14 / 29
Ωの少年・レイン
14
しおりを挟む
もうすぐ朝が来る。
来ないで欲しいとどんなに願っても無慈悲に訪れる次の日。
やっと明るくなり始めたばかりの東の空。一番最初の鳥の囀りが聞こえる。空気はひんやりしていて、草木は朝露に濡れてきらきらしていた。
(まだ眠い……)
その少年にとって、それらの光景は決して爽やかなものには映らなかった。
レインは目を擦りながら、家族の誰よりも早くベットを出る。
顔を洗うと、レインが最初に手に取ったのは箒だった。
家族を無闇に起こせば怒鳴り声に、酷ければ拳の一発や二発は飛んでくるかもしれない。
レインは細心の注意を払い、家の奥の方から箒がけを始める。それが終わったら、冷たい水に手を赤く染めながら雑巾をかけ、塵一つ残さず完璧に掃除を完遂した。
それが彼の朝の始まりだった。
ゴミを捨てにいくと、いつも通り同じ様に一人家事をさせられているΩの者たちと出会う。
「レイン大丈夫?手が真っ赤じゃない」
「このくらい平気平気!」
近所に住むΩの少女とすれ違いざまに声を掛け合いながら牢獄にも思える家へと戻る。
Ω差別の色濃く残るこの辺りでは、レインの様な者は決して珍しくなかった。皆いつか解放される時が来る、なんて理想は捨て、日々を淡々と生きていた。
家へ戻り、朝食の支度を始める。お湯を沸かし、パンを焼く。
おかずの卵とベーコンは、父親と兄二人とレインの四人なので、三つだ。勿論、Ωの立場で卵やらベーコンやらを食べさせてもらえるとは、レインは思っていない。
だが、彼は強かだった。
卵は割って解きほぐし、少しだけ残して炒める。ベーコンは、肉自体は諦めるものの残った油を頂戴し、残して置いた僅かな卵を入れて、自分用に一つだけ美味しい卵炒めを作る。
それをそっと部屋に隠すと、最初に作った皆の分を配膳し、父と兄達を起こす。
皆一様に朝の不機嫌さを全面に出し、関係のないレインに八つ当たりする。
(俺だって朝なんか来てほしくねぇよ……)
それでも反抗的な態度など取れるはずもなく、レインは作り笑いを浮かべながらなんとか全員を起こした。
皆、身支度を整え食卓に着く。勿論、レインの席なんてない。
「ほらレイン、これやるよ」
「兄さんは優しいね!ほらレイン、兄さんからの施しだ。ありがたく受け取れよ」
そう言って兄達はニヤニヤしながらレインに小さなパン切れを一枚だけ放る。
「……ありがとうございます。兄さん」
レインのその言葉に、二人は不機嫌そうになる。
「Ωの癖に兄なんて呼ぶな」
「……申し訳ありません」
レインは作り笑いを崩さないようにしながら謝罪する。反応すればするだけ、事態が面倒になることは知っていた。
「レイン、とっとと部屋へ戻れ」
冷たい父親の声がレインにそう告げる。
(はい、父さん……なんて言えばまた面倒なことになるな……)
そう察したレインは、ペコリと一礼だけすると部屋へと歩み出した。
「全く……。Ωの顔なんて見たくもない」
背後で聞こえたその言葉に、レインは傷つかなかった訳ではなかった。
長く伸びた前髪で顔を隠しながら、レインは一人静かな部屋へと戻った。
「……せっかくの卵が冷めちまったな」
作法など教えられてこなかったレインは、側から見れば汚いと思われる様な食べ方で卵を口に運ぶ。
「こんな簡単にちょろまかされるなんて馬鹿な連中だ。馬鹿、馬鹿、バーカ!」
レインは短い食事を終えると、また労働へと戻っていった。
そんな生活は突如終わりを告げた。
それはある夏の日だった。その年は不作続きで、村の者は皆日々の食に困り始めていた。
そして、口減らしにΩを捨て始めた。それは他でもない、レインの家からだった。
