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第三話 餌_2
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開いた木戸の左右には灰褐色っぽいモルタル製の壁が立ち、舗装されていない人一人分の幅の道が闇に向かい伸びている。
三メートルほど先に見えるガラス戸からは裸電球のほのかな明かりがうっすらと伸びているのだが、対面にある古びた民家の勝手口の小窓は暗いまま。つながっているだろう屋内にはこの時間当然ながら人の気配がない。
遠目には鬱蒼と茂る木立の影が見えるが、視線を手前に戻せばその暗闇にきらり、と何かが反射して見えた。
「やったぜ」
おあつらえ向きなことに、ガラス戸の手前、俺の胸ほどの高さに、赤錆の浮いている郵便受けが一つ月明りに浮かんでいた。
これでかなり短縮できるってもんだ。
嬉々として郵便受けに駆け寄った俺だが、さっそくチラシを突っ込もうとして。
「…なんのいたずらだ、これ?」
横20センチ、奥行き10センチほどの結構大きめなもとは赤かったろう郵便受け。
この下部には、比較的新しい大きな南京錠が取り付けられ、鍵の役を果たしていた。先ほど見えた光は、こいつが反射したものらしい。
問題はその上…蓋の部分に、絵筆で書いたのか太めの白ペンキでこう殴り書きされている。薄暗がりでも、白字は目立って見えた。
『餌 や ル な』
…うぅん?
妙に間を空けてあるが、文字通り読むなら餌をやるな…か。いびつに歪んでいて微妙に読みづらい。
まさかこれって何かの飼育箱? …にしては玄関前に備え付けるとかありえないよな。
というか、ぐるりと周囲から観察してみてもどこからどう見ても郵便受けにしか見えない。虫かごなら俺は通気用に細い目が入ってるのをイメージするんだが、念を入れて見てみた背面も支え用の粗末な添え木が横に一本差し渡されているのみの鉄板しかない。
もしかしたら月明りに文字を読み間違えたかと改めて見直したが…かすれたところはあれど、やはり同じ文面が読み取れた。
なら、高さからしてありえないと最初は除外していたが、子供のいたずらやそれに対する注意という可能性もないだろうか。
だが、そうなら「触るな」だよな。餌を入れるなとか注意する側の認識がおかしいだろ。
あと思いつくとしたら…何かの隠喩?
例えば、よくネットとかで場が荒れる話題を提供することを「燃料を投下する」と表現するが、それと似たようなニュアンスなのかもしれない。
チラシを入れる、ということを、悪意を膨らます餌に置き換えたのかもな。もしそうだとしたらこれを書いた奴はなんて詩的な奴なんだろう。
「…なんてな」
この世の中、まともにルールを守る奴なんざ馬鹿さ。ちょっとでも目端が利く奴なら、ルールを逆手に取り、そこに書かれていない裏を読んで自分の利益を獲得するもんだ。
こんな曖昧な書き方で相手の注意を引こうとするのは面白い作戦だが、曖昧過ぎて逆効果なんだよ。俺みたいなひねくれ者相手にはストレートに書いてくれないと。
ま、ストレートに書こうが書くまいがこちらはやることやるだけなんだがな。
俺はこれ以上深く考えず、荷物の中に手を差し入れ適当に紙束をつかむ。
俺の手には、一駅先の新装開店したフレンチレストランの開店アピールの広告がぎっしりと掴まれていた。こんな子汚いとこに住んでる奴がわざわざ行くとも思えない。結果あまり客足が伸びずにつぶれるかもしれないが、どうせ俺がまじめに配ろうが配るまいがほとんど変わらないんだからこのご時世に飲食店なんか始めた自分の愚かさを後悔するべきだろう。
そんなことを考えながら、郵便受けの上にある蓋を開き、チラシの先端を突き入れる。
結構量があるため、半分ほどははみ出てしまう。
ここで無理やり突っ込んでもよかったが、郵便受けはよくよく見れば上部を針金で抑えただけの簡単な拵えなため反動で背面が壁にこすれてしまった。大きな音を立てるのは隣家の家人を起こしかねない、そう焦った俺はチラシを入れなおすため引っ張った。
「うわっ!?」
直後、チラシがずるん、と引き込まれた。
その勢いは激しく、握っていた掌の皮がすっぱり紙で切られてしまう。驚いたのと掌に走った痛みでチラシを握っていた手が反射的に開いてしまい、ポストに刺さらなかった分がばさりと音を立てて地面に散らばった。
「な、なんだ今の…」
こんなのはじめての経験だ。この小さな箱の中に、何かがあって(あるいは”いて”)、そいつが俺の握っていたチラシを奪った?
なんかの思い違いだ、そう思おうとしたが…掌を見れば、うっすらではあるものの親指と人差し指の間から小指の側に向かって真一文字に線が引かれているのが見える。引っ張られた紙によって切られた跡が、間違いなく先ほどのことが現実のものだと教えている。
「…もしかして、これが『餌』?」
手と郵便受けを数回、視線を往復させていたときにふと書かれた文字のことを思い出した。
餌…つまり、チラシを食う何かを飼ってる?
すぐに頭を振ってそのバカげた考えを打ち消す。
チラシを食う生き物ってなんだよ。いや仮にいたとして、そいつが郵便受けに居座るのを放置するとかありえないだろ。郵便物の受け取りとかどうすんだ。檻なり籠なりに移しとけよ。
というかそれ以前に、本当にそんな食性した生き物とかいるのか? ヤギじゃあるまいに。
…いやいや、馬鹿か俺は。
普通に考えたら生き物なわけねーだろ。
チラシを一枚二枚ならともかく、大量に引き込める力持ってる動物がこんなサイズにおとなしく収まるわけが無い。
それよりは…例えば、機械。ローラー式の引き込むタイプで、突っ込まれたのを認知したら巻き取ったと考えたら自然か。
…郵便受けにそんなモン設置しておく意味も意義も俺にはわからんが。
取り留めのないことを考えながらしばしポストをにらみつけるが、郵便受けは先ほどのことなど無かったように微動だにしない。錆びまみれの薄汚れた赤い顔面をこちらに向けたままだ。
あ、そうだ。
本当に生き物なら、動かないまでもなんかしら音を立てたりするもんじゃないのか……例えば、呼吸音とか。
そこに思い当たった俺は、ゆっくり足音を立てないように近づき、身をかがめる。
耳がちょうど鍵の少し上に位置する高さになって、さらに顔を近づけた。ポストに触れないように気を付ける。さすがに何がいるかわからないポストに耳をつけるのは薄気味が悪い――何もないとわかっていても。
だが、その願いは覆される。
「モッ…ト」
明らかに中に何かが、いる。
そして、”餌”を催促していた。
言葉を発して。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ツギハ14ニチ19ジ
三メートルほど先に見えるガラス戸からは裸電球のほのかな明かりがうっすらと伸びているのだが、対面にある古びた民家の勝手口の小窓は暗いまま。つながっているだろう屋内にはこの時間当然ながら人の気配がない。
遠目には鬱蒼と茂る木立の影が見えるが、視線を手前に戻せばその暗闇にきらり、と何かが反射して見えた。
「やったぜ」
おあつらえ向きなことに、ガラス戸の手前、俺の胸ほどの高さに、赤錆の浮いている郵便受けが一つ月明りに浮かんでいた。
これでかなり短縮できるってもんだ。
嬉々として郵便受けに駆け寄った俺だが、さっそくチラシを突っ込もうとして。
「…なんのいたずらだ、これ?」
横20センチ、奥行き10センチほどの結構大きめなもとは赤かったろう郵便受け。
この下部には、比較的新しい大きな南京錠が取り付けられ、鍵の役を果たしていた。先ほど見えた光は、こいつが反射したものらしい。
問題はその上…蓋の部分に、絵筆で書いたのか太めの白ペンキでこう殴り書きされている。薄暗がりでも、白字は目立って見えた。
『餌 や ル な』
…うぅん?
妙に間を空けてあるが、文字通り読むなら餌をやるな…か。いびつに歪んでいて微妙に読みづらい。
まさかこれって何かの飼育箱? …にしては玄関前に備え付けるとかありえないよな。
というか、ぐるりと周囲から観察してみてもどこからどう見ても郵便受けにしか見えない。虫かごなら俺は通気用に細い目が入ってるのをイメージするんだが、念を入れて見てみた背面も支え用の粗末な添え木が横に一本差し渡されているのみの鉄板しかない。
もしかしたら月明りに文字を読み間違えたかと改めて見直したが…かすれたところはあれど、やはり同じ文面が読み取れた。
なら、高さからしてありえないと最初は除外していたが、子供のいたずらやそれに対する注意という可能性もないだろうか。
だが、そうなら「触るな」だよな。餌を入れるなとか注意する側の認識がおかしいだろ。
あと思いつくとしたら…何かの隠喩?
例えば、よくネットとかで場が荒れる話題を提供することを「燃料を投下する」と表現するが、それと似たようなニュアンスなのかもしれない。
チラシを入れる、ということを、悪意を膨らます餌に置き換えたのかもな。もしそうだとしたらこれを書いた奴はなんて詩的な奴なんだろう。
「…なんてな」
この世の中、まともにルールを守る奴なんざ馬鹿さ。ちょっとでも目端が利く奴なら、ルールを逆手に取り、そこに書かれていない裏を読んで自分の利益を獲得するもんだ。
こんな曖昧な書き方で相手の注意を引こうとするのは面白い作戦だが、曖昧過ぎて逆効果なんだよ。俺みたいなひねくれ者相手にはストレートに書いてくれないと。
ま、ストレートに書こうが書くまいがこちらはやることやるだけなんだがな。
俺はこれ以上深く考えず、荷物の中に手を差し入れ適当に紙束をつかむ。
俺の手には、一駅先の新装開店したフレンチレストランの開店アピールの広告がぎっしりと掴まれていた。こんな子汚いとこに住んでる奴がわざわざ行くとも思えない。結果あまり客足が伸びずにつぶれるかもしれないが、どうせ俺がまじめに配ろうが配るまいがほとんど変わらないんだからこのご時世に飲食店なんか始めた自分の愚かさを後悔するべきだろう。
そんなことを考えながら、郵便受けの上にある蓋を開き、チラシの先端を突き入れる。
結構量があるため、半分ほどははみ出てしまう。
ここで無理やり突っ込んでもよかったが、郵便受けはよくよく見れば上部を針金で抑えただけの簡単な拵えなため反動で背面が壁にこすれてしまった。大きな音を立てるのは隣家の家人を起こしかねない、そう焦った俺はチラシを入れなおすため引っ張った。
「うわっ!?」
直後、チラシがずるん、と引き込まれた。
その勢いは激しく、握っていた掌の皮がすっぱり紙で切られてしまう。驚いたのと掌に走った痛みでチラシを握っていた手が反射的に開いてしまい、ポストに刺さらなかった分がばさりと音を立てて地面に散らばった。
「な、なんだ今の…」
こんなのはじめての経験だ。この小さな箱の中に、何かがあって(あるいは”いて”)、そいつが俺の握っていたチラシを奪った?
なんかの思い違いだ、そう思おうとしたが…掌を見れば、うっすらではあるものの親指と人差し指の間から小指の側に向かって真一文字に線が引かれているのが見える。引っ張られた紙によって切られた跡が、間違いなく先ほどのことが現実のものだと教えている。
「…もしかして、これが『餌』?」
手と郵便受けを数回、視線を往復させていたときにふと書かれた文字のことを思い出した。
餌…つまり、チラシを食う何かを飼ってる?
すぐに頭を振ってそのバカげた考えを打ち消す。
チラシを食う生き物ってなんだよ。いや仮にいたとして、そいつが郵便受けに居座るのを放置するとかありえないだろ。郵便物の受け取りとかどうすんだ。檻なり籠なりに移しとけよ。
というかそれ以前に、本当にそんな食性した生き物とかいるのか? ヤギじゃあるまいに。
…いやいや、馬鹿か俺は。
普通に考えたら生き物なわけねーだろ。
チラシを一枚二枚ならともかく、大量に引き込める力持ってる動物がこんなサイズにおとなしく収まるわけが無い。
それよりは…例えば、機械。ローラー式の引き込むタイプで、突っ込まれたのを認知したら巻き取ったと考えたら自然か。
…郵便受けにそんなモン設置しておく意味も意義も俺にはわからんが。
取り留めのないことを考えながらしばしポストをにらみつけるが、郵便受けは先ほどのことなど無かったように微動だにしない。錆びまみれの薄汚れた赤い顔面をこちらに向けたままだ。
あ、そうだ。
本当に生き物なら、動かないまでもなんかしら音を立てたりするもんじゃないのか……例えば、呼吸音とか。
そこに思い当たった俺は、ゆっくり足音を立てないように近づき、身をかがめる。
耳がちょうど鍵の少し上に位置する高さになって、さらに顔を近づけた。ポストに触れないように気を付ける。さすがに何がいるかわからないポストに耳をつけるのは薄気味が悪い――何もないとわかっていても。
だが、その願いは覆される。
「モッ…ト」
明らかに中に何かが、いる。
そして、”餌”を催促していた。
言葉を発して。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ツギハ14ニチ19ジ
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