冷女と呼ばれる先輩に部屋を貸すことになった

こなひー

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第5章 問題は思ったよりも大きく

第3話 噂の出所は

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 健斗は一人で休憩室へと向かっていた。目的は、先に休憩室へ入っていった山岸から噂の出所を聞き出すことである。山岸は露骨に女性を贔屓するという下心丸だしなおじさんだ。相手が男であったり、相手がいない今のような状態だと気怠そうにタバコの煙を吹かしながらスマホをいじりだすのである。健斗はあまり彼と話したくないのだが、今は仕方がないと気合を入れて話しかけた。

「山岸さん、今お話しを伺ってもよろしいですか?」
「ん? ……あぁ君か、悪いが今は忙しくてな……」
(……休憩室で何が忙しいというのだろうか。スマホの画面、明らかに数独やってただろ)

 山岸は相手が男だとわかると露骨にテンションが下がっていた。お前、鬱陶しいぞと顔で訴えてくる事に健斗は既に嫌気が指してきているが、相手に見えない位置で拳を握って耐える。ただ、山岸がこの様子では健斗からの質問にまともに取り合ってくれる感じではないな、と健斗は歯噛みする。すると健斗の後ろから突然、空気を明るいものに一変させるような可愛らしい声が発せられた。

「山岸さん、そう仰らずに聞いていただけませんかー?」
「お、岡本さん?」
「おお、岡本君! 君の頼みなら仕方ないな! 何でもいいぞ!」

 いつの間に休憩室に来ていたのか、健斗の後ろからひょっこりと実子が顔を出した。突然女性が現れた事で案の定山岸はコロッと態度を変えた。健斗はあまりの豹変ぶりに辟易としたが、山岸は健斗の様子を全く意に介さず、改めて健斗に目を向けた。

「……で、何の用かね? どうも泉君は、いつも熱心にアプローチしている私をさておいて君とよろしくやっていたそうじゃないか……全く嘆かわしい」
「それ、どこで聞いたんですか?」
「さあな、噂の出どころなんていちいち気にせんだろう」
「せめて誰から聞いた、とかでも……」
「くどいぞ、同じことを何度も言わせるな」

 健斗の中でなんとなく予想がついていた答えではあったのだが、出所の情報が全く聞き出せないというのは非常に困る。眉間の皺がどんどん深くなってしまう健斗に、彼女はまた助け舟を出した。

「私たち、その噂の出所を調べているんですけどー、山岸さんは心当たりありませんかー?」
「も、申し訳ないっ! 私の部の者で無かったのは確かなのだけどね……男の顔なんかいちいち覚えていないんだよ! 君のような綺麗な女性の顔や話したことはよーく覚えているんだけど……」
「うわぁ……」

 健斗と実子は同じ質問をしたはずなのだが、ここまで態度が違うといっそ清々しいなと健斗は思った。実子も顔には出さないが内心引いている様子である。一応は今の解答に多少の情報が有ったものの、実子が尋ねてこの様子では、山岸の記憶からはこれ以上の情報を引き出せそうにない。そう判断した健斗は話を終える事にした。

「そうですか、ありがとうございました」
「ふん、君に時間を使ったわけではないぞ。ちなみに岡本君、休憩するのなら私と一緒に……」
「すみません、私も仕事に戻りますので失礼しますねー」
「そ、そうか……」

 健斗が軽く礼をして立ち去る動きに、実子も同様にしてついていく。軽く舌打ちをした山岸はスマホを開いて数独を再開していた。廊下を歩きながらとりあえず山岸から聞いた情報を整理しよう、と顎に右手をあてて考え始めたところで、後をついてきていた実子が後ろで手を組みながら横から顔を出してきた。

「とりあえず、噂を広めたのは男性だって事がわかりましたねー」
「え!? あ、そ、そうですね! ありがとうございます、岡本さん。おかげで助かりました。俺だけだったらその情報が聞き出せない所でしたよ」
「いえいえ、何だか困っているように見えましたのでー。力になれたようで良かったですー」

 健斗の返事に実子は微笑みで返す。彼女は以前に多少の怪しい雰囲気を纏っていたことがあったが、今はその様子が見られなかったため、今は良いかと会話に意識を戻した。
 
「あ、ちなみに岡本さんは噂の事は聞いているんですか?」
「いえ、今さっき山岸さんが言っているのを聞いて初めて知りましたー。噂と言ってもあんまり広まってはいないんじゃないですかねー?」
「……なるほど」
 
 ここまでの情報から健斗は、噂を広めたのはきっとストーカー男だろうと踏んだ。その男はやはり社内の人間である。そして山岸の関係者では恐らく無い。接点のある人間だったら顔と名前を憶えているはずだからだ。但し男に興味がなさすぎるため知人だったけど覚えていないという可能性は一旦除いておく。

(というか今の時点で山岸さんがダントツに怪しいんだけどな……)

 勿論噂を発信したのが実は山岸だった、という可能性は念頭に置いている。というか寧ろその線が一番濃厚だと健斗は思っていた。一度持ち帰って玲と話してみるべきだと考えていた所で、健斗は突如腕をつかまれて壁に背中を押し当てられてしまった。健斗の正面には、いつか見た獲物を追い詰めるかのような妖艶な微笑みを浮かべる実子の顔が目の前に迫ってきていた。
 
「音無さん」
「岡本さん、何を……」

 ストーカーを見つけ出す事ばかりを考えていた健斗は、彼女への警戒をすっかり忘れてしまっていた。廊下を見渡すが人は誰もいない。クスクスと笑う実子は健斗に直接囁きをぶつけてきた。

「やっぱり私と音無さんって、相性が良いと思うんですけど……考えてもらえてますかー?」
「ちょ……その話は断ったはずじゃ」
「気が変わったらいつでも、とも言いましたよ?」
「う……」

 健斗自身そんなつもりは無いと言っているのだが、彼女は前回と同様に誘惑する姿勢を崩さない。どうやって断ろうか、また玲に香水の匂いがーと言われてしまいそうだな、などと悩んでいると、実子はそれを悟ったのかパッと距離を離した。

「……すみません音無さん、今は別の悩みで忙しいんですよね?」
「え、えぇ。まあ」
「急かしてしまってすみませんでしたー。……でも私は本気ですから、ね?」
 
 そう言って実子はウインクをしてオフィスへと戻っていった。得体の知れぬ女、実子という別の悩みの種があることを思い知らされた健斗だったが、彼が実子に靡く事はきっと無いはずだ。
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