(父さんと同じ馬車に乗って遠出なんて、いつぶりだろう)
日が沈み、昼の暑さが引いた道を進む馬車の中、レインはそんなことを考える。第二の性が分かる前、まだただのレインとして愛されていた頃のことを。
そして、オステルメイヤー領との堺の森の中、馬車は止まる。
馬車から連れ出されたレインは、暗がりの中父親の顔色を伺おうと見上げたが、明るい月を後ろに見下ろされそれは叶わなかった。
「父さん……、ここは何処ですか?」
「父と呼ぶな。これからは本当に家族ではなくなるのだからな」
「……え?」
父親のその言葉を、レインは認識できない。
表情の見えない中声だけで察するに、その男はこのことについて深く考えたりはしていなかった。食うに困ったからΩを捨てる。それが当然のことであるかの様に。
「嘘……ですよね?……父さん?」
レインの言葉を否定するかの様に、父親は何も返事をしない。
レインはどさりと膝から崩れ落ちる。それを他所に父親は馬車へと足を向け始めた。
「父さん……?父さん……!」
レインは縋ろうとするが、それよりも早く馬車は走り出す。
真っ暗な森の中、レインの泣き叫ぶ声だけが響き渡っていた。
「ぅっ……」
レインは自身の啜り泣く声で目を覚ます。そこは孤児院のベッドの中で、あの頃の様な寒さもひもじさもない。それでも、あの日の出来事はレインの記憶に深く刻まれていた。
(くそっ……!なんであんな奴の夢!あんな奴、親でも家族でも……)
ぐいっと頬を拭うと、レインは頭まで布団の中に潜り込んだ。
来ないで欲しいとどんなに願っても無慈悲に訪れる次の日。
やっと明るくなり始めたばかりの東の空。一番最初の鳥の囀りが聞こえる。空気はひんやりしていて、草木は朝露に濡れてきらきらしていた。
(まだ眠い……)
その少年にとって、それらの光景は決して爽やかなものには映らなかった。
レインは目を擦りながら、家族の誰よりも早くベットを出る。
顔を洗うと、レインが最初に手に取ったのは箒だった。
家族を無闇に起こせば怒鳴り声に、酷ければ拳の一発や二発は飛んでくるかもしれない。
レインは細心の注意を払い、家の奥の方から箒がけを始める。それが終わったら、冷たい水に手を赤く染めながら雑巾をかけ、塵一つ残さず完璧に掃除を完遂した。
それが彼の朝の始まりだった。
ゴミを捨てにいくと、いつも通り同じ様に一人家事をさせられているΩの者たちと出会う。
「レイン大丈夫?手が真っ赤じゃない」
「このくらい平気平気!」
近所に住むΩの少女とすれ違いざまに声を掛け合いながら牢獄にも思える家へと戻る。
Ω差別の色濃く残るこの辺りでは、レインの様な者は決して珍しくなかった。皆いつか解放される時が来る、なんて理想は捨て、日々を淡々と生きていた。
家へ戻り、朝食の支度を始める。お湯を沸かし、パンを焼く。
おかずの卵とベーコンは、父親と兄二人とレインの四人なので、三つだ。勿論、Ωの立場で卵やらベーコンやらを食べさせてもらえるとは、レインは思っていない。
だが、彼は強かだった。
卵は割って解きほぐし、少しだけ残して炒める。ベーコンは、肉自体は諦めるものの残った油を頂戴し、残して置いた僅かな卵を入れて、自分用に一つだけ美味しい卵炒めを作る。
それをそっと部屋に隠すと、最初に作った皆の分を配膳し、父と兄達を起こす。
皆一様に朝の不機嫌さを全面に出し、関係のないレインに八つ当たりする。
(俺だって朝なんか来てほしくねぇよ……)
それでも反抗的な態度など取れるはずもなく、レインは作り笑いを浮かべながらなんとか全員を起こした。
皆、身支度を整え食卓に着く。勿論、レインの席なんてない。
「ほらレイン、これやるよ」
