愛を抱えて溺れ死にたい。

日向明

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Ωの少年・レイン

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 もうすぐ朝が来る。
 来ないで欲しいとどんなに願っても無慈悲に訪れる次の日。
 やっと明るくなり始めたばかりの東の空。一番最初の鳥の囀りが聞こえる。空気はひんやりしていて、草木は朝露に濡れてきらきらしていた。
 (まだ眠い……)
 その少年にとって、それらの光景は決して爽やかなものには映らなかった。
 レインは目を擦りながら、家族の誰よりも早くベットを出る。
 顔を洗うと、レインが最初に手に取ったのは箒だった。
 家族を無闇に起こせば怒鳴り声に、酷ければ拳の一発や二発は飛んでくるかもしれない。
 レインは細心の注意を払い、家の奥の方から箒がけを始める。それが終わったら、冷たい水に手を赤く染めながら雑巾をかけ、塵一つ残さず完璧に掃除を完遂した。
 それが彼の朝の始まりだった。
 ゴミを捨てにいくと、いつも通り同じ様に一人家事をさせられているΩの者たちと出会う。
「レイン大丈夫?手が真っ赤じゃない」
「このくらい平気平気!」
 近所に住むΩの少女とすれ違いざまに声を掛け合いながら牢獄にも思える家へと戻る。
 Ω差別の色濃く残るこの辺りでは、レインの様な者は決して珍しくなかった。皆いつか解放される時が来る、なんて理想は捨て、日々を淡々と生きていた。
 家へ戻り、朝食の支度を始める。お湯を沸かし、パンを焼く。
 おかずの卵とベーコンは、父親と兄二人とレインの四人なので、だ。勿論、Ωの立場で卵やらベーコンやらを食べさせてもらえるとは、レインは思っていない。
 だが、彼は強かだった。
 卵は割って解きほぐし、少しだけ残して炒める。ベーコンは、肉自体は諦めるものの残った油を頂戴し、残して置いた僅かな卵を入れて、自分用に一つだけ美味しい卵炒めを作る。
 それをそっと部屋に隠すと、最初に作った皆の分を配膳し、父と兄達を起こす。
 皆一様に朝の不機嫌さを全面に出し、関係のないレインに八つ当たりする。
 (俺だって朝なんか来てほしくねぇよ……)
 それでも反抗的な態度など取れるはずもなく、レインは作り笑いを浮かべながらなんとか全員を起こした。
 皆、身支度を整え食卓に着く。勿論、レインの席なんてない。
「ほらレイン、これやるよ」
「兄さんは優しいね!ほらレイン、兄さんからの施しだ。ありがたく受け取れよ」
 そう言って兄達はニヤニヤしながらレインに小さなパン切れを一枚だけ放る。
「……ありがとうございます。兄さん」
 レインのその言葉に、二人は不機嫌そうになる。
「Ωの癖に兄なんて呼ぶな」
「……申し訳ありません」
 レインは作り笑いを崩さないようにしながら謝罪する。反応すればするだけ、事態が面倒になることは知っていた。
「レイン、とっとと部屋へ戻れ」
 冷たい父親の声がレインにそう告げる。
 (はい、父さん……なんて言えばまた面倒なことになるな……)
 そう察したレインは、ペコリと一礼だけすると部屋へと歩み出した。
「全く……。Ωの顔なんて見たくもない」
 背後で聞こえたその言葉に、レインは傷つかなかった訳ではなかった。
 長く伸びた前髪で顔を隠しながら、レインは一人静かな部屋へと戻った。
「……せっかくの卵が冷めちまったな」
 作法など教えられてこなかったレインは、側から見れば汚いと思われる様な食べ方で卵を口に運ぶ。
「こんな簡単にちょろまかされるなんて馬鹿な連中だ。馬鹿、馬鹿、バーカ!」
 レインは短い食事を終えると、また労働へと戻っていった。

 そんな生活は突如終わりを告げた。
 それはある夏の日だった。その年は不作続きで、村の者は皆日々の食に困り始めていた。
 そして、口減らしにΩを捨て始めた。それは他でもない、レインの家からだった。
 (父さんと同じ馬車に乗って遠出なんて、いつぶりだろう)
 日が沈み、昼の暑さが引いた道を進む馬車の中、レインはそんなことを考える。第二の性が分かる前、まだただのレインとして愛されていた頃のことを。
 そして、オステルメイヤー領との堺の森の中、馬車は止まる。
 馬車から連れ出されたレインは、暗がりの中父親の顔色を伺おうと見上げたが、明るい月を後ろに見下ろされそれは叶わなかった。
「父さん……、ここは何処ですか?」
「父と呼ぶな。これからは本当に家族ではなくなるのだからな」
「……え?」
 父親のその言葉を、レインは認識できない。
 表情の見えない中声だけで察するに、その男はこのことについて深く考えたりはしていなかった。食うに困ったからΩを捨てる。それが当然のことであるかの様に。
「嘘……ですよね?……父さん?」
 レインの言葉を否定するかの様に、父親は何も返事をしない。
 レインはどさりと膝から崩れ落ちる。それを他所に父親は馬車へと足を向け始めた。
「父さん……?父さん……!」
 レインは縋ろうとするが、それよりも早く馬車は走り出す。
 真っ暗な森の中、レインの泣き叫ぶ声だけが響き渡っていた。

「ぅっ……」
 レインは自身の啜り泣く声で目を覚ます。そこは孤児院のベッドの中で、あの頃の様な寒さもひもじさもない。それでも、あの日の出来事はレインの記憶に深く刻まれていた。
 (くそっ……!なんであんな奴の夢!あんな奴、親でも家族でも……)
 ぐいっと頬を拭うと、レインは頭まで布団の中に潜り込んだ。
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