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Ωの少年・レイン
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レインの言葉に、幼い者たちは不安げな顔になる。皆目をうるうるさせながらアンバーを見上げていた。
「おじさん、えらいひとだったの?……ぼくしつれーなことした?」
「ごめんなさい……」
今にも泣き出しそうな顔を見て、アンバーは困り果てる。
(子どものあやし方など知らないぞ!?)
天を仰ぎ、ふぅっと息を吐く。そして、アンバーは徐にしゃがみ込むと子ども達と目線を合わせた。
「そうだ、私は偉い人だ。偉いから器が大きい。貴様らが何も悪いことなどしていないのに怒ったりするわけがないだろう」
アンバーは過去の自分を振り返り、
(正直、どの口がこんなことを言っているのだ?)
と思う。
だが、彼とてもう二十代ではない。色々と諦めもつき、色々とコントロールできるようになったのだ。
「して、レイン。私が貴様に何をした?」
レインはビクッと肩を揺らすと、また敵意全開の目で睨む。
「うるさい!お前らがΩをΩだというだけで虐げるように、お前を嫌う理由なんてαってだけで十分なんだよ!」
荒く息をしながらレインは怒鳴った。
(くそっ!こいつのせいで嫌なことばかり思い出す!)
レインは思わずギュッと目を瞑る。
その様子を見下ろすアンバーもまた、動揺を隠そうと必死だった。
(なんで……今、こんな事を思い出さねばならないんだ)
長い沈黙が流れた。
外の強まった雨の音だけがざあざあと響き渡り、誰も何も出来ずその場に立ち尽くす。
「レインおにいちゃん、おじさんとけんかしないで?」
沈黙を破ったのは一人の少女だった。
レインは、不安げな顔で恐る恐る話しかけた少女の方をバッと向くと、切なげに顔を歪ませながらポツリと呟いた。
「お前らまでαの味方するのかよ……」
唇を噛み締めながら踵を返すと、レインは一人二階の部屋へと戻って行った。
「アンバー様……!」
金縛りが解けたかの様に、カイと院長はアンバーの元へ駆け寄る。
「申し訳ありません、彼の……レインの事を伝えていませんでした……」
「実は、彼は過去に……」
事情を説明しようと院長が口を開いたが、アンバーはそれを制止する。
「それは彼の口から聞く事です」
驚いた表情の二人を他所に、アンバーは続ける。
「ですが、とりあえず彼がα嫌いで私を恐れていることだけは分かりました」
アンバーは少し寂しげに子ども達を見つめる。
今日という日は、アンバーにとって悪いものではなかった。しかし、彼は自分の下そうとしている結論が間違っているとも思っていない。
「ここにはもう来ません。彼にもそうお伝え下さい」
そう言ってアンバーは出口へと向かう。まだ雨は降っていたが、アンバーの心とは裏腹に空には光が差し始めていた。
ああそうだ、とアンバーは二人の方へ振り返る。
「今日は、その……。楽しかったですよ」
午後の日差しに照らされ逆光で表情は分からなかったが、そうに言うとアンバーは一人、先に馬車へと戻って行った。
孤児院から戻ると、アンバーは寝台に身を委ねて天井を見上げ続けていた。
「お前を嫌う理由なんてαってだけで十分なんだよ!」
レインのその言葉が何度も思い起こされる。
(何故、私はαに生まれてきてしまったのだろう。兄弟の様にΩに生まれていれば……)
そんな事を考えていたアンバーは、土の廊下を踏む足音が近づいてくるのに気が付かなかった。
「アンバー」
ダリウスの低い声が部屋に響き、アンバーはガタッと音を立てて飛び起きる。
間抜けに寝っ転がっている姿を見られ羞恥にかられるアンバーを他所に、ダリウスは履き物を脱ぎながら話しかけ続ける。
「先程カイ様に会いました。今日は……」
「言っておくが私は何もしていないぞ!」
ダリウスが皆まで言う前に、アンバーは釘を刺す。カイにあったということは、今日のトラブルも伝わっていると考えたからだ。
一方のダリウスは、呆気に取られた様子だった。
「……まだ何も言っていませんが」
「どうせレインの話だろう?悪気があってα嫌いの少年に近づいた訳では……」
「そうですか」
ダリウスにあっさりとそう言われ、アンバーは拍子抜けする。
「……何故そんな簡単に私の言い分を信じる?」
アンバーはかえって不信がる。αであるアンバーとΩの者がトラブルになったとあれば、今までなら終わりの見えない説教が始まっていたところだ。
「貴方がその少年に暴力や暴言を吐いたという話は聞いていません。カイ様と院長の説明不足と偶然によって起きた事態だと」
アンバーは困惑する。
(こいつは何故聞いたことを鵜呑みにしているのだ?普通なら『やったかもしれない』と言って責められるものだろう?)
訝しげに見つめてくるアンバーに、ダリウスは呆れた様に言う。
「貴方を完全に信用したわけではありませんが、根拠もなく悪者にしたりもしません」
そう言い切ったダリウスの言葉に、アンバーはひゅっと息を呑む。
(こんな若造の癖に……ダリウスの癖に……!)
自分を信じてもらえたことが嬉しかったアンバーは、意に反して目を潤ませていく。
それに気がついたダリウスは戸惑った様に付け加える。
「そ、それに!カイ様が言っていましたから!彼は嘘をつける人じゃない」
泣きそうになっていることを誤魔化す様にアンバーも言い返す。
「やはりか!お前は本当にカイ様が好きだなっ!」
揶揄われて頬を染めたダリウスがアンバーを黙らせようとして大男二人による取っ組み合いが始まったが、長くなるので割愛することにする。
「おじさん、えらいひとだったの?……ぼくしつれーなことした?」
「ごめんなさい……」
今にも泣き出しそうな顔を見て、アンバーは困り果てる。
(子どものあやし方など知らないぞ!?)
天を仰ぎ、ふぅっと息を吐く。そして、アンバーは徐にしゃがみ込むと子ども達と目線を合わせた。
「そうだ、私は偉い人だ。偉いから器が大きい。貴様らが何も悪いことなどしていないのに怒ったりするわけがないだろう」
アンバーは過去の自分を振り返り、
(正直、どの口がこんなことを言っているのだ?)
と思う。
だが、彼とてもう二十代ではない。色々と諦めもつき、色々とコントロールできるようになったのだ。
「して、レイン。私が貴様に何をした?」
レインはビクッと肩を揺らすと、また敵意全開の目で睨む。
「うるさい!お前らがΩをΩだというだけで虐げるように、お前を嫌う理由なんてαってだけで十分なんだよ!」
荒く息をしながらレインは怒鳴った。
(くそっ!こいつのせいで嫌なことばかり思い出す!)
レインは思わずギュッと目を瞑る。
その様子を見下ろすアンバーもまた、動揺を隠そうと必死だった。
(なんで……今、こんな事を思い出さねばならないんだ)
長い沈黙が流れた。
外の強まった雨の音だけがざあざあと響き渡り、誰も何も出来ずその場に立ち尽くす。
「レインおにいちゃん、おじさんとけんかしないで?」
沈黙を破ったのは一人の少女だった。
レインは、不安げな顔で恐る恐る話しかけた少女の方をバッと向くと、切なげに顔を歪ませながらポツリと呟いた。
「お前らまでαの味方するのかよ……」
唇を噛み締めながら踵を返すと、レインは一人二階の部屋へと戻って行った。
「アンバー様……!」
金縛りが解けたかの様に、カイと院長はアンバーの元へ駆け寄る。
「申し訳ありません、彼の……レインの事を伝えていませんでした……」
「実は、彼は過去に……」
事情を説明しようと院長が口を開いたが、アンバーはそれを制止する。
「それは彼の口から聞く事です」
驚いた表情の二人を他所に、アンバーは続ける。
「ですが、とりあえず彼がα嫌いで私を恐れていることだけは分かりました」
アンバーは少し寂しげに子ども達を見つめる。
今日という日は、アンバーにとって悪いものではなかった。しかし、彼は自分の下そうとしている結論が間違っているとも思っていない。
「ここにはもう来ません。彼にもそうお伝え下さい」
そう言ってアンバーは出口へと向かう。まだ雨は降っていたが、アンバーの心とは裏腹に空には光が差し始めていた。
ああそうだ、とアンバーは二人の方へ振り返る。
「今日は、その……。楽しかったですよ」
午後の日差しに照らされ逆光で表情は分からなかったが、そうに言うとアンバーは一人、先に馬車へと戻って行った。
孤児院から戻ると、アンバーは寝台に身を委ねて天井を見上げ続けていた。
「お前を嫌う理由なんてαってだけで十分なんだよ!」
レインのその言葉が何度も思い起こされる。
(何故、私はαに生まれてきてしまったのだろう。兄弟の様にΩに生まれていれば……)
そんな事を考えていたアンバーは、土の廊下を踏む足音が近づいてくるのに気が付かなかった。
「アンバー」
ダリウスの低い声が部屋に響き、アンバーはガタッと音を立てて飛び起きる。
間抜けに寝っ転がっている姿を見られ羞恥にかられるアンバーを他所に、ダリウスは履き物を脱ぎながら話しかけ続ける。
「先程カイ様に会いました。今日は……」
「言っておくが私は何もしていないぞ!」
ダリウスが皆まで言う前に、アンバーは釘を刺す。カイにあったということは、今日のトラブルも伝わっていると考えたからだ。
一方のダリウスは、呆気に取られた様子だった。
「……まだ何も言っていませんが」
「どうせレインの話だろう?悪気があってα嫌いの少年に近づいた訳では……」
「そうですか」
ダリウスにあっさりとそう言われ、アンバーは拍子抜けする。
「……何故そんな簡単に私の言い分を信じる?」
アンバーはかえって不信がる。αであるアンバーとΩの者がトラブルになったとあれば、今までなら終わりの見えない説教が始まっていたところだ。
「貴方がその少年に暴力や暴言を吐いたという話は聞いていません。カイ様と院長の説明不足と偶然によって起きた事態だと」
アンバーは困惑する。
(こいつは何故聞いたことを鵜呑みにしているのだ?普通なら『やったかもしれない』と言って責められるものだろう?)
訝しげに見つめてくるアンバーに、ダリウスは呆れた様に言う。
「貴方を完全に信用したわけではありませんが、根拠もなく悪者にしたりもしません」
そう言い切ったダリウスの言葉に、アンバーはひゅっと息を呑む。
(こんな若造の癖に……ダリウスの癖に……!)
自分を信じてもらえたことが嬉しかったアンバーは、意に反して目を潤ませていく。
それに気がついたダリウスは戸惑った様に付け加える。
「そ、それに!カイ様が言っていましたから!彼は嘘をつける人じゃない」
泣きそうになっていることを誤魔化す様にアンバーも言い返す。
「やはりか!お前は本当にカイ様が好きだなっ!」
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