愛を抱えて溺れ死にたい。

日向明

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Ωの少年・レイン

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 アンバーがカイと共に孤児院へ向かった日は、珍しく雨の日だった。
 傘を差し出され軽快に馬車を降りたカイに続きアンバーも降りようとするが、その地面にギョッとする。着いた片足から、そのぬかるんだ土のぐちゃぐちゃした滑りそうになる感覚が伝わり、アンバーは思わず顔を歪ませた。
「どうされました?アンバー様?」
 カイが不思議そうに尋ねる。
「い、いえ。ぬかるんだ土というものを初めて踏んだもので……、戸惑っているだけにございます……」
「あぁ……、リリーシャは石畳ですからね。口元だけでも表情が想像できます……」
 その日、アンバーはカイの為に目元だけを覆ったヴェールをしていた。その分表情は分かりにくくなっていたが、それでもアンバーの戸惑いを見て取るには十分だった。
 呻きながら歩みを進めるアンバーと、それを見てふふっと笑うカイ。二人を二階の窓から静かに見つめる目があったことに、気がついた者はいなかった。

 アンバー、カイ、そして護衛のダンの三人は院に入り廊下を歩くと、比較的すぐにある一番広い部屋に通された。
「あっ!カイさまだ!」
 部屋に入った瞬間、子供たちの黄色い歓声が響く。カイは余程子どもたちに気に入られているらしい。皆口々にカイの名を呼んでいる。
「お久しぶりです院長」
「お久しゅうございますカイ様。と言っても一週間ぶりですがね」
 そう言ってカイとまだ若い院長の女性は笑い合う。形式的な会話を済ませると、院長はアンバーに目を移す。
「初めまして、アンバー・ド・オステルメイヤーと申します」
 そう言ってアンバーは礼をする。
「御丁寧にありがとうございます、アンバー様。此度のご結婚、誠におめでとうございました」
 そう言って院長も礼をする。
「……」
「……」
 しかし、カイの様に上手く会話が弾んだ訳ではなかった。
 (仕方がない、私の良い噂など伝わっていないだろうからな。それにこの背の高さだ。多少怯えられても不思議ではない……)
 女性の中でも比較的小柄な方であろう院長とアンバーでは、優に三十センチは身長差があった。
 分かっていても少し落胆するアンバーが小さな影に引っ張られて行ったことに、カイと院長は気がつかなかった。
「それで院長、例の子はどうなりましたか?」
「子どもたちとは大分馴染んできまして。今ではみんなの頼れるお兄さんのような感じなのですが……」
 そう言いながら院長は少し目を伏せる。
「まだ大人には反発することが多くて……。特にαの男性は酷く警戒しています」
「やはりそうですか。……気長にいきましょう!あっ、そうだこの事をアンバー様に伝えなくては……」
「そうですね、事情を伝えないとどちらにも良くないですから」
 そう言って二人はアンバーの方を向くが、そこにアンバーの姿は無い。
「……アンバー様?」
 二人が戸惑っていると、少し離れたところから更に戸惑った様子のアンバーの声がした。
「貴様っ!先程から私に登るなと何度も……、あぁこら!服を引っ張るでない!危ないだろう!」
 そちらを向くと、すでに子どもたちの遊び場にされたアンバーの姿があった。
「スッゲー!でけー!」
「187もあるのだから当然だろう!」
「おじさんなんさい?」
「おじさんではない無礼者め!永遠に二十歳だ!」
 子どもたちと同レベルで言い合うアンバーと、それを全く意に介さず戯れ続ける子どもたちの姿に、カイと院長は思わず吹き出す。
 それに気がついたアンバーは不満げな表情で矛先を二人へと向ける。
「お二人共、何故そこで見ているだけなのです!?私が困っているのですよ!?」
 片手で背中の子供を、もう片手で引っ張られるズボンを掴みながら、アンバーは助けを求める。
「アンバー様は子どもたちに好かれておいでですね」
 そう言う院長の目にもう警戒の色はなく、ただ微笑むばかりだった。
 (どうやら助けてもらえることはないらしい)
 途方に暮れていると、急にアンバーの背中が軽くなる。
「どうしたの?レインお兄ちゃん」
「……レイ?」
 舌足らずの発音で呼ばれたその聞き覚えのある名前に振り返ると、そこには筋肉の少ない細身の美少年がいた。切長だが大きいその瞳は、まるで野生の獣の様に鋭い目つきをアンバーに向ける。
「レインだ。耳遠いのかよジジイ」
 レインと名乗ったその少年は、口を開けた瞬間アンバーに悪態をつく。
「みんな、離れてやれよ。こいつは泥道さえ歩いたことがない生粋のα様だ。平民の相手なんてしたくないとさ」
 レインは馬鹿にした様に笑うと、顰めっ面で外方を向いてしまった。
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