愛を抱えて溺れ死にたい。

日向明

文字の大きさ
17 / 29
蓮の似合わない男

17

しおりを挟む
 蓮灯祭の当日は少し蒸し暑い日となった。
「王命だから来てくれ」という最低の誘われ方だったものの、アンバーはどこか浮かれていた。少なくとも、着ていく服で小一時間悩む程度には。
「暗い紫は……祭りには流石に無いな。だが私に明るい色なんて似合うわけが……」
 ぶつぶつと呟きながら、アンバーは鏡の前で服を合わせては別の服を、と繰り返す。従者に聞いても
「どれもお似合いにございます」
 と定形文が返ってくるばかりで一向に出口が見えない。
「やはり先程の暗い色の方が……」
 アンバーがそう言って振り返ると、そこにはいつの間にかダリウスが立っていた。アンバーは盛大に驚いた様子を見せる。
「いつの間に!……着替え中に来るとは、いささか無礼ではないか?」
 そう言ったアンバーだが、ダリウスに視線でそろそろ時間だと言われ、待たせている手前何も言えなくなる。
「どれで悩んでいるんですか?」
 ダリウスはゆっくりと近づいて来ながらそう言った。
「……この暗い紫か、そっちの薄い緑かだ」
 ダリウスはアンバーと従者からそれぞれを受け取ると、アンバーの肩の辺りから顔を覗かせて鏡の前に立つ彼の身体に服を当てる。
 一、二回交互に当てながら暫くの間じっくりと考えるダリウスの体温が伝わり、アンバーの胸は意図せず跳ねる。
「や、やはり私に明るい色は似合わないよな!」
 聞こえてしまいそうな程の鼓動を掻き消すようにアンバーはそう言ってダリウスの方に視線を向ける。すると「そんなことはない」と言いたげなダリウスと目が合った。一際大きく胸がドキリとしたせいで声が漏れそうになるのをアンバーはなんとか堪える。
「迷われるのも分かりますが、今日はこっちです。薄い蓮の葉の様な色ですし、純粋な感じで似合ってますよ」
「……わかった、今日はこちらにする。すぐに行くから外で待っていろ」
 アンバーは止めようと思ってもにやけてしまうのを、ダリウスにも従者にもバレないようにするのに必死だった。
 (純粋さが似合うなんて言われたことないぞ!?自分には暗い色しか似合わないと思っていたが……あいつが言うなら……)
 今はまだ気まずい最中であったことをようやく思い出したアンバーは、ぶんぶんと頭を振って喜んでしまったことを消そうとする。だが、胸の温かさまで消えることはなかった。

 屋敷を出るまでが嘘のように、移動中は終始無言であった。
 (先程のは、まず屋敷の従者から我々への認識を変える為にやったことだったのか?)
 アンバーがそう思っても仕方がないほど、二人の間に会話はなかった。
 少し気落ちしたアンバーが顔を上げると、そんなアンバーを励ますかの様な柔らかな灯りが見えてきた。よく見るとそれは白と淡いピンクとのグラデーションになった提灯で、紙を透けて出たことでその柔らかな灯りを発していたのだった。
「蓮灯祭は蓮と火を祭る祭りです。なのでこの様に街中に蓮の花の色を模した提灯を吊るします」
 沈黙を破ったダリウスが、徐にアンバーの手を取る。
「そろそろ人が増えてきます。手を繋ぎましょう」
「……仲睦まじそうにしなければいけないからな」
 アンバーの返答は、意に反して不貞腐れた様な嫌味ったらしい言い方になる。それはアンバーにとっても想定外で、自分の気持ちに理解が追いつかないでいた。
 ダリウスは思いがけない返答に戸惑いつつも、自分以上に困惑しているアンバーにを見て、今のは言葉のあやだったのだと認識する。
「いいえ、貴方と逸れたくないからです」
 そう言ってダリウスはアンバーの指と指の間にするりと自分の指を滑り込ませる。
「なっ……!これではまるで恋人ではないか!」
「恋人なのだから当然でしょう?」
 前にもこんな会話をした気がする。そう思いながら、アンバーは言い返すことが出来なかった。
 (そうか……たとえ仮初めであっても私は彼の……)
 ダリウスの骨張った手にああ、こいつもαの男なのだなとアンバーは思う。握った手が汗ばんでいくのはきっと今日が蒸し暑いせいだと、彼は自分に言い聞かせた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...