するのか、私は操り人形のように、その声の方にゆっくりと歩んでいた。
蜃気楼が現われるように回りがしだいに明るくなって、献花に埋もれた祭壇が見えた。
白い薔薇や菊、満開のカサブランカがびっしりと飾られている。カサブランカの癖がある濃厚な香りが、私は大嫌いだった。
むせかえるような香りの奥の祭壇に、誰かの遺影がある。目を細めて視るが若い男性のようだ。
中山五郎の通夜そして葬式に行った日のことを思い出す。悪夢を見ているのか?
それなら早く覚めてくれ!
「お悔やみ申し上げます」
とつぜん背後で大声がした。振り向くと、さっき病室にいた医者だった。のけぞって後ずさりをする。
「そんなに驚かなくても、いいじゃないですか。すっかり嫌われちゃったなあ」
医者は嬉しそうに笑った。
「妻は・・どこにいるんですか?」
私の質問に答えず、金属的な高い声で気が狂ったように、
「お悔やみ申し上げます」
を連呼する。そして、ついには白衣のポケットから太い注射器を取り出す。
まさか毒薬?目が点になる。
うすら笑いを浮かべ、注射器を上に大きく振りかざして迫ってくる。蛇に睨まれた蛙のように、フリーズしたままだ。
「ねえ、中山五郎さん。君もあの人みたいになりたい?」
医者は祭壇の遺影を指さした。今度ははっきり見えた。見まごうことなく、銀縁眼鏡をかけた私の顔写真だった。
魂を抜かれたように見入る。
いきなり医者が私の腕をつかんで、容赦なく注射器を突き刺す。左手首の血がにじんだ包帯がほどけた。
憶えのない生々しい傷跡。
いったい、いつどこでこんな怪我を?
でも私は中山五郎じゃない、五郎は死んだが私は生きている。遺影は誰かの悪戯だ。
強い眠気に急に襲われ、失神しかけた私の耳に生臭い息が吹きかかる。
「彼女はいただきますよ、君には悪いと思っているけど」
致命的な言葉。
医者のほくそ笑んだ顔がぼやけて、視界から消えていった。
自分は何者だ?
夢か幻を見ているのか?
それとも私は狂ってしまったのか?
疑問が渦になって頭の中をこだまする。
とにかく逃げるしかない。私は息をきらして階段を駆け降り、ついに狭い廊下にぶつかった。緑色の避難誘導灯の向こうに、防火扉が閉まっているのが見える。
どこかで階段を降りる足音。だんだん音が近づいてくる。
きっとあの医者だ、ここまで追いかけてくるにちがいない。
重い防火扉を力いっぱい両手で押して開ける。たとえ冥府への入口であろうと迷っている間はなかった。
いきなり妙な匂いが鼻につく。身震いするような冷気が充満していた。
・・・地下室だろうか?
真っ暗闇で何かが焦げたような臭い。線香のかおりもどこからか漂ってくる。
まさか霊安室?
金縛りにあったみたいに体が硬直する。紐がほどけて乱れ切った浴衣姿。ざらついた床の上に裸足で立っていた。
・・おびただしい砂?ここになぜ?足が砂にめり込んで発狂しそうに気色が悪い。
遠くで何やら変な声がする。すすり泣きに似た、はかなげな声だ。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・・・
誰かがお経を唱えてる。
男の声なのか女の声なのかわからない。というより聞いたこともない音声。黄泉からの交信かもしれないと漠然と思った。
恐怖も頂点に達したら麻痺するのか、私は操り人形のように、その声の方にゆっくりと歩んでいた。
蜃気楼が現われるように回りがしだいに明るくなって、献花に埋もれた祭壇が見えた。
白い薔薇や菊、満開のカサブランカがびっしりと飾られている。カサブランカの癖がある濃厚な香りが、私は大嫌いだった。
むせかえるような香りの奥の祭壇に、誰かの遺影がある。目を細めて視るが若い男性のようだ。
中山五郎の通夜そして葬式に行った日のことを思い出す。悪夢を見ているのか?
それなら早く覚めてくれ!
「お悔やみ申し上げます」
とつぜん背後で大声がした。振り向くと、さっき病室にいた医者だった。のけぞって後ずさりをする。
「そんなに驚かなくても、いいじゃないですか。すっかり嫌われちゃったなあ」
医者は嬉しそうに笑った。
「妻は・・どこにいるんですか?」
私の質問に答えず、金属的な高い声で気が狂ったように、
「お悔やみ申し上げます」
を連呼する。そして、ついには白衣のポケットから太い注射器を取り出す。
まさか毒薬?目が点になる。
うすら笑いを浮かべ、注射器を上に大きく振りかざして迫ってくる。蛇に睨まれた蛙のように、フリーズしたままだ。
「ねえ、中山五郎さん。君もあの人みたいになりたい?」
医者は祭壇の遺影を指さした。今度ははっきり見えた。見まごうことなく、銀縁眼鏡をかけた私の顔写真だった。
魂を抜かれたように見入る。
いきなり医者が私の腕をつかんで、容赦なく注射器を突き刺す。左手首の血がにじんだ包帯がほどけた。
憶えのない生々しい傷跡。
いったい、いつどこでこんな怪我を?
でも私は中山五郎じゃない、五郎は死んだが私は生きている。遺影は誰かの悪戯だ。
強い眠気に急に襲われ、失神しかけた私の耳に生臭い息が吹きかかる。
「彼女はいただきますよ、君には悪いと思っているけど」
致命的な言葉。
医者のほくそ笑んだ顔がぼやけて、視界から消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
続・冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
の続編です。
アンドリューもそこそこ頑張るけど、続編で苦労するのはその息子かな?
辺境から結局建国することになったので、事務処理ハンパねぇー‼ってのを息子に押しつける俺です。楽隠居を決め込むつもりだったのになぁ。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる