翼に愛を

亜珠貴

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第二章

獣人の国と少年 (十四)

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「さて、そろそろいい時間だし私は寝るが、君はどうする?」
「僕は夜寝ないから。また庭にでも行くよ」
「そうかい?寝るときはこの部屋に来るといい。シルのところに帰るのも気まずいだろう」
「ありがとう」

 夜宵は礼を告げ、持っていたカップをメイドに手渡して部屋を出た。
 夜宵が部屋を出て扉が閉まるのを見届けたレオナルドは護衛として部屋の外に配置していた騎士を一人部屋に招き入れ、アリアに渡したものと同じ小袋を目の前に差し出す。

「作戦決行だ」

 その一言で騎士の目つきが変わる。
 騎士はそのままレオナルドの部屋を後にし、夜宵の後を追うように庭へ向かった。

「ごめんね、レンから来た可哀想な子……」

 レオナルドはメイドを下がらせ、ベッドに横になった。


 夜宵はレオナルドの部屋を出た後庭へ行こうとしたが、気になってしまいシルヴァンの様子を覗きに行った。
 部屋の前には当然護衛の騎士が立っており誰かが部屋に入るには中にいる部屋の主に声をかけてもらうのがルールとなっている。
 しかし夜宵と港街から連れてきた下男のココはシルヴァンが許可してあるため声をかけずとも自由に出入りすることが出来る。
 夜宵は騎士たちに何も口にしないよう人差し指を立てて口元に近づけるジェスチャーをしながらそっと扉に手をかける。
 音を立てないようほんの少し扉を開けると部屋の電気は消えており、カーテンの開けられた窓からは月明かりが差し込んでいる。
 更に扉を開けて顔を突っ込むと、奥のベッドがこんもりしており、微かに上下に動いている。
 シルヴァンが穏やかに眠っている姿を見て何となく安堵し、音が鳴らないよう細心の注意を払いつつ扉を閉めた。
 部屋の前にいた騎士たちはそんな夜宵の様子に首を傾げたが、夜宵は苦笑いをするだけでその場を去った。
 その後夜宵は庭に出て風を受けながら花を眺めたり星を数えたり、ただただ時間を潰すことだけを考えてウロウロしていた。
 王宮の外に出ることが許されていないのにこの王宮内で行ける場所が限られているせいで、夜宵は暇を持て余している。
 今日はどうやって時間を潰そうか考えていると、少し離れた位置から声がかけられた。
 どうやら彼はレオナルドの部屋の警護をしている騎士らしい。
 彼によると、夜宵がそろそろ退屈しているだろうと予想したレオナルドが行ける部屋を一箇所増やしてくれたのだそう。
 何の部屋か聞いてみたが彼は「着いてからのお楽しみだ」と答えるばかりで教えてはくれない。
 だが既に退屈していた夜宵にはついて行く以外の選択肢は選べず、大人しく騎士から離れないように歩く。
 先程いた庭は、王宮のちょうど中央に広がる広場である。その庭を取り囲むように王族たちの部屋や応接室、謁見の間などがある。
 そこから四方向に枝分かれした廊下の先に客室やその他の部屋が存在する。
 今回夜宵が連れていかれたのはそのうちの一つの廊下を進んだ先であり、夜宵が初めて来た日の宿泊した部屋のある廊下とは別の廊下を進んでいる。
 廊下を進むとザワザワと複数の話し声が微かに聞こえてくる。

「ここです」

 騎士は突き当たりの一番大きな扉に手をかけた。

 それから数日、夜宵の姿が王宮内で見られることが無くなり、さすがにシルヴァンも焦りを募らせていた。
 護衛騎士やメイド達に聞いても夜宵のことは知らぬ存ぜぬで答える者はいない。
 これまで夕食だけはアリアと初めて対面した、たった一日を除いては姿を見せていた。
 それが今では夕飯ですら姿を見せず、シルヴァンの部屋に戻ってきている様子は無い。
 この王宮から跡形もなく夜宵の痕跡が消えてしまったようにも思える。
 夜宵のことがチラつき仕事が手につかなくなってきたのを見計らったように兄のレオナルドがシルヴァンの部屋を訪ねてきた。

