ノエル

ひなた

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砂漠の国

38話 風の帰路

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空は澄んでいた。
赤に染まり続けていた世