冷女と呼ばれる先輩に部屋を貸すことになった

こなひー

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第4章 玲は気にかける

第6話 玲は気にかける

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 健斗は夢を見ていた。映し出されるのは、彼の過去の記憶。小学時代の健斗はあまり風邪をひかなかったのだが、この日だけは珍しく流行り風邪を貰ってきてしまって寝込んでいた。彼が寝ている部屋の隣、キッチンでは二人の男女が悩んでいた。

「俺たちが二人とも出張になったって時に、健斗が風邪をひいてしまうなんてな……」
「ねえアナタ……やっぱり私、行かずに看病した方が……」
「しかし……明日の商談には社運がかかっているんだ。代役も立てられないし……」
「でもあの子、ずっと苦しそうで……」
「うーむ……俺だって残りたいが……」

 二人は苦渋を強いられる状況に苦虫を嚙み潰したような顔をする彼の父と、悲痛に顔を歪ませる彼の母である。自分の事を気にかけてくれている両親を見て、健斗は思った。

(ぼくがくるしそうにしていたら、おとうさんとおかあさんをこまらせちゃう……)
 
 そんな様子を見かねた健斗は、フラフラと二人の近くに声をかけた。

「……ぼくは、へーきだから。だいじなおしごとなんだよね?」
「健斗! まだ起きちゃダメよ!」
「子供がそんな事気にしなくていい! やはり商談は延期に……」

 健斗はまだ不安が収まらない両親の手を片手ずつ握って、出来る限りの笑顔を作る。繋いだ手の熱さに気づいて二人はハッとして話を止めた。

「これぐらい……だいじょうぶだよ。だから、いってきて」
「健斗……」
「健斗……ごめんね、すぐに帰ってくるからね」

 両親はきっと、健斗が無理してでも自分たちに迷惑をかけまいとしている事に気づいたのだろう。立つのがやっとだった健斗をしっかりと両側から抱きしめる。そして翌朝、二人は後ろ髪を引かれながらも出張に行く事となった。


 夢の場面は切り替わり、翌日になる。両親は既に出張に出た後で、健斗は一人で病床に伏していた。前日では両親のためと思い多少のやせ我慢が出来る程度だったのだが、翌日になると病状はどんどん悪化していった。

(くるしい……あつい……なんで、ぜんぜんよくならないんだろう……)

 病気の苦しさ等で弱っている時、想像以上に人は弱気になってしまうことがある。日中、大人しくし続けていても熱は一向に下がらず、精神的な不安のせいか次第に息苦しくなっていく。
 
(もしかして、このまましんじゃうのかな……そんなのいやだ!)

 平熱を大幅に超える熱や止まらない咳という肉体的な苦しさと、今日一日誰にも頼ることができないという精神的な孤独感は、幼い健斗が独りで抱えるにはあまりにも重すぎた。

 そして全てを抱えきれずに、身体が弾けてしまいそうに思えた刹那、健斗を呼ぶ声が聞こえた。何度目かの呼びかけでようやく気付いた彼は、これが夢であることを思い出して夢から醒めた。

 
 健斗は次第に意識が現実に戻っていく。薄く目を開けると玲が彼の胸に手を当てながら彼に起きるよう呼びかけていた。
 
「……君! 音無君!」
「あ……泉さん……」
「や、やっと起きた……音無君、大丈夫? 魘されていたから起こしてしまったのだけれど……」
「だ、大丈夫です! 汗をかいた分、さっきよりもちょっとマシになりました!」
「…………そう」

 起きると健斗の身体は汗でぐっしょりだった。そのおかげか熱はほんの少しだけ下がったが、まだまだ風邪が治る気配はない。何か言う言葉を飲み込んだ玲だったが、健斗は気づかずに壁掛けの時計に目を向けた。時計は寝ている間にすでに昼休みも終わっている時刻を指していた。
 
「あれ、そういえばまだ仕事の時間じゃ……?」
「今日は午後休に変更したから気にしなくてもいいわ」
「午後休!? ど、どうして……」

 玲があまりにもあっさりと自分の午後に有給を使った事に、健斗は狼狽えた。どうして、という問いに玲はやや躊躇いながらも正直に理由を話した。
 
「今の君から、目を離すわけにはいかないと判断したからよ」
「え……」
「午後は看病させてもらうからそのつもりでね。……まずはその汗をどうにかしないとだから着替えてもらわないと。キツそうなら私が着替えさせるから……」
「そっ! それは自分でできますから!」
「そう? ならタオルと着替えを置いておくから……ね?」
「は、はい……」

 一度言いつけを守らなかった事だったのでより念押しをされていた。物を言わせぬ玲の圧力に、健斗はただ従う事しかできなかった。大人しく着替えを始めた音無は、ようやく少し冷静になることができた。そして冷静に考えたせいで、大変な事実に気が付いてしまった。

(……あれ? 泉さんが俺の着替えを用意してくれている!? 下着もバッチリ!?)

 収納していた服や下着等を取り出したという事は、自分の着ている物を多少なりとも把握されてしまったという事だ。玲に他意は無いとはいえ、健斗にとってはかなり恥ずかしい事になってしまったのであった。
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