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第4章 玲は気にかける
第4話 健斗の性格
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金曜日の仕事時間、玲が作業を中断して一息ついている所でふと健斗と女性社員が会話している所が目についた。黒のストレートなショートヘアの彼女は経理の岡本実子。健斗の直属でない後輩なのだが、度々会話している事がある。
「音無さん、すみません。またこれをお願いしたいんですけど……」
「あ、岡本さん。わかりました、今からだと三十分後ぐらいには出来るかと」
「助かりますー! 音無さんの仕事が丁寧だからつい頼んじゃうんですよねー、お願いしますー」
「はい、出来たら渡しに行きますね」
実子はよく作業ミスをしがちで、上司からは『愛嬌で作業ミスは無くなんないのよ!』などと言われたことがあったのだが、言われた本人はどこ吹く風といった雰囲気を醸し出しているため経理内で多少手を焼いているらしい。
健斗は頼まれごとを引き受けたり周囲への手助けをよくするため、実子の作業を手助けする機会が何度もあった。そのせいか実子は困ったらすぐ健斗に頼むという流れが出来上がっていたのである。
(音無君、また仕事を口頭で頼まれて引き受けてるわね)
状況が気になってしまった玲は、思わずチャットを開いて彼にメッセージを送った。
『音無君、今何を頼まれたの?』
『雑用ですよ、これぐらいなら残業しなくても済ませられますから大丈夫です!』
『なら、いいのだけれど。もし残業しそうになったら、私に言ってちょうだい』
『わかりました!』
健斗からの返事を見た後に玲は実子の印象を振り返る。彼女はおっとりとしていてつぶらな瞳で多くの男性社員をファンにしてしまう程の人気がある。そして可愛げで庇護欲を掻き立てる。まるで玲と対極の位置にいるような存在なのだ。
『岡本さんの事、あまり構ってあげすぎるのも良くないわ』
『そうですかね? 本当に無理な時は断るようにしてますけど』
『あと君と妙に距離が近いから彼女には今度注意しておかないと』
『泉さん何か怒ってます?』
そう言われて玲は手を止めた。本人は気づいていないが、通常よりも目を細めてパソコンとの距離が近づいている。タイピングの力もちょっと強くなっていて周囲の一部からどよめきが起こっていた。
「え、なんか冷女さんいつもより怖くない?」
「しっ! 聞こえちゃうでしょ!」
誰かが言ったこの言葉で、玲は健斗が雑用を頼まれている事よりも、彼女との距離が近い事の方が気になっていたのだという事に気がついた。一呼吸おいてから、彼女は改めて手を動かす。
『そういう訳じゃないわ。ただちょっと君の作業量が心配になっただけよ』
『心配してくれてありがとうございます、頑張って終わらせますから大丈夫です!』
(……どうも彼の事を気にしすぎているみたいね)
思考を打ち切って自分の作業に戻る。その後健斗が退勤したのは、定時から一時間後だった。
時は変わって翌週の月曜日、玲が健斗の部屋で作業をしている最中に個人のチャットが来た。健斗からである。
『すみません、今日は一時間ほど残業します』
『わかったわ、待ってるわね』
普通の定時連絡なのだが、先日の実子とのやり取りを思い出した玲は考えた。
(音無君にそこまで遅れるような作業は振っていなかったはず。……まさか)
一つ、思い当たることが浮かんだ。それが当たっていない事を願いながら彼女は質問を送る。
『ちなみに何の作業で遅くなるの?』
『さっきまでちょっと雑務を頼まれてしまったもので。これから自分の作業に戻るところです』
『もしかして、岡本さんからの依頼かしら?』
玲が送ってから、やや遅れて返信が来る。
『はい、その通りです』
予想通りの返答に、玲は思わず眉間をつまむ。ここ数日は本当に雑務を依頼されることが増えている。実子からの依頼だけでなく他の社員からも信頼されているため、どんどん彼に皺寄せが行ってしまうのだ。
『君はもう少し断るようにしなさい』
『すみません、すぐに終わると思っていたもので』
(そうします、とは言わないのね……)
いつも玲の言う事は素直に聞いていた健斗なのだが、これについては譲れないようだ。チャットはそこで終わったのだが、玲の頭の中ではグルグルと健斗の事について考え続けていた。
(あの時もそうだったけど、彼は人からの頼みを引き受けすぎる。ただ優しいだけ? ……いえ、何か別の理由があるのかもしれない)
彼女にとって健斗は、自分の本当の姿を受け入れてくれた大切な存在である。立場が変わり、彼が本音を出してくれるのであれば私も受け入れようと玲は決意したのであった。
その日も定時になり、オフィスでは徐々に帰る人が出てくる時間帯である。しかし健斗はまだ席を離れることは出来無さそうだった。
「あれ? 音無まだ帰んねーの?」
「ああ、もうちょっとだけな」
「そっか、あんま無理すんなよー」
「……こういう時にこれまでのツケを返してくれても良いんだぞ?」
「ばっかお前……正確さを求められる雑務が俺に務まると思うのか?」
「んな情けないこと胸張って言うなよ……」
サムズアップしながら堂々と言う彼の姿は本当に頼りないものだった。それを見て失笑する小里は、話を振られる前にさっさと帰る準備を終わらせていた。
「佐々木先輩はもうちょっとぐらい無理したほうが良いんじゃないですかー? お先でーす!」
「お前は何なんだほんとに!? 待てコラー! あ、お先でーす!」
「どっちもどっちなんだよなあ……」
スタコラと去っていく二人を見送った健斗は、大きくため息をつく。
(正直、自分が無理をしているという自覚はある。けど、やらないと俺は……)
「よし、もうちょい!」
結局その日に健斗が退勤したのは定時から二時間後だった。帰宅した健斗は家で待っていた玲が、オフィスで冷女と呼ばれている理由をたっぷりと味わうことになるのであった。
「音無さん、すみません。またこれをお願いしたいんですけど……」
「あ、岡本さん。わかりました、今からだと三十分後ぐらいには出来るかと」
「助かりますー! 音無さんの仕事が丁寧だからつい頼んじゃうんですよねー、お願いしますー」
「はい、出来たら渡しに行きますね」
実子はよく作業ミスをしがちで、上司からは『愛嬌で作業ミスは無くなんないのよ!』などと言われたことがあったのだが、言われた本人はどこ吹く風といった雰囲気を醸し出しているため経理内で多少手を焼いているらしい。
健斗は頼まれごとを引き受けたり周囲への手助けをよくするため、実子の作業を手助けする機会が何度もあった。そのせいか実子は困ったらすぐ健斗に頼むという流れが出来上がっていたのである。
(音無君、また仕事を口頭で頼まれて引き受けてるわね)
状況が気になってしまった玲は、思わずチャットを開いて彼にメッセージを送った。
『音無君、今何を頼まれたの?』
『雑用ですよ、これぐらいなら残業しなくても済ませられますから大丈夫です!』
『なら、いいのだけれど。もし残業しそうになったら、私に言ってちょうだい』
『わかりました!』
健斗からの返事を見た後に玲は実子の印象を振り返る。彼女はおっとりとしていてつぶらな瞳で多くの男性社員をファンにしてしまう程の人気がある。そして可愛げで庇護欲を掻き立てる。まるで玲と対極の位置にいるような存在なのだ。
『岡本さんの事、あまり構ってあげすぎるのも良くないわ』
『そうですかね? 本当に無理な時は断るようにしてますけど』
『あと君と妙に距離が近いから彼女には今度注意しておかないと』
『泉さん何か怒ってます?』
そう言われて玲は手を止めた。本人は気づいていないが、通常よりも目を細めてパソコンとの距離が近づいている。タイピングの力もちょっと強くなっていて周囲の一部からどよめきが起こっていた。
「え、なんか冷女さんいつもより怖くない?」
「しっ! 聞こえちゃうでしょ!」
誰かが言ったこの言葉で、玲は健斗が雑用を頼まれている事よりも、彼女との距離が近い事の方が気になっていたのだという事に気がついた。一呼吸おいてから、彼女は改めて手を動かす。
『そういう訳じゃないわ。ただちょっと君の作業量が心配になっただけよ』
『心配してくれてありがとうございます、頑張って終わらせますから大丈夫です!』
(……どうも彼の事を気にしすぎているみたいね)
思考を打ち切って自分の作業に戻る。その後健斗が退勤したのは、定時から一時間後だった。
時は変わって翌週の月曜日、玲が健斗の部屋で作業をしている最中に個人のチャットが来た。健斗からである。
『すみません、今日は一時間ほど残業します』
『わかったわ、待ってるわね』
普通の定時連絡なのだが、先日の実子とのやり取りを思い出した玲は考えた。
(音無君にそこまで遅れるような作業は振っていなかったはず。……まさか)
一つ、思い当たることが浮かんだ。それが当たっていない事を願いながら彼女は質問を送る。
『ちなみに何の作業で遅くなるの?』
『さっきまでちょっと雑務を頼まれてしまったもので。これから自分の作業に戻るところです』
『もしかして、岡本さんからの依頼かしら?』
玲が送ってから、やや遅れて返信が来る。
『はい、その通りです』
予想通りの返答に、玲は思わず眉間をつまむ。ここ数日は本当に雑務を依頼されることが増えている。実子からの依頼だけでなく他の社員からも信頼されているため、どんどん彼に皺寄せが行ってしまうのだ。
『君はもう少し断るようにしなさい』
『すみません、すぐに終わると思っていたもので』
(そうします、とは言わないのね……)
いつも玲の言う事は素直に聞いていた健斗なのだが、これについては譲れないようだ。チャットはそこで終わったのだが、玲の頭の中ではグルグルと健斗の事について考え続けていた。
(あの時もそうだったけど、彼は人からの頼みを引き受けすぎる。ただ優しいだけ? ……いえ、何か別の理由があるのかもしれない)
彼女にとって健斗は、自分の本当の姿を受け入れてくれた大切な存在である。立場が変わり、彼が本音を出してくれるのであれば私も受け入れようと玲は決意したのであった。
その日も定時になり、オフィスでは徐々に帰る人が出てくる時間帯である。しかし健斗はまだ席を離れることは出来無さそうだった。
「あれ? 音無まだ帰んねーの?」
「ああ、もうちょっとだけな」
「そっか、あんま無理すんなよー」
「……こういう時にこれまでのツケを返してくれても良いんだぞ?」
「ばっかお前……正確さを求められる雑務が俺に務まると思うのか?」
「んな情けないこと胸張って言うなよ……」
サムズアップしながら堂々と言う彼の姿は本当に頼りないものだった。それを見て失笑する小里は、話を振られる前にさっさと帰る準備を終わらせていた。
「佐々木先輩はもうちょっとぐらい無理したほうが良いんじゃないですかー? お先でーす!」
「お前は何なんだほんとに!? 待てコラー! あ、お先でーす!」
「どっちもどっちなんだよなあ……」
スタコラと去っていく二人を見送った健斗は、大きくため息をつく。
(正直、自分が無理をしているという自覚はある。けど、やらないと俺は……)
「よし、もうちょい!」
結局その日に健斗が退勤したのは定時から二時間後だった。帰宅した健斗は家で待っていた玲が、オフィスで冷女と呼ばれている理由をたっぷりと味わうことになるのであった。
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