「やあ、だいぶ集中できていないようだね。……そういえばあのヒト族の子はどうしたんだい?」
「夜宵は……分からない。居ないんだ、どこにも」
「それは心配だね」

 気が立っているからだろうか、レオナルドの反応に違和感を示したシルヴァンは兄を睨みつける。

「兄上、何か知っていそうな反応ですね」
「鋭いね。まあ知らない訳では無いが、これは彼の為でもあるんだ。だから、そっとしてあげるのが良いんじゃないか?」

 シルヴァンはレオナルドの肩に掴みかかり、さらに苛立ちを露にする。

「話して下さい」
「……シル、君はあの子のことをどうしたい思っている?あの子は悩んでいたんだよ。君に婚約者がいたことも、番が何なのかも何も聞かされないまま知らない土地に来て不安を抱えていた。私はそんな彼に少し手を貸した。今頃楽しく過ごしていることであろう」
「夜宵が……そんな……」
「シル、お前は王族だ。然るべき相手と婚約し子孫を残すことは義務である。あの子は自由にしてやるといい。お前もそれを望んで何も話さなかったのであろう?」

 シルヴァンは唇を血が出そうなほど強く噛んだ。

「夜宵に話さなかったのは、まだその時ではないと思ったからだ。だが今は……。兄上、夜宵に会わせてくれ。夜宵はどこにいる?王宮にはもう居ないのか?王都にはいるのか?まさか王都からも出てしまっているとか……」

 掴んだレオナルドの肩をブンブンと揺すりながら話す様子に、レオナルドは口を結び俯き肩を小刻みに揺らす。

「……兄上?」
「――ぶふッ!あはは!はーあ!そんなにあの子のこと思っているのか?面白い。あのヒト族にそんなに入れ込んで、あの子に何があるっていうのだ?もしかして、ソッチの具合がいいとか?」
「……いくら兄とて今の発言は許しませんよ。取り消してください今すぐに」
「――っ!」

 レオナルドが嘲笑を引っ込めてもシルヴァンの瞳にに滲む怒りは留まらず、レオナルドの肩を掴む手にもどんどん力が込められる。

「そんなにあの子のことが大事なんだ」
「はい」
「後悔するよ?」
「いえ。夜宵と番うことも、アリア嬢との婚約破棄も父上に認めてもらいました」
「……は?」
「夜宵にはここに来る前に番になって欲しいと頼み了承を貰っていますし、父上の了承も貰っています」
「それじゃあ今やってるのって全部無意味……?嘘でしょ……」
「兄上、分かっていただけたのなら早く夜宵の居場所を――」
「わかった、わかったから。僕が悪かったよ。ただ一つ約束してくれ。ヤヨイくんにちゃんと『番』について説明をするんだ。彼は何も理解していないよ」

 レオナルドはシルヴァンを連れて夜宵がいる使用人棟の一つへと足を向ける。
 使用人棟は二つあり、護衛騎士やメイド達が住まう居住区域となっていて騎士やメイドたちは皆ここに住み交代制で業務をこなしている。
 レオナルドが向かった先は騎士たちの居住区域である使用人棟で、突き当たりの大きな扉の前で立ち止まる。
 中からはガヤガヤと騎士たちの楽しげな話し声が漏れている。
 その声に耳を傾けると微かに何を話しているかが聞き取れた。

「んんッ!もう、ダメ……!」
「また緩んでる。限界近いかぁ?……ほら、もっと締めろって」
「っん……くぅっ!」

 聞き覚えのある声が中から聞こえてきて、シルヴァンはレオナルドを押しのけ扉を勢いよく開いた。

「夜宵!!!」

 そこには複数の非番の騎士達が何かを囲って集まっており、その中心に夜宵と相手の獣人が居るようだ。
 シルヴァンは駆け寄り集まった騎士たちをかき分け輪の中心に割り込んだ。
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