ノエル

ひなた

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砂漠の国

19話 サフラン村

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宿を取り、夜になると酒場は一層の賑わいを見せていた。
だが、笑い声の奥に漂うのはどこか刺々しい空気だ。
兵士たちが鎧をつけたまま酒をあおり、酔った声で戦の噂を語り合っている。

「ザハルの南の村がまた襲われたらしいぞ。」
「帝国兵か? いや、盗賊だとよ。今じゃどっちも大差ねぇがな。」

ガルドがジョッキを傾けながら唸った。
「こりゃあ本当にきな臭えな……。ノエル、アリア、覚悟しとけ。
 ザハルに入ったら、今日よりもっと物騒になるぞ。」

アリアは静かに頷いた。
「それでも、確かめたいの。ザハルの人たちがどんな暮らしをしているのか。」

僕は窓の外、国境の方角に目を向けた。
見たことのない世界が、すぐそこにある。
怖さよりも、胸の奥の期待の方が勝っていた。

翌朝、町の門からさらに東へ進み、国境検問所へ向かう。
そこには長い列と緊張した空気があった。
難民らしき人々が荷物を抱えて座り込み、兵士の声が飛び交っている。

「身元を確認する! 通行証を見せろ!」

通行証を差し出し、僕たちは順に呼ばれる。
剣や斧は一時的に封印札を巻かれ、国境警備兵の視線が厳しい。

「問題ない、通れ。」
短い言葉とともに門が開く。

足を一歩踏み出した瞬間、空気が変わった。
道の先には荒れた草原が広がり、遠くに見える建物はどこか寂しげだ。

「ここからがザハル王国か……。」
僕は小さく呟いた。

国境を越えて数日。
荒れた草原を抜けると、小さなオアシスの村が姿を現した。
ひび割れた石壁に囲まれ、真ん中に小さな泉と椰子の木。
それが、この地の命を繋ぐすべてだった。

「ここが……サフランか。」
僕は息をつき、剣を背に預けた。
遠目には穏やかに見えた村だが、近づくにつれて人々の表情が固いのが分かる。
門を守る兵士の鎧は錆び、槍の穂先は欠けていた。

「旅人か? ……用心しろ。この辺りは盗賊が多い。」
警戒心を隠さぬ声で兵士が言う。
通されると、中はひどく寂れていた。
市場の棚は半分以上が空で、子どもたちが水袋を抱えて列を作っている。
誰もが疲れ切った顔をしていた。

「物資が不足しているのね……。」
アリアが小声で呟く。
その横でガルドが腕を組み、重い声を落とした。
「戦争の余波がここまで来てるんだろう。帝国に兵を取られ、盗賊どもも好き勝手に動いてやがる。」

僕は村の子どもたちを見て胸が痛んだ。
グラヴェンで見た孤児たちの姿が重なる。
旅を続ければ、こんな景色をもっと目にするのだろうか。

その夜、歓迎してくれた村人たちと焚き火を囲み、粗末な食事を分けてもらった。
「……どうか、王都まで無事に行けますように。」
老婆の祈る声に、僕は剣の柄を握りしめた。

焚き火を囲んで村人と共に過ごしていた時、突然怒号が響いた。

「火を放て! 食料をよこせ!」

村の門の方で炎が上がり、悲鳴が夜を裂く。
僕は立ち上がり、剣を抜いた。
「盗賊……!」

十数人の男たちが松明を振りかざし、村に雪崩れ込んでくる。
武器は粗末だが、目は飢えた獣のように光っていた。

「ここの連中は本当に容赦ねぇな……!」
ガルドが斧を構え、前へ出る。
アリアが風をまとい、僕の隣に立った。

「ノエル、落ち着いて。私たちが前に出るから、隙を見て援護して。」

「う、うん……!」
心臓が速く打つ。それでも、体は動いた。

最初に飛び込んできた盗賊を、ガルドが斧で弾き飛ばす。
火花が散り、地面が揺れるような一撃。
「次は誰だ!」

背後から迫る二人に、アリアの風が走る。
突風が砂を巻き上げ、盗賊たちが目を押さえて転げた。
その隙に僕は一人の腕を狙って斬り下ろす。
浅い傷だが、盗賊は武器を取り落として逃げ出した。

「っ……!」
息が荒い。
だが逃げていく背中を見て、剣を持つ手に力が戻った。

「怯ませりゃ勝てる! 気合いだ、ノエル!」
ガルドの声に押され、僕はもう一歩踏み込む。

残りの盗賊は仲間が倒されるのを見て怯み、やがて夜の砂漠へと退いていった。

村人たちは胸を撫で下ろし、僕たちに深く頭を下げた。
「本当にありがとう……もしあんたたちがいなかったら、村は焼かれていた……。」

火の残り香が漂う中、僕は剣を見下ろす。
刃には血がついていた。
怖さも、手の震えも消えてはいない。
けれど、村を守れたという事実が胸に残っていた。

アリアが小さく微笑んだ。
「よくやったわ、ノエル。……これも、あなたが見たかった“世界”のひとつよ。」

僕は焚き火に照らされる村人の顔を見つめ、深く息を吸った。
「……僕は、もっと知りたい。この国が抱えてるものを。」

その言葉は、王都へと進む決意に変わっていった。
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