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第19話 エマからの接触

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 シリウスが疲れ気味で、そろそろ体調を崩してしまいそうな状態である。今朝家を出る前、僕はセレナからそう聞かされた。シリウスは大抵僕と一緒に朝食を取ってから先に出ていくのだが、今日は僕が朝食に来た時には既にいなかった。

「シリウス様は所用があると仰られて早めに出発なられました」
「そうなんだ。……最近早く出てばかりじゃない?」
「……ハルト様。シリウス様の事なのですが、実は……」

 というやり取りがあった。その内容を知った僕は今、昼休みにコッソリと高等部の校舎を訪れていた。そして僕はシリウスが廊下を歩いているのを見つけたところである。

(本当だ。確かに顔を見たらすぐにわかる位赤くなってる)

 いつもの力強い歩みが無くなっている事から、セレナが言っていた通りに体調が優れていないかがわかる。彼はゲームで一度、過労で倒れてしまうイベントがあった。これからそのイベントが発生するのだろう。しかしシリウスが無茶している事に心苦しくなったため、休むことを進めようとしたのだが、彼の後ろに誰かがいることに気が付いて足を止めた。

「シリウス様……明らかに無理をなさってる……あぁ、でも私ではそれを上手く伝えられるかどうか……うぅ……」

 声の主は、彼を心配そうに木の後ろから見ていたエマだった。本当に彼女は悪役なのだろうか。ただ単純にリリアと同じ人を好きになった結果、いがみ合う事になってしまっただけだったみたいだ。今すぐにでも飛び出して行きそうなのを抑える姿は、ヒロインと言っても差し支えない。

 そんな彼女を見ていたら、バッチリと目が合ってしまった。

「……」
「……」

 彼女はまさか見られていたとは思っておらず、完全に硬直してしまった。気まずい沈黙が流れる。どうしたものかと頬をかいていると、正気に戻ったエマが小さく手招きをしてきた。僕はそれに従って静かに近づいた。
 
「ハルト・ユークリウッド!」
「は、はい!」

 シリウスに聞こえないように小声で叫ぶ。フルネームで呼ばれた僕は、思わず背筋をビンと伸ばして返事をしてしまった。
 
「シリウス様が、今にも倒れてしまいそうですわ!」
「そうなんですよね……ここ数日働きづめみたいで」
「流石シリウス様! 学園のために粉骨砕身なされるお姿は素敵です! ……ですが、少しは周囲を頼って下さらないと……私でしたらいつでも……」

 ……何といじらしい悪役なのだろうか。というかこれは完全にヒロインのセリフではないだろうか。

「それにしても、ずっと兄さんを後ろから見ていたんですか?」
「当然ですわ! 私はいつもシリウス様を見ていますもの!」
「いつも?」
「ええ! 所作や立ち振舞い、授業中や執務をなさっている横顔もしっかりと……って何を言わせますの!」
「……自分で言ったんですよ?」

 たった数言で本当にシリウスの事をずっと見続けているのだな、ということを思い知らされた。一度咳払いをしてから、エマは続ける。

「とにかく! シリウス様の凛々しさがいつもの八割ほどしか出ておりません。日頃の無理が祟っているのでしょう」
「兄さん、全部自分でやろうとしちゃいますからね……」
「そうです! シリウス様ともあろうお方が! 使用人にでもやらせておけば良いことも自ら引き受けてしまうのです! お優しい事は美徳なのですが、もう少し次期の王として厳しくしていただかないといけまんせんわ! それから……」
(あ、これ長いやつだ)

 これ以上はちょっと聞く気が起きないので、話題を逸らそうとシリウスの方を見る。すると、シリウスは先程までいた場所から既に移動していた。

「あの、兄さんどこか行っちゃいましたよ?」
「はっ! シリウス様は何処へ!?」

 見失ったかと思ったが、居場所はすぐ近くだった。
 
「そこの椅子で休んでますね」
「シリウス様がお倒れに!? だ、誰か医者を!」
「落ち着いてください! 腰かけてるだけです!」

 とは言ったものの、やはり無理が祟っているようで息切れを起こしているのがわかる。ここは僕が行くよりも、もっと適任の人がいる。シリウスを見つめるエマよりも一歩退いて、エマの前を空ける。

「エマさん! 兄さんの元に行ってきてあげて!」
「えぇっ!? ……いえ、恥ずかしいなどと言ってはいられませんわ! 言って参ります!」
「兄さんをお願いします! ……ライバルは多いですけど、頑張ってくださいね!」
「あ、貴方に言われなくてもわかってますわよっ!」

 ゲームの展開とか関係なく、純粋に兄の事を想い続けているエマの恋心を応援したくなった。そしてエマは覚悟を決めてシリウスの元へ駆けて行った。

「……!」
「……。……、……」
「……! ……! ……!」
「……」
(あ、兄さんに肩を貸して歩いていった。……後は頑張ってくださいね)

 シリウスがピンチだったせいか、いつも話しかける事を躊躇っていたエマが躊躇わずに彼を助けに行くことが出来ていた。ゲームの展開として見れば今のイベントは良くない事なのだけれど、困っている二人をどうしても放っては置けなかった。後悔はしていない。

 役目は完了しただろうと踵を返すと、いつからいたのか僕のすぐ後ろにリリアが立っていたのだった。

「うわあ!? いつからそこに!?」
「こんにちは、ハルト君。……、何を話していたのですか?」
「いえ、お話しするほどの事は無かったです……」
「……そうですか」

 僕は今、完全に主人公の恋路を邪魔してしまった。ほんの数秒前まで自分の行動に後悔していなかったはずなのに、一気に冷や汗が溢れ出てきた。後ろめたさをひしひしと感じたために、今起こった事をリリアに話すことができない。

「……ハルト君と内緒の事をしていたなんて……エマ様、ずるいです」
(な、なんか不満そう……? もしかして疑われてるのかな……?)

 二人が微妙にすれ違っていることを、余裕の全く無い僕は知る由も無かった。
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