異世界転移!普通の主婦が、冴えない男と暮らしたら?

哩月

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異世界での生活

ニールの旅とキリの成長

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 いよいよニールが、仕事へ行く日が来た。

「いいの? これ、貰っても···」

 キリが、渡された剣とニールを見比べている。

「約束だ。お前は、立派な男だ。まだ子供だけど···」

「うん」

「いいか? 男なんだから、転んでも泣くな。まだ子供だけど···」

「うん」

「泣くのは、好きな女の胸···っだ」

「あ、ごめんなさい···。ちょっと、虫が···」

 キリにマントを羽織らせ、自分が使っていてサイズが合わなくなった剣を渡すとこまでは、普通に良かったのに···

 沙織の睨みに、ニールはバツの悪そうな顔をし、

「泣くのはな、好きな女の···」

 チラッとニールが、沙織を見る。

「ま、前で泣くんだ。わかったな!」

「うん」

「あと、おねしょは直せ!」

「······。」

 今朝方、キリが泣きながらニールと沙織が眠るベッドまで来た。

 おねしょ···

 不思議とここに住んでから、その話題がなかったのだが···

 どうやら、沙織がくる前は頻繁にしてたらしい。

「いいな?」

 ?

 ニールが、キリの耳元で何かを囁き、キリがものすごい笑みを浮かべた。

 大方、約束を守ったらご褒美かな?

 そんな親子の微笑ましい姿。懐かしいな···

 決して、沙織は自分がいた世界の事を忘れた訳ではない。ふたりの手前、気にしないようにしてるのに···

「でも、お父さん。いつ行くの?」

「今回は、今夜立つから···。お前が寝てから···」

 キリは、沙織を見、ニールに抱きついた。

「ぼく、泣かない。お父さん死んじゃっても、泣かない」

「おい、勝手に親を殺すなよ···」

「ご飯、食べようか?」

 沙織の合図に、ニールは息子に振られた。

「あー、今日の卵はしょっぱいわー」

 泣く素振りをしながらもチラチラとキリを見るニールは、キリから、

「そう? 美味しいよ?」

 冷たく返され沙織に救いを求めた。

「勇者なのに?」

「昔、はな」

 ここに住むようになって、色んな人と話をする沙織は、ニールが実は勇者だと聞かされていた。

「でも、お父さん本当に強いんだよ! 前なんかね、おっきなゴブリンをエイって倒しちゃったの···間違えて」

「······。」

 ギルド帰りの人とも話すから、あのゴブリンは実は倒してはいけない条例になっているらしい。

「でも、王様からは怒られなかったって···」

「ふぅん。まだ、そういうのはわからない···」

 朝餉を終わらせると、ニールはキリと庭に出て魔法の勉強。

 前よりは、キリの出す炎も大きくなってはきたけど、目標のラインまではまだまだ遠く···

「いいか? あの棒をジッと見るんだ。何も考えず···」

 キリはキリで、一生懸命やっているのに···

「届かないーーーっ!」

 結局、最後になると泣きそうになって沙織に抱きついてくる。

「キリは、炎しか使えないの?」

 沙織は、キリの母親になったつもりで優しく聞く。

「ううん。お水飛ばしたり、物を浮かせたり出来るよ。最近···」

 チラチラとニールを見ながら、そう言うキリにニールは、

「それは、みんな出来るっつーの。ただ、いつ使えるのかが親にでもわからないから···」

 ニールの気持ちもわからんでもない。けど、無理矢理やらそうとしても、反感を買うのでは?とも思う。

「ね、あとであの泉に行かない? 私とキリが出会ったあの泉···」

「そういや、お前なんであんなとこにいたんだ? あそこは、ひとりで行くなとあれほど言っただろう?」

 ニールの咎めるような視線に、キリは沙織の後ろに隠れ、

「ひとりで練習してたの···。お父さんみたいに、お水をドラゴンにしたかったの」

「······。」

 その時のニールは、嬉しそうな目をしていた。

「しょうがない。行くとするか。夕刻には戻らないといかんしな」

 ニールは、肩にキリを乗せると馬小屋へと行き、アルーを連れてきた。

「サオリ、行くぞ」

 キリを乗せたアルーを先頭にニールと歩く。


「町の長に聞いても、やはり城下のオギに聞かないとわからないらしい」

「はい」

 オギというのは、城下で有名な占い師。昔から国に関する事は、オギに伺ってるらしい。

「サオリ。俺はあんたを出来れば、戻らせたくない」

「······。」

「キリの為にも···俺の為にも···」

 自分が、死んだかどうかなんてわからない。けど、もし死んでいないのなら戻りたいと思う気持ちはある。

 沙織の気持ちは揺れていた。長年連れ添っていた夫や子供···

 でも、この世界にきてキリやニールと過して、自分が思ってる事を言える気持ちのらくさが···

「オギに会ったら、何かが変わるのでしょうか」

 キリの事を思うと胸が苦しくもなる···

 もし私が帰る事になったら、ニールが戻る間、キリはまたひとりぼっちになってしまう。

 ニールが、旅先で···

 なんてことは考えたくもないけど、万が一ということもあるたろう。

 そうなったら?

「わかりません。ただ、これだけはあなたに言いたい」

「なにを?」

「いえ···。忘れて下さい」

 言おうとした言葉を飲み込むニールは、

「キリ、泉でお前の力を見せてくれよ。俺のも見せるから」

 目的地の泉が、見えてくるとキリが騒ぎ出す。

「お母さん! 見えたよ、見えた! 降りる、降りるー」

 ニールにアルーから降ろして貰ったキリは、サオリの事を母と呼び、ニールと顔を見合わせた。


 小高い盛り上がりに立つ木にアルーを繋ぐと、ニールはキリと一緒に泉に向かって揃いのポーズ···

「サオリー、見てろよー!」

 浅瀬の所から沙織に向かって大きく手を振るニールは、泉に向かって···

「命の源、清らかなる水よ、我が手に···集え! ハァァァッ!!!」

 空気が静まった。先程まで聞こえていた小鳥の囀りでさえも聞こえなくなり···

 ズバァァッ···

 地面が揺れ泉の中央が盛り上がり、天高く昇り始めた。

「すげー! お母さん! 早く早く!」

 キリが、沙織を呼ぶ。

「待って! いま行くから、動かないで」

 揺れる地面をこわごわと歩き、キリとニールの元へ。

「おいキリ、やってみろ。教えてやるから、出してみろ。シャット···」

 あれ程高く昇っていた水柱が、瞬く間に散り水しぶきが降りかかる。

「命の源!」

『いのちのみなもと!』

「清らかなる水よ!」

『きよらかなるみずよ!』

「我が手に!」

『わがてに!』

「集まれ!」

『あつまれー!』

 静かになり、また地面が低く揺れ始めた···

「あ···」

 泉の中央を見つめる三人···

 大きく集まりだす水柱の横には、更にその形よりも大きな水柱が昇り始めた···

「あと少しだな···。強くなれば、もっと高くなるから。次は、炎だ。キリ。シャット」

 ニールが、シャットを唱えると二本の水柱は、瞬く間に消えた。

「凄い···。魔法って、お伽噺と世界だけかと思ってたから···」

 映画やドラマで観る事もあるけど、あれは造られたもの。でも、いま目にしているのは、正真正銘ホンモノ!

「もともと、この世界の人間は、そういう能力の種が植え付けられてるんですよ。だから、同じ効果の魔法でも、それぞれ出せるタイミングや威力が違う···」

 ニールは、汗を拭いながら、沙織が差し出したお茶を飲み干すと、少し大きな岩に腰掛け、沙織を呼んだ。

「あいつは、昔から泣き虫だった。俺がどんなに魔法を教えても進んで学ぼうとはしなかった」

 ニールは、サオリの手を握りながら話す。

「たぶん、あなたの存在があいつを大きくさせているのかも知れない」

「そうでしょうか」

 ふたり泉の縁で、一生懸命に炎を出そうとしてるキリの姿を見つめた。

「頑張ってますね、キリくん」

「サオリ」

「はい」

「あなたさえ良ければ、ここにずっといて欲しい。俺の妻として···」

「それは···まだ···」

 キリのはしゃぐ声を聞きながら、ニールの唇が優しく強く触れた。


「出来たよーーーっ! お父さーーーん!」

 キリの大きな声に振り向けば···

「え? 嘘···」

「マジ?」

「あなた、こんなの教えてた?」

 沙織が、顔を引きつらせニールを見た。ニールもまた···

 それもそうだろう···

 炎を出す魔法の練習をしてたはずのキリの背後に、伝説の竜·ジャークファイヤーが姿を現していたのだから···


「いいな? 絶対に···」

「泣かない!」

「あと···」

「おねしょもしない! ちゃんと、寝る前におしっこいく!」

「あ、あぁ」

 ニールが、言いたい事をキリが、先に言う。

「じゃ、行ってくるから。サオリ、あとを頼む!」

 深々と頭を下げ、ニールは麻袋を背負い家から出る。

「いいの? お父さんに言わなくても?」

 沙織は、自分のスカートを固く握るキリにそう言った。

「お父さーーーーん!! 頑張ってーーーっ!! ぼく、お父さんみたいに···強くなるからーーーーっ!!! お父さーーーんっ!!」

 ニールは、後ろを振り返る事はせず、ただただ右手を大きく振って、真っすぐ歩いていった···。


『くふふ。おやおや。爆竜が、産まれたか。そろそろ、始めようかね···』
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