冷女と呼ばれる先輩に部屋を貸すことになった

こなひー

文字の大きさ
13 / 57
第2章 契約開始

第6話 初めて話した時の事

しおりを挟む
 健斗が最初に助けられたのは、まだ入社一年目だった頃。彼が仕事に慣れ始めて残業をしていた時、二人は初めて会話をすることとなったのである。

「あら? うちの課にまだ残っている人が……?」

 この頃の玲はまだ在宅勤務を開始しておらず、退勤する前に課のメンバーが残っているかどうかを確認する事が通例となっていたのである。そこで一人だけ残って作業している健斗を見て、玲は様子を見に近づいた。

「あの、……確か音無君、でしたよね?」
「えっ!? はい、そうですが……」
「この仕事、誰に頼まれたのですか?」
「え? ああ、さっき岡島部長に頼まれたもので……」

 健斗の言葉を聞いて、玲は画面を覗き込んで内容を確認する。距離が近くなっている事に緊張する健斗だが、その事に気づいていない玲は一瞬だけ眉間に皺が寄った。覗き込むのを止めて健斗に目を向ける。
 
「これは、口約束ですよね。私に話が通っていない作業ですから」
「は、はい……。でも、いつもの事ですから」
「……いつも、ですか」

 岡島部長はいつも定時退社することに拘っている。その点は良いのだが時間内にやりきれなかった作業を残っている誰かに押し付ける事がよくあるのだ。そこで真面目という印象の健斗に白羽の矢が立つ事は最早恒例と化していたのである。

「岡島部長は……先に帰宅されたと。これは私が次に出社した時に確認します。時間も遅くなってしまっていますから、君は帰っても構いませんよ」
「え、ですが……」
「これは課としての問題です。君一人が背負うべきではありません」
「は、はい……」
 
 玲は健斗のパソコンからデータを自分のパソコンに送り、健斗に帰るよう促した。その場では二人ともそのまま帰宅した。

 そして翌朝、事は起こった。

「岡島部長、これはどういう事か説明してもらえますか? 私の課の者に作業を押し付け続けていた事について、納得のいく理由をお願いします」
「い、泉くん。これはその……こ、この位なら良いかと思って……」
「部の長たる者がそんな甘えた事を言ってもらっては困ります。長の甘えが部下への皺寄せに繋がる、という事を考えた事があるのですか?」
「も、もう勘弁してください……」

 社員全員が揃っている場で、玲は岡島を問い詰め始めたのである。相手は上司だとか、周囲の目があるとか関係なく、彼女は完璧に逃げ場を塞ぎながら岡島に全てを白状させたのだった。

 岡島は周囲から自分の仕事を流してくるという悪い印象を持たれていた。しかし玲の迫力を見て流石に可哀そうだという声が上がってくる。つまり、この出来事によって社員達から『泉玲は周囲に厳しい冷女だ』という総評がなされてしまったのだ。

「う、うわー。部長相手にガンガン問い詰めてるぞ……うちの課長って、あんなにこえぇんだな……。な、音無?」
「……」

 隣にいた聡一からも同じような意見が出てくるが、健斗だけは知っていた。

(泉さんはまだ名前も覚えていなかった部下のために行動できる優しい人だ)

 この出来事から玲は冷女と呼ばれ、在宅勤務を開始してから金の、が付け加えられたというわけだ。健斗はこの出来事の事実と彼女の性格を知っているから、金の冷女という渾名が気に食わないのである。

(別に俺のために動いた、ってわけじゃないんだろうけど……あそこまでしてくれたら、どうしても意識してしまう、よな)

 きっと玲は、あの場に誰が居残りをしていたとしても動いていただろう。けれど健斗にとっては、憧れを抱くには充分すぎる出来事だった。だから健斗は、彼女のために真面目に働くよう努めているのである。

 
 ちなみに岡島部長は仕事の横流し癖が酷すぎたため、この数日後に左遷される事となった。玲に問い詰められたことがトラウマになったから、という一説もある。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...