2 / 4
雨のものがたり 第2話
しおりを挟む
早朝の境内でのラジオ体操にもまた参加するようになった。近所の田中さんの一軒家の前を通って行くけれど、灯籠のある家の庭には朝顔やヒマワリの花が咲いていて、そこで昔、茶トラのオスネコを飼っていたことを思い出す。王様みたいな貫禄のその猫とミウはむかし恋仲だった。うちのマンションは五階建ての一階でリビングのガラス越しに二匹は愛を語らっていた、という話だ。田中さんところのオスネコは放し飼いで、ある日ミウに恋をして通ってくるようになった。しだいにミウもほだされてしまい、ついには家の隙間から脱走した。追いかけてくるお母さんを尻目に二匹は手と手を取り合って駆け落ちをした。お母ちゃんゴメンね、という風にミウは何度もうしろを振り返りながら。
田中さんの家のオスネコはまだ若かった。発情期を迎え、ミウも誘惑された。オスネコは他のメスネコも追いかけていって、ついには家に帰ってくることはなかったらしい。田中さんの家が今ペットを飼っているかどうかは知らない。
ミウは深窓の姫育ちだけど、むかし平屋に住んでいた時は外にも出していたことがあったらしい。でも、ある時お母さんのあとを追いかけて迷って家に帰れなくなった。自転車で探し回って近くの畑の中から飛び出してくるのを無事に連れ戻したが、どうやら方向音痴の猫らしいのだ。
おもしろいエピソードがある。ときどきミウはどこかに出かけたまま深夜まで家に帰ってこなかった。心配してお母さんとお父さんは近所中を捜してまわる。そうして、ふだん歩かない一角の高い塀で囲まれた家にぶつかる。空にはこうこうと満月が輝き、塀の上には十匹以上の猫たちがすきまなくズラリと。これが噂に聞く猫の集会かと目をパチクリさせたけれど、その中にミウの姿もあった。急いで抱きかかえ帰ったらしいが、ミウの冒険はそれ以来なかった。心配性の両親に外出禁止令をだされたからだ。
小学校の同じクラスに仲のいい女の子がいる。千秋って名前で、やせぎすのわたしと違い体格が良く、家にも遊びに行き来している中だ。お母さんは赤毛のアンの親友ダイアナみたいな女の子だといつも言っている。夏休みに入ってすぐに、千秋ちゃんはうちに遊びに来た。いつもミウと顔をあわせるけれど、あんまり反応がない。彼女いわく動物には好き嫌い以前に関心が薄いらしい。
「うちの家、犬も猫も鳥も金魚も飼ったことないよ、親もあまり好きじゃないんだって。ご飯やトイレの世話もたいへんでしょう?」
なんてこと平気で言う。動物と暮らす幸せを知らないから仕方がない。千秋ちゃんとはラジオ体操でもいつも会う。その帰りにベンチの背にもたれ、思いきり両腕を上げて伸びをした。白々とした空に早朝の陽が射し込みセミの声も樹々の間から聞こえてくる。
「そういえばオタクの猫・・名前なんだっけ?」
いきなり千秋ちゃんに聞かれた。
「ミウ」
「あ、そうそう。元気?」
死にました、とは言いたくなかった。だから、つい無言。
「えー、何かあった?病気とか?」
「そうそう」
「ラジオ体操、来ないから変だと思ってた」
千秋ちゃんは顔をしかめた。
「だからイヤなのよ、病気なんかなったら病院も行かなきゃいけないし、うちの親は死ぬから嫌だって言ってる」
「みんな死ぬんじゃないの、人間だって」
千秋ちゃんは声高に言った。
「だから、いい方法があるんだ。死んじゃうショックを減らすために別のよく似たのを飼ったらいいんじゃない?スペアを持つってグッドアイデアでしょう」
わたしは返答ができなかった。ミウの代わりなんているはずがない。無神経さにだんだん腹もたってきた。
「もう帰る」
わたしは、すくっと立ちあがり千秋ちゃんに背を向けて走り出した。うしろから声が聞こえたけど振り返ることなく。
命にスペアがあるはずないじゃないか。千秋ちゃんは悪気や深い考えなくしゃべっただけかもしれない。人それぞれ、いろいろな考えがあるのだから、自分の考えがベストアンサーじゃない。と、これはお父さんの受け売りだった。
田中さんの家のオスネコはまだ若かった。発情期を迎え、ミウも誘惑された。オスネコは他のメスネコも追いかけていって、ついには家に帰ってくることはなかったらしい。田中さんの家が今ペットを飼っているかどうかは知らない。
ミウは深窓の姫育ちだけど、むかし平屋に住んでいた時は外にも出していたことがあったらしい。でも、ある時お母さんのあとを追いかけて迷って家に帰れなくなった。自転車で探し回って近くの畑の中から飛び出してくるのを無事に連れ戻したが、どうやら方向音痴の猫らしいのだ。
おもしろいエピソードがある。ときどきミウはどこかに出かけたまま深夜まで家に帰ってこなかった。心配してお母さんとお父さんは近所中を捜してまわる。そうして、ふだん歩かない一角の高い塀で囲まれた家にぶつかる。空にはこうこうと満月が輝き、塀の上には十匹以上の猫たちがすきまなくズラリと。これが噂に聞く猫の集会かと目をパチクリさせたけれど、その中にミウの姿もあった。急いで抱きかかえ帰ったらしいが、ミウの冒険はそれ以来なかった。心配性の両親に外出禁止令をだされたからだ。
小学校の同じクラスに仲のいい女の子がいる。千秋って名前で、やせぎすのわたしと違い体格が良く、家にも遊びに行き来している中だ。お母さんは赤毛のアンの親友ダイアナみたいな女の子だといつも言っている。夏休みに入ってすぐに、千秋ちゃんはうちに遊びに来た。いつもミウと顔をあわせるけれど、あんまり反応がない。彼女いわく動物には好き嫌い以前に関心が薄いらしい。
「うちの家、犬も猫も鳥も金魚も飼ったことないよ、親もあまり好きじゃないんだって。ご飯やトイレの世話もたいへんでしょう?」
なんてこと平気で言う。動物と暮らす幸せを知らないから仕方がない。千秋ちゃんとはラジオ体操でもいつも会う。その帰りにベンチの背にもたれ、思いきり両腕を上げて伸びをした。白々とした空に早朝の陽が射し込みセミの声も樹々の間から聞こえてくる。
「そういえばオタクの猫・・名前なんだっけ?」
いきなり千秋ちゃんに聞かれた。
「ミウ」
「あ、そうそう。元気?」
死にました、とは言いたくなかった。だから、つい無言。
「えー、何かあった?病気とか?」
「そうそう」
「ラジオ体操、来ないから変だと思ってた」
千秋ちゃんは顔をしかめた。
「だからイヤなのよ、病気なんかなったら病院も行かなきゃいけないし、うちの親は死ぬから嫌だって言ってる」
「みんな死ぬんじゃないの、人間だって」
千秋ちゃんは声高に言った。
「だから、いい方法があるんだ。死んじゃうショックを減らすために別のよく似たのを飼ったらいいんじゃない?スペアを持つってグッドアイデアでしょう」
わたしは返答ができなかった。ミウの代わりなんているはずがない。無神経さにだんだん腹もたってきた。
「もう帰る」
わたしは、すくっと立ちあがり千秋ちゃんに背を向けて走り出した。うしろから声が聞こえたけど振り返ることなく。
命にスペアがあるはずないじゃないか。千秋ちゃんは悪気や深い考えなくしゃべっただけかもしれない。人それぞれ、いろいろな考えがあるのだから、自分の考えがベストアンサーじゃない。と、これはお父さんの受け売りだった。
0
あなたにおすすめの小説
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる