安瀬乃片敷六丁目六番地六号より

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第三話 餌_3

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 聞き間違いかと思い込もうとして改めて耳をそばだてると、中の何かは催促するように小さな小さな、カリカリひっかくような音をひっきりなしに立てている。
 何が比喩か、注意書きは過不足なく事実を書いていたってわけだ。

 これで俺が虫好きだった小学生の時分だったなら、珍しい生き物を発見した事実に興奮しただろう。
 だが、違う意味で今の俺は興奮していた。

 中にいる何かが何なのかはこの際どうでもいい。重要なのは、チラシを簡単に処理してくれる手段が思いがけず手に入ったいうことだ。

 大量の紙は、意外に処分が大変だ。そのままではかさばるし重量もある、裁断するにしてもかなり労力がいるし、そこまでやっても捨てるときには小分けにしてじゃないと一発で怪しまれる。
 燃やすのはもっとだめだ。灰の処分も大変だし、何より目立つ。

 だが、こいつさえいればそれらに悩まされる心配はもう無くなるわけだ。
 チラシ配りは歩合制だからな、いくらでも引き受けて、それを簡単に手早く処理できる。つまりは、この小さな箱は俺にとって金の生る木って訳だ。

「ひゃはっ…」

 思わず笑い声が漏れてしまうが、慌てて手を抑えた。

 注意書きをわざわざ書いてあるということは、俺みたいな考えの奴が他にもいたということだろう。
 であれば、わざわざ自分から注目を上げるような真似をするのはまずい。 
 せっかく見つけた宝物をみすみす失いたくないのは誰しも当然のことだろ?

 俺は気持ちを落ち着け、地面に散らばったチラシを拾い集める。ほどなくしてすべて拾い終わったが、幸いここまでで住人に気取られた様子はない。いいぞ。

 気持ちを落ち着けて手にしているすべての紙の先端をねじ込む。これだけで数十件分はあるが再びすべてが音も無く吸い込まれた。

「ちっ…がっついてやがるぜ」

 今度は掌を切らないように注意を払っていたが、その勢いはそれでも高速で吸い込まれた折につまんでいた指先に軽い火傷を負ったほどだ。
 今度からは軍手でも持ってきたほうがよさそうだ。
 さて、思わず悪態をついたが、がっついているということは裏を返せばそれだけ腹を空かせていることにもなるだろう。すぐに満腹になって処理しきれずがっかり、という心配もしないですみそうだ。
 今後どれだけ処理できるかを確かめるためにも俺はつづけて紙の束を小分けにし、怪我をしないよう注意を払いながら更なる餌を投下していく。

「いいこでちゅね~、このままチラシを処分してくだちゃいね~」

 ポストの中にいる何者かは知らないが、餌を与えればすぐに反応を返してくれるのが楽しくて気づけば俺は餌をやる親鳥のようなつもりになっていた。それが、気のゆるみにつながったのだろう。

「おっと」

 かがんで地面に置いたバッグから紙束を取り出してポストに入れる屈伸運動を繰り返したせいで、額には汗が噴き出ている。それが目に入り、反射的に俺は目をつむった。
 不意に視界が奪われたことでふらついた俺はたまたま何の気なしに左手を伸ばし、もっともそばにあったもの…ポストに手をつく。がしゃり、と音を立てて俺は左手の指先をポストの受け口に突っ込んでしまった。

「いっ!」

 一瞬の後、激しい痛みが左の腕を駆け上る。
 慌てて引き抜いた俺は、妙なことに気づいた。

「小指…?」

 明らかに、中指だけシルエットが短い。俺の中指は他の人と同じ、小指より長かったはずなのに。

「え、あれ? え? なんで…」

 なにが? 何があった?! なんで俺の中指、短い? え、どういうこと?
 混乱は甦る痛覚に遮られ、迸る絶叫となって俺の口から放たれる。

「うっぎゃああああ~~~~~っ!!」

 痛い! 痛い! 痛い!! なんで?
 何かの見間違いかと見直すも、伸ばしたり曲げたりして動くのは中指を除く四本だけ。幾ら試したところで、短くなった指の影が伸びることは一切ない。
 肺が空気をすべて吐き出したところでようやく俺は自分の手元をぬらぬら染めていく血に気づいた。月光に照らされた黒光りする液体が、結構な速度で手首を伝い袖を濡らしていくのを見て、俺はこのままではまずいと慌てた。
 手首を抑え、次いで残されたチラシで傷口を抑え込む。こうなってしまっては配るもへったくれもないが、こちとらそれどころじゃない。

 いや、そもそもだ。
「なんなんだよこの郵便受け!」
 まさかの危険物じゃねえか!
 こんな罠潜ませやがって、ここの住民は郵便物届けに来る奴のことなんだと思ってやがんだ!!

 俺は自分のしでかしたことを棚に上げ、苛立ち間切りに右手で郵便受けの側面を殴りつける。郵便受けはがしゃり、と音を立てて吹っ飛び地面に転がった。どうやら後ろの支えが衝撃で外れたらしい。

「くそが、注意書き書くならもっと別のわかりやすい書き方しろや!」

 つづけて力いっぱい蹴り飛ばしてやると郵便受けは再び壁に激突してこちらに文字の書かれてる面を上にして転がった。

 視界に飛び込んだ蓋の文字に、俺はわずかに冷静さを取り戻す。
 よくよく思い返せばいくら不親切極まりない忠告だろうが、これを書いた奴が聞きつけたら責められるのは俺だ。だからといって当然黙って自分の非を認めるつもりはないが、せめて医者代だけでも巻き上げないと…

「くそっくそくそ…ああそうだ、指だけはとりだしておかないと」

 医者というワードで治療のために切断した指先が必要だということに思い至った。
 くっつくかは知らないが、今後指詰め状態で生きていく覚悟はまだない。

「おらっ、指返せや!」

 ただ、そのまま指を突っ込む愚はおかさない。要は差込口にさえ触らなきゃ奴(ら)も手出しはできないだろう。
 なら、極力そこに触れないようにして、中から落とせばいいのだ。そのついでで中にいる奴と対面できたら御の字だ、踏み潰してやる。
 後はどうやってこの不始末の責任を住民に押し付けるか考えながら俺はしゃがみ込み、郵便受けをつかんで

「あ?」

 腰を浮かせたところで目に入った。

 地面に、掛け金が開いた南京錠が転がっている。

 …もしかして、引っ掛けていただけで最初から鍵は掛かっていなかった?

 なら、今は…?

 視線を戻した俺は反射的に息を呑む。
 両手でつかみあげた郵便受けはちょうど正面に蓋が来る…のだが、蓋が開いていた。

 自然に開く角度ではない。中から、押し開けられている。

 中が――中にいる、無数の小さな目が――見えた。
 白目となる部分が赤く濁りきった、無数の目。

 そして、そこから、真っ黒な、小さな子供のものらしき無数の手が伸ばされ…固まっていた俺の右手に伸ばされていく。


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ツギハ16ニチ19ジ
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