ノエル

ひなた

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砂漠の国

21話 カル=セラム

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砂漠を抜けた先、広大なオアシスを抱え込むようにして大都市が広がっていた。
それが、ザハル王国でも有数のオアシス都市──カル=セラム。

城壁は黄土色の石で積み上げられ、塔の上には三日月を模した旗が風に揺れている。
門の前にはキャラバンが列をなし、砂漠の旅人や獣人たちが荷を下ろして検問を受けていた。

「すご……!」
僕は思わず声を漏らした。
見渡す限り、砂漠民の褐色の肌や色鮮やかな衣装、
それに混ざってトカゲの尾を揺らす獣人たちが忙しそうに歩いている。

「ここがカル=セラム……思った以上に賑やかだな。」
ガルドが感心したように腕を組む。

アリアは街を吹き抜ける熱風に髪を揺らし、目を細めた。
「でも……笑顔が少ないわ。みんな、どこか急いでる。」

確かに、人々の足取りには落ち着きがなく、商人たちの声にも張り詰めたものがある。
遠くの広場では、星と月の神に祈りを捧げる歌が響いていたが、どこか切実で、胸に重くのしかかってきた。

「……帝国の船団が近海に現れたって話、やっぱり本当なんだろうな。」
ガルドが低く呟く。
その言葉に、僕は砂漠の灼熱とは別の汗を背に感じた。


街に入ると、途端に香辛料と果実の甘い香りが鼻をくすぐった。
砂漠の熱気の中でも、通りは活気に包まれている。
色とりどりの天幕が並び、褐色の商人や獣人たちが大声で客を呼び込んでいた。

「砂糖漬けのナツメはいらんか! 甘くて元気が出るぞ!」
「銀の細工だ! 星の女神が見守る守り飾りだ!」

「うわぁ……すごいね!」
僕は目を輝かせて屋台を見渡した。
砂で磨かれたガラス細工、煌めく布、香料の壺……どれも異国の光を放っている。

けれど、ふと気づいた。
──笑い声が少ない。
明るく声を上げる商人の目にも、どこか焦りが宿っていた。
通りの隅では、白い頭巾をかぶった女性が小さな子どもを抱きしめて祈っている。

「……祭りの名残だな。」
ガルドが呟いた。
「昔はこの時期、星の女神に感謝する大祭があったらしい。
 でも今じゃ、祈りの声より不安の声が多い。」

通りの中央には、大きな石像が立っていた。
双子の神──サハルとザリフ。
片方は星を掲げ、もう片方は月を抱いている。
その足元には、風に消えかけた花と、枯れた供物が並んでいた。

アリアが足を止め、静かに両手を胸の前で組んだ。
「……それでも、みんなまだ信じてる。
 夜明け前が一番暗いって、きっと分かってるのね。」

僕はそんなアリアの横顔を見つめながら、
この街の人々の“強さ”と“儚さ”を同時に感じていた。

市場の喧騒が静まり、街の灯りが赤く滲む頃。
僕たちはカル=セラムでも有名な酒場《月影の盃》にいた。

砂漠の街らしく、酒は甘く、香料の香りが強い。
ランプの灯りが壁に映り、どこか寂しげな影を揺らしていた。

「戦の噂、ここに来れば早いって聞いたけど……。」
アリアが低く言う。
ガルドはグラスを傾け、重い声で答えた。
「兵士の出入りが多いからな。耳を澄ませてみろ、どいつもこいつも戦の話ばっかだ。」

確かに、周りの客たちはみんな同じ方向の話をしていた。
「帝国の軍船が海岸に現れたらしい」
「北の砦が落ちた」
「王都は次の標的だ」
どの話も曖昧だけど、重苦しい空気だけは確かに漂っていた。

その時、隣の席から大きな笑い声が聞こえた。
酔いで真っ赤になった顔の男が、ワインの瓶を片手に立ち上がる。

「よぉ、旅人! あんたらも戦の噂を聞きに来たクチかぁ?」

「……まぁ、そんなところだよ。」
僕がそう答えると、男はどっか懐かしそうな笑みを浮かべた。

「戦なんて、もう何度目だ……俺ぁ若いころも前線に出たんだぜ。
 その時は“砂漠の守り手”なんて呼ばれてよぉ……」

そう言って、男は空のグラスを見つめた。
「でもな、今の戦は違う。敵は炎をまとう化け物だ。
 剣で斬っても、槍で突いても、燃やされるだけだ。」

「炎……?」
僕が息を呑むと、男は肩を震わせて笑った。

「笑うだろ? でも見たんだ、港の兵士がな……
 人が、燃えながら笑ってたんだ。」

その声は酔いのせいだけじゃなく、どこか震えていた。
酒場のざわめきが遠のき、僕の胸に冷たいものが落ちてくる。

「帝国の“紅蓮の兵”か……。」
ガルドが低く呟いた。

男はふらりと立ち上がり、よろめきながら出口へ向かった。
「……この国はもうすぐ燃える。俺はそれを、もう一度見るんだろうな。」

その背中を、誰も引き止めなかった。
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