「兄さんは優しいね!ほらレイン、兄さんからの施しだ。ありがたく受け取れよ」
そう言って兄達はニヤニヤしながらレインに小さなパン切れを一枚だけ放る。
「……ありがとうございます。兄さん」
レインのその言葉に、二人は不機嫌そうになる。
「Ωの癖に兄なんて呼ぶな」
「……申し訳ありません」
レインは作り笑いを崩さないようにしながら謝罪する。反応すればするだけ、事態が面倒になることは知っていた。
「レイン、とっとと部屋へ戻れ」
冷たい父親の声がレインにそう告げる。
(はい、父さん……なんて言えばまた面倒なことになるな……)
そう察したレインは、ペコリと一礼だけすると部屋へと歩み出した。
「全く……。Ωの顔なんて見たくもない」
背後で聞こえたその言葉に、レインは傷つかなかった訳ではなかった。
長く伸びた前髪で顔を隠しながら、レインは一人静かな部屋へと戻った。
「……せっかくの卵が冷めちまったな」
作法など教えられてこなかったレインは、側から見れば汚いと思われる様な食べ方で卵を口に運ぶ。
「こんな簡単にちょろまかされるなんて馬鹿な連中だ。馬鹿、馬鹿、バーカ!」
レインは短い食事を終えると、また労働へと戻っていった。
そんな生活は突如終わりを告げた。
それはある夏の日だった。その年は不作続きで、村の者は皆日々の食に困り始めていた。
そして、口減らしにΩを捨て始めた。それは他でもない、レインの家からだった。
(父さんと同じ馬車に乗って遠出なんて、いつぶりだろう)
日が沈み、昼の暑さが引いた道を進む馬車の中、レインはそんなことを考える。第二の性が分かる前、まだただのレインとして愛されていた頃のことを。
そして、オステルメイヤー領との堺の森の中、馬車は止まる。
馬車から連れ出されたレインは、暗がりの中父親の顔色を伺おうと見上げたが、明るい月を後ろに見下ろされそれは叶わなかった。
「父さん……、ここは何処ですか?」
「父と呼ぶな。これからは本当に家族ではなくなるのだからな」
「……え?」
父親のその言葉を、レインは認識できない。
表情の見えない中声だけで察するに、その男はこのことについて深く考えたりはしていなかった。食うに困ったからΩを捨てる。それが当然のことであるかの様に。
「嘘……ですよね?……父さん?」
レインの言葉を否定するかの様に、父親は何も返事をしない。
レインはどさりと膝から崩れ落ちる。それを他所に父親は馬車へと足を向け始めた。
「父さん……?父さん……!」
レインは縋ろうとするが、それよりも早く馬車は走り出す。
真っ暗な森の中、レインの泣き叫ぶ声だけが響き渡っていた。
「ぅっ……」
レインは自身の啜り泣く声で目を覚ます。そこは孤児院のベッドの中で、あの頃の様な寒さもひもじさもない。それでも、あの日の出来事はレインの記憶に深く刻まれていた。
(くそっ……!なんであんな奴の夢!あんな奴、親でも家族でも……)
ぐいっと頬を拭うと、レインは頭まで布団の中に潜り込んだ。
33
あなたにおすすめの小説
黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています
愛憎の檻・義父の受難
でみず
BL
深夜1時過ぎ、静寂を破るように玄関の扉が開き、濡れそぼった姿の少年・瀬那が帰宅する。彼は義父である理仁に冷たく敵意を向け、反発を露わにする。新たな家族に馴染めない孤独や母の再婚への複雑な思いをぶつける瀬那に、理仁は静かに接しながらも強い意志で彼を抱きしめ、冷え切った心と体を温めようとする。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる