1 / 4
雨のものがたり 第1話
しおりを挟む
夏休みだというのに、この一週間、わたしは子供部屋に閉じこもっていた。食欲もないし風呂に入るのも面倒だった。時々お母さんが心配そうに部屋をのぞきにきて、そのたびに言った。
「愛子ちゃん、ミウは天国に行ったのよ。今頃きっと神様に迎えてもらって幸せなはず、だってあんなに良い猫だったもの」
お母さんは一生懸命元気づけようとするけど、わたしが生まれる前から家にいた猫が亡くなって、どこにも見当たらなくなって、心にぽっかり穴があいたみたいだ。お母さんは続けて言った。
「ミウはね、お母さんが結婚してすぐ、うちの玄関の下で雨宿りしてたのよ。今のマンションに越す前の平屋にいた時。まだ子猫でやせっぽちでか細い声で鳴いてたわ。かわいそうで雨がやむまでのつもりが結局十五年も一緒で・・愛子が生まれてからも、あんたたち姉妹みたいだったよねえ」
ミウはかわいいメスの三毛猫だった。一週間前、眠るように死んでしまった。定期的に動物病院に通っていたけれど、腎臓が悪くて病院食をまずそうに食べていた。亡くなる数日は、それも食べなくなってしまい、病院に預けて点滴をしてもらった。四、五日の入院予定だったけど、ミウは日増しに元気がなくなっていった。ある日お母さんは虫の知らせか、病院に泊まり込みでミウに付き添った。わたしとお父さんは翌朝の電話で病院に駆けつけ、ミウは家族だけでなく先生や看護師さんに見守られて息をひきとった。皆の顔を見て安心したような死に顔だった。
わたしは十歳だったけれど、死というものに経験がなく、どう反応すべきかわからなかった。田舎の祖父母は父方母方とも健在で、近しい人の葬式も経験がなかった。だから翌日、ペット霊園の焼き場でミウと最後のお別れをして、骨壺に入った彼女と帰宅しても実感がわかなかった。
でもミウの姿は家のどこにもいない。いつも寝ている場所のどこにも。ミウの食器も片されないまま置きっぱなしだし、カリカリや缶詰も脇にあるのにミウだけがいない。お母さんはミウは天国にいったって言うけど天国の住所を教えてよ、そしたら真っ先に会いに行くから!
わたしがほんの小さい時、ミウはわたしのちーねちゃん(小さい姉)だった。それからおーねちゃん(大きい姉)になり、おばさまになって、最後におばばさまになって死んだ。人間と猫の、異なった速さで流れた、それぞれの時間。わたしたちが共有してきた時間。ベッドについてから彼女の記憶が思い出されて、つい泣いてしまう。この一週間はほとんど、そんな日々の繰り返しだった。
「夏休みの宿題やったの?ミウのことは仕方ないんだから、自分の勉強はちゃんとやりなさい。天国でミウが悲しむわよ」
生活が日常に戻ってきて、お母さんの小言も復活してきた。
「日記の宿題も毎年ためて書く癖はやめなさい。日記は日々の出来事の記録なんだから、寝る前にちゃんと書きなさい」
と言われて、夏休みになって始めの何日かはマジメに書きました。でも段々さぼって結局は三日坊主。そのうちミウの調子が悪くなって日記の存在さえ忘れてしまった。今書けるとしたら、毎日同じ一行。
もう一度ミウに会いたい、だけだ。
ミウが亡くなり、お母さんの小言も増え、わたしは部屋に引きこもるのをやめた。
宿題にも取り掛かり、日記も適当に出まかせを並べた。ミウだけはどうしても書けない、というか書きたくなかった。
「愛子ちゃん、ミウは天国に行ったのよ。今頃きっと神様に迎えてもらって幸せなはず、だってあんなに良い猫だったもの」
お母さんは一生懸命元気づけようとするけど、わたしが生まれる前から家にいた猫が亡くなって、どこにも見当たらなくなって、心にぽっかり穴があいたみたいだ。お母さんは続けて言った。
「ミウはね、お母さんが結婚してすぐ、うちの玄関の下で雨宿りしてたのよ。今のマンションに越す前の平屋にいた時。まだ子猫でやせっぽちでか細い声で鳴いてたわ。かわいそうで雨がやむまでのつもりが結局十五年も一緒で・・愛子が生まれてからも、あんたたち姉妹みたいだったよねえ」
ミウはかわいいメスの三毛猫だった。一週間前、眠るように死んでしまった。定期的に動物病院に通っていたけれど、腎臓が悪くて病院食をまずそうに食べていた。亡くなる数日は、それも食べなくなってしまい、病院に預けて点滴をしてもらった。四、五日の入院予定だったけど、ミウは日増しに元気がなくなっていった。ある日お母さんは虫の知らせか、病院に泊まり込みでミウに付き添った。わたしとお父さんは翌朝の電話で病院に駆けつけ、ミウは家族だけでなく先生や看護師さんに見守られて息をひきとった。皆の顔を見て安心したような死に顔だった。
わたしは十歳だったけれど、死というものに経験がなく、どう反応すべきかわからなかった。田舎の祖父母は父方母方とも健在で、近しい人の葬式も経験がなかった。だから翌日、ペット霊園の焼き場でミウと最後のお別れをして、骨壺に入った彼女と帰宅しても実感がわかなかった。
でもミウの姿は家のどこにもいない。いつも寝ている場所のどこにも。ミウの食器も片されないまま置きっぱなしだし、カリカリや缶詰も脇にあるのにミウだけがいない。お母さんはミウは天国にいったって言うけど天国の住所を教えてよ、そしたら真っ先に会いに行くから!
わたしがほんの小さい時、ミウはわたしのちーねちゃん(小さい姉)だった。それからおーねちゃん(大きい姉)になり、おばさまになって、最後におばばさまになって死んだ。人間と猫の、異なった速さで流れた、それぞれの時間。わたしたちが共有してきた時間。ベッドについてから彼女の記憶が思い出されて、つい泣いてしまう。この一週間はほとんど、そんな日々の繰り返しだった。
「夏休みの宿題やったの?ミウのことは仕方ないんだから、自分の勉強はちゃんとやりなさい。天国でミウが悲しむわよ」
生活が日常に戻ってきて、お母さんの小言も復活してきた。
「日記の宿題も毎年ためて書く癖はやめなさい。日記は日々の出来事の記録なんだから、寝る前にちゃんと書きなさい」
と言われて、夏休みになって始めの何日かはマジメに書きました。でも段々さぼって結局は三日坊主。そのうちミウの調子が悪くなって日記の存在さえ忘れてしまった。今書けるとしたら、毎日同じ一行。
もう一度ミウに会いたい、だけだ。
ミウが亡くなり、お母さんの小言も増え、わたしは部屋に引きこもるのをやめた。
宿題にも取り掛かり、日記も適当に出まかせを並べた。ミウだけはどうしても書けない、というか書きたくなかった。
0
あなたにおすすめの小説
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる