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第十一話 ミツキ様_12
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『くそ…どこにいるんだ、田崎さん』
逃げている間も、カメラはしっかり動いていた。我ながら見事なプロ魂だと思わず桂木は苦笑した。
その間にも動画の中の桂木は追い込まれ、恐怖に身を震わせる。
『桂木ぃ、いるんだろォ? 大人しくでてこいよォ……』
かつ、かつ、かつ…
ごりごりごり…
遠くから殺人鬼が自らの存在をアピールしながら近寄ってくる。
動画を観ている桂木もまた、当時味わった心細さを克明に思い出して身震いした。
『…つぎはぁ……』
「…?」
何か、聞こえた気がした。気を取られたせいで止めるタイミングを逃したため、震える手で早戻しする。
『ここかな~?』
この辺のはず。一層集中する。
桂木の気にかかったのは、あのとき――最後の最後、ほのぼのローン跡地前で、大島が見せた反応のことだ。
『…ぇだぁ……』
音域が高く、かつ遠くてよく聞き取れない。
当時は緊張感からか聞き逃していたが、大島は独り言をずっとしゃべっていたようだ。
そして一拍遅れ、今度こそ聞きたかった台詞が流れた。
『な、なんでお前…い、いや違う…?』
「ここだ」
死を覚悟したときの意表外の言葉だから、今も尚桂木の脳にはっきりと焼き付いていた。
桂木は同じところを繰り返し聞きなおしながら思考を整理する。
この言葉の意味をストレートに考えれば、誰か第三者が現れた。その人物を、誰かと見間違えた、ということだろう。
……それは、誰だ?
警察の話では、田崎の死亡時刻は大島、どころか絵里香より早いと診断されている。そして絵里香、三城、剣持いずれも自分の目で大島より前に死んでいる、或いはそれに準じた状態を桂木は自身の目で確認している。
大島の後に死んでいた…殺しただろう人間が桂木には思い当たらないのだ。
厳密には、”人間”には。
「馬鹿馬鹿しい」
口に出して言いながら、気づけば桂木は夜の道を車を走らせていた。
そう、実に馬鹿馬鹿しい話…のはずだ。
が、実はもう一つ、桂木には違和感を覚えていたことがある。
絵里香が合流した時、彼女はなんと言っていた?
女の声が聞こえたとかなんとか言っていなかっただろうか。
あのときは、彼女の仕込みなどを知らないから聞き流していたが、どうにも腑に落ちない。
自分たちは、公平を期すという名目で特に仕込みはしていない。
つまり、小道具は参加者三人の持ち込みだが…カトラリーのつもりでスプーンだけしか持ち込まなかった絵里香がそこまでこだわったりするものだろうか?
いや、そもそもなぜ自分たちに聞かせなかったのか?
カメラ外で絵里香だけに聞こえる声など、演出として意味がない。
だとしたら…
あの場に、何かが…いた。
呪われたという鉄砲玉。急速に拡大化したサラ金。自称霊能者の言葉。まさか、とは思うが、それでもどうしても結びつけて考えてしまう。
その答えは、かの社にある――そう、虫の知らせが告げていた。
「はっ、ありえるわけがないじゃあないか」
そう、科学全盛のこの時代に呪いだなんてあるわけがない。
しかし、山という非日常を幾度も行き来した桂木は、この世において決して科学だけでは説明できないことにも触れたことがある。その経験が、安易な否定にすがることを許さない。
だから、何でもないことを自分の目で確かめたい――桂木はそう自身に言い聞かせていた。
廃ビルは撮影前と同じ姿で都会の陥穽にひっそりと佇んでいた。
警察の現場検証はとっくに終わっている。
桂木は車を適当な路地に留めると、人通りの絶えた道を渡りビルの玄関に辿り着いた。
ビルの鍵は手元にある。
元オーナーの親族は貸し出し時にも渋っていたが、今回の事件で完全に係わり合いになりたくないと考えたようで受け取りを嫌がっており、桂木がまだ預かっていた。
玄関を抜け、桂木は足早に屋上へ向かう。
ビルの中ははじめて訪れたときと同じ、廃墟特有の匂いに戻っている。道中、二階の殺害現場に立ち寄ろうかとも思ったが、絵里香の無情な死に様が脳裏に浮かんだため避けた。
相変らず立て付けの悪い扉を体重を掛けてこじ開け、屋上へと通じる階段へと足を踏み入れる。
階段は、警官が調査を行うため一月前に訪れたときとは違い多少補強されていた。
それでも一段一段、しっかり足元を確かめて昇りきる。
最後のステップを越えたところで肌寒い風が一陣、吹き抜けた。
「ここで田崎さんが…」
向けた視線の先、社の前には地面に白いテープで人の形が描かれている。派手好きなかつての上司が人生最後に遺した記録は、実に粗末なものだった。
そこに手を合わせ黙祷してから、桂木は腰を落とし社の扉を開く。
以前見かけたとき同様、幾つかの中身は手付かずのまま残されていた。警察はうち棄てられた社の中身を重要だと思わなかったらしい。
とりあえずは書物が気になっていたので、破損しないよう注意しながら手に取る。
ぱらぱらと流し読みしていく…一冊目はほのぼのローン社長の家に伝わる祭神の縁起。二冊目はその家系図。いずれもあまり関係がありそうには思えない。
問題は三冊目。
以前見たときはぱっと流し見しただけだったから気づかなかったが、表紙には『三苦突院鬼狂信女』とうっすらと描かれている。
「信女…確か、戒名じゃなかったか?」
昔の記憶を掘り起こす。確か、仏門に帰依した母方の叔母がそんな名前を付けられていたはず。
ただ、それだとすると気になるのが、苦やら鬼やら狂といった、明らかに不穏な文字が使われていることだ。
桂木は叔母から、戒名には凶兆を示す文字を使わないルールがあることを聞かされて知っていた。
具体的にどの文字が該当するかまでは知らないが、それでも鬼やら狂やらはまず使わないだろう。
「…これは、臭いな」
神聖な存在を祀るはずの祠に収められた、不穏な名前の存在。ここに鍵がある、桂木の直感がそう告げていた。
懐中電灯を小脇に抱え、紙を千切らないよう最新の注意を払って読み進む。
ページを繰る手が、次第に早まっていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ツギハ9ニチ19ジ
逃げている間も、カメラはしっかり動いていた。我ながら見事なプロ魂だと思わず桂木は苦笑した。
その間にも動画の中の桂木は追い込まれ、恐怖に身を震わせる。
『桂木ぃ、いるんだろォ? 大人しくでてこいよォ……』
かつ、かつ、かつ…
ごりごりごり…
遠くから殺人鬼が自らの存在をアピールしながら近寄ってくる。
動画を観ている桂木もまた、当時味わった心細さを克明に思い出して身震いした。
『…つぎはぁ……』
「…?」
何か、聞こえた気がした。気を取られたせいで止めるタイミングを逃したため、震える手で早戻しする。
『ここかな~?』
この辺のはず。一層集中する。
桂木の気にかかったのは、あのとき――最後の最後、ほのぼのローン跡地前で、大島が見せた反応のことだ。
『…ぇだぁ……』
音域が高く、かつ遠くてよく聞き取れない。
当時は緊張感からか聞き逃していたが、大島は独り言をずっとしゃべっていたようだ。
そして一拍遅れ、今度こそ聞きたかった台詞が流れた。
『な、なんでお前…い、いや違う…?』
「ここだ」
死を覚悟したときの意表外の言葉だから、今も尚桂木の脳にはっきりと焼き付いていた。
桂木は同じところを繰り返し聞きなおしながら思考を整理する。
この言葉の意味をストレートに考えれば、誰か第三者が現れた。その人物を、誰かと見間違えた、ということだろう。
……それは、誰だ?
警察の話では、田崎の死亡時刻は大島、どころか絵里香より早いと診断されている。そして絵里香、三城、剣持いずれも自分の目で大島より前に死んでいる、或いはそれに準じた状態を桂木は自身の目で確認している。
大島の後に死んでいた…殺しただろう人間が桂木には思い当たらないのだ。
厳密には、”人間”には。
「馬鹿馬鹿しい」
口に出して言いながら、気づけば桂木は夜の道を車を走らせていた。
そう、実に馬鹿馬鹿しい話…のはずだ。
が、実はもう一つ、桂木には違和感を覚えていたことがある。
絵里香が合流した時、彼女はなんと言っていた?
女の声が聞こえたとかなんとか言っていなかっただろうか。
あのときは、彼女の仕込みなどを知らないから聞き流していたが、どうにも腑に落ちない。
自分たちは、公平を期すという名目で特に仕込みはしていない。
つまり、小道具は参加者三人の持ち込みだが…カトラリーのつもりでスプーンだけしか持ち込まなかった絵里香がそこまでこだわったりするものだろうか?
いや、そもそもなぜ自分たちに聞かせなかったのか?
カメラ外で絵里香だけに聞こえる声など、演出として意味がない。
だとしたら…
あの場に、何かが…いた。
呪われたという鉄砲玉。急速に拡大化したサラ金。自称霊能者の言葉。まさか、とは思うが、それでもどうしても結びつけて考えてしまう。
その答えは、かの社にある――そう、虫の知らせが告げていた。
「はっ、ありえるわけがないじゃあないか」
そう、科学全盛のこの時代に呪いだなんてあるわけがない。
しかし、山という非日常を幾度も行き来した桂木は、この世において決して科学だけでは説明できないことにも触れたことがある。その経験が、安易な否定にすがることを許さない。
だから、何でもないことを自分の目で確かめたい――桂木はそう自身に言い聞かせていた。
廃ビルは撮影前と同じ姿で都会の陥穽にひっそりと佇んでいた。
警察の現場検証はとっくに終わっている。
桂木は車を適当な路地に留めると、人通りの絶えた道を渡りビルの玄関に辿り着いた。
ビルの鍵は手元にある。
元オーナーの親族は貸し出し時にも渋っていたが、今回の事件で完全に係わり合いになりたくないと考えたようで受け取りを嫌がっており、桂木がまだ預かっていた。
玄関を抜け、桂木は足早に屋上へ向かう。
ビルの中ははじめて訪れたときと同じ、廃墟特有の匂いに戻っている。道中、二階の殺害現場に立ち寄ろうかとも思ったが、絵里香の無情な死に様が脳裏に浮かんだため避けた。
相変らず立て付けの悪い扉を体重を掛けてこじ開け、屋上へと通じる階段へと足を踏み入れる。
階段は、警官が調査を行うため一月前に訪れたときとは違い多少補強されていた。
それでも一段一段、しっかり足元を確かめて昇りきる。
最後のステップを越えたところで肌寒い風が一陣、吹き抜けた。
「ここで田崎さんが…」
向けた視線の先、社の前には地面に白いテープで人の形が描かれている。派手好きなかつての上司が人生最後に遺した記録は、実に粗末なものだった。
そこに手を合わせ黙祷してから、桂木は腰を落とし社の扉を開く。
以前見かけたとき同様、幾つかの中身は手付かずのまま残されていた。警察はうち棄てられた社の中身を重要だと思わなかったらしい。
とりあえずは書物が気になっていたので、破損しないよう注意しながら手に取る。
ぱらぱらと流し読みしていく…一冊目はほのぼのローン社長の家に伝わる祭神の縁起。二冊目はその家系図。いずれもあまり関係がありそうには思えない。
問題は三冊目。
以前見たときはぱっと流し見しただけだったから気づかなかったが、表紙には『三苦突院鬼狂信女』とうっすらと描かれている。
「信女…確か、戒名じゃなかったか?」
昔の記憶を掘り起こす。確か、仏門に帰依した母方の叔母がそんな名前を付けられていたはず。
ただ、それだとすると気になるのが、苦やら鬼やら狂といった、明らかに不穏な文字が使われていることだ。
桂木は叔母から、戒名には凶兆を示す文字を使わないルールがあることを聞かされて知っていた。
具体的にどの文字が該当するかまでは知らないが、それでも鬼やら狂やらはまず使わないだろう。
「…これは、臭いな」
神聖な存在を祀るはずの祠に収められた、不穏な名前の存在。ここに鍵がある、桂木の直感がそう告げていた。
懐中電灯を小脇に抱え、紙を千切らないよう最新の注意を払って読み進む。
ページを繰る手が、次第に早まっていった。
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