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プロローグ
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リリーシャの王子の輿入れは想像していたよりも普通。そう、普通だった。
αの王族が嫁ぐとなれば、財を尽くした様相が一般的だ。しかしアンバーはというと、帝国から送り出すのに決して貧相ということはないが、αの王子が嫁ぐには最低限不自然でない程度。といった印象だった。
理由はなんとなく察することができた。
アンバーの噂といえば、非常に高慢、気に入らなければヒステリックに当たり散らす、特にΩへの態度がきつい。と、良い噂は一向に入る気配を見せず、悪名だけが伝わり続ける人物だった。この縁談自体、本国で持て余されていたアンバーを押しつけることが最大の目的なのだろう。
そして、実際も噂に違わない人物であった。
いくら派手すぎないといっても、このラシールという小国には似つかわしくない程には豪奢な馬車から現れたその青年は、鋭い目付きのせいだろうか、セルジオと同い年とは思えないほど大人びて見えた。
その切長の目はセルジオを一瞥すると、すぐに外方を向いてしまった。
(小国の王では見下されてしまうか……レイなら……)
セルジオはつい、レイのことを考える。
(きっとレイなら小国だろうが大国だろうが関係なく俺を愛してくれただろう)
名を名乗り、部屋へ案内するべく腕を差し出す。アンバーは一瞬間を置きながらそっとセルジオの腕に手を添えると、やっぱり外方を向いてしまった。
(やはり気に入られてはいないらしい)
それからもアンバーは彼の言うことに最低限の受け答えをするだけで、決してこちらを向こうとはしなかった。
「……アンバーと呼んでも構いませんか?」
ついに話題が尽き、そんなことを聞く。すると、彼は初めてビクッと肩を揺らし、反応らしい反応を見せた。
「……構いません」
セルジオが様子を伺うように目線だけを横に向けると、顔を紅くしたアンバーと目が合ってしまった。
すぐさま顔を背けようとする彼の頬に手を添え、それを阻止する。
「どうされたのですか!?体調が優れないのでしたら医師を……」
「やめろ!」
セルジオの手はバチンと音をたてて払い除けられる。セルジオが呆気に取られていると、彼はみるみるうちに”やってしまった”という表情になっていった。
「申し訳御座いません、一国の王に対し……」
「い、いえ。こちらこそ驚かせてしまい申し訳ない」
しばらくの沈黙が流れた。ちょっとした衣擦れの音や外の使用人の気配が大きく感じる。
「……本当に申し訳ありません。人に触れられることに慣れて居りませんもので……」
初めて彼が自分から口を開いた時だった。
「……少しずつ慣れていけば良いと思います。私達は、その……結婚するのですから」
アンバーを部屋に残し再び執務室に戻る最中、セルジオは何度もその言葉を反芻した。
(本当なら俺とレイが結婚するはずだったのに)
彼はこのところ、今までにも増してレイのことを考えるようになった。
(レイが純白の衣を纏って自分の元に駆けてくる。風に吹かれれば飛んでしまいそうなその細い身体を抱きしめて、誓いのキスをして、レイと結婚するはずだったのに)
そう思うたび涙が滲みそうになった。理想と現実がどんどんと離れていく。
そして、無情にもその日は訪れた。
純白の衣装に身を包んだアンバーがセルジオの元へと歩いてくる。高い背にしっかりとした体格、黄金の様に輝く金髪、青くて鋭い瞳、全てが思い描いていた理想とはかけ離れていた。
「誓いのキスを」
そう言われ、セルジオは一気に現実に連れ戻される。
金の御髪を掻き分けて頬に手を添える。今度は叩かれることはなかった。
指先から彼が強張っているのを感じたが、そんなことはもうどうでもよかった。
目をスッと閉じ、一気に唇を押しつける。
厚めだが決して柔らかくはないアンバーの唇から熱が伝わってくる。
(あの日、レイに全て捧げてしまって良かった)
そう思っているうちに式は終わっていた。
その夜は酷かった。
きっかけはセルジオがレイのことを口走ってしまったことが原因だった。
「私には心に誓った方がおります。その方以外と身体を重ねることは出来ません」
初夜の場でそんなことを言ったのは完全にセルジオの失態だった。それがどれだけ相手のプライドを傷つけるかなど明白だった。
「レイだとかいう孺子でしょう?この数ヶ月、何度も彼の元へ足を運ばれて居られましたから存じております」
そう言われた瞬間肝が冷えた。レイの存在がバレている。
(レイに危害が加わるようなことはされていないだろうか?)
「そう警戒されずとも、危害は与えておりません。今はまだ」
据わった目でアンバーはそういう。口調こそ穏やかにしているもの、怒りが隠しきれていなかった。
「それで?その孺子を妾にでもするのですか?」
「……そのつもりです」
レイと話し合った結果、妾という立場でも共にいたいというレイの願いを叶えることにしたのだ。
顔を上げた瞬間、セルジオの左頬に衝撃が走る。ビリビリと痛む頬を抑えながらアンバーの方を向くと、怒りからか顔を歪ませた彼が想定外の言葉を口にした。
「あんなに何通も恋文を送ってくださったのに……あれらは全て嘘だったのですか!?」
(恋文!?あの当たり障りのない返信のことか?)
「リリーシャ帝国第二王子であるこの私よりあの孺子の方が宜しいとおっしゃるので!?」
そっと視線を廊下の側仕えへと向けると、これ以上アンバーの気を損ねるようなことはするなというように首を振られた。
それは最もなことだ。彼を蔑ろにすればリリーシャ帝国との間に軋轢が生まれるだけでなく、レイに直接的な被害が及ぶ恐れがあった。
「……私はラシールの王として貴方を愛することを今日誓いました」
セルジオは一思いにアンバーを抱き締める。
「私は……アンバー、貴方を愛しています」
彼の気を鎮めるため苦渋の決断だった。先ほどまでと打って変わって身体の力を抜いたアンバーを更に抱き締める。それは彼の、自身の不甲斐なさに対する憤りからだった。
αの王族が嫁ぐとなれば、財を尽くした様相が一般的だ。しかしアンバーはというと、帝国から送り出すのに決して貧相ということはないが、αの王子が嫁ぐには最低限不自然でない程度。といった印象だった。
理由はなんとなく察することができた。
アンバーの噂といえば、非常に高慢、気に入らなければヒステリックに当たり散らす、特にΩへの態度がきつい。と、良い噂は一向に入る気配を見せず、悪名だけが伝わり続ける人物だった。この縁談自体、本国で持て余されていたアンバーを押しつけることが最大の目的なのだろう。
そして、実際も噂に違わない人物であった。
いくら派手すぎないといっても、このラシールという小国には似つかわしくない程には豪奢な馬車から現れたその青年は、鋭い目付きのせいだろうか、セルジオと同い年とは思えないほど大人びて見えた。
その切長の目はセルジオを一瞥すると、すぐに外方を向いてしまった。
(小国の王では見下されてしまうか……レイなら……)
セルジオはつい、レイのことを考える。
(きっとレイなら小国だろうが大国だろうが関係なく俺を愛してくれただろう)
名を名乗り、部屋へ案内するべく腕を差し出す。アンバーは一瞬間を置きながらそっとセルジオの腕に手を添えると、やっぱり外方を向いてしまった。
(やはり気に入られてはいないらしい)
それからもアンバーは彼の言うことに最低限の受け答えをするだけで、決してこちらを向こうとはしなかった。
「……アンバーと呼んでも構いませんか?」
ついに話題が尽き、そんなことを聞く。すると、彼は初めてビクッと肩を揺らし、反応らしい反応を見せた。
「……構いません」
セルジオが様子を伺うように目線だけを横に向けると、顔を紅くしたアンバーと目が合ってしまった。
すぐさま顔を背けようとする彼の頬に手を添え、それを阻止する。
「どうされたのですか!?体調が優れないのでしたら医師を……」
「やめろ!」
セルジオの手はバチンと音をたてて払い除けられる。セルジオが呆気に取られていると、彼はみるみるうちに”やってしまった”という表情になっていった。
「申し訳御座いません、一国の王に対し……」
「い、いえ。こちらこそ驚かせてしまい申し訳ない」
しばらくの沈黙が流れた。ちょっとした衣擦れの音や外の使用人の気配が大きく感じる。
「……本当に申し訳ありません。人に触れられることに慣れて居りませんもので……」
初めて彼が自分から口を開いた時だった。
「……少しずつ慣れていけば良いと思います。私達は、その……結婚するのですから」
アンバーを部屋に残し再び執務室に戻る最中、セルジオは何度もその言葉を反芻した。
(本当なら俺とレイが結婚するはずだったのに)
彼はこのところ、今までにも増してレイのことを考えるようになった。
(レイが純白の衣を纏って自分の元に駆けてくる。風に吹かれれば飛んでしまいそうなその細い身体を抱きしめて、誓いのキスをして、レイと結婚するはずだったのに)
そう思うたび涙が滲みそうになった。理想と現実がどんどんと離れていく。
そして、無情にもその日は訪れた。
純白の衣装に身を包んだアンバーがセルジオの元へと歩いてくる。高い背にしっかりとした体格、黄金の様に輝く金髪、青くて鋭い瞳、全てが思い描いていた理想とはかけ離れていた。
「誓いのキスを」
そう言われ、セルジオは一気に現実に連れ戻される。
金の御髪を掻き分けて頬に手を添える。今度は叩かれることはなかった。
指先から彼が強張っているのを感じたが、そんなことはもうどうでもよかった。
目をスッと閉じ、一気に唇を押しつける。
厚めだが決して柔らかくはないアンバーの唇から熱が伝わってくる。
(あの日、レイに全て捧げてしまって良かった)
そう思っているうちに式は終わっていた。
その夜は酷かった。
きっかけはセルジオがレイのことを口走ってしまったことが原因だった。
「私には心に誓った方がおります。その方以外と身体を重ねることは出来ません」
初夜の場でそんなことを言ったのは完全にセルジオの失態だった。それがどれだけ相手のプライドを傷つけるかなど明白だった。
「レイだとかいう孺子でしょう?この数ヶ月、何度も彼の元へ足を運ばれて居られましたから存じております」
そう言われた瞬間肝が冷えた。レイの存在がバレている。
(レイに危害が加わるようなことはされていないだろうか?)
「そう警戒されずとも、危害は与えておりません。今はまだ」
据わった目でアンバーはそういう。口調こそ穏やかにしているもの、怒りが隠しきれていなかった。
「それで?その孺子を妾にでもするのですか?」
「……そのつもりです」
レイと話し合った結果、妾という立場でも共にいたいというレイの願いを叶えることにしたのだ。
顔を上げた瞬間、セルジオの左頬に衝撃が走る。ビリビリと痛む頬を抑えながらアンバーの方を向くと、怒りからか顔を歪ませた彼が想定外の言葉を口にした。
「あんなに何通も恋文を送ってくださったのに……あれらは全て嘘だったのですか!?」
(恋文!?あの当たり障りのない返信のことか?)
「リリーシャ帝国第二王子であるこの私よりあの孺子の方が宜しいとおっしゃるので!?」
そっと視線を廊下の側仕えへと向けると、これ以上アンバーの気を損ねるようなことはするなというように首を振られた。
それは最もなことだ。彼を蔑ろにすればリリーシャ帝国との間に軋轢が生まれるだけでなく、レイに直接的な被害が及ぶ恐れがあった。
「……私はラシールの王として貴方を愛することを今日誓いました」
セルジオは一思いにアンバーを抱き締める。
「私は……アンバー、貴方を愛しています」
彼の気を鎮めるため苦渋の決断だった。先ほどまでと打って変わって身体の力を抜いたアンバーを更に抱き締める。それは彼の、自身の不甲斐なさに対する憤りからだった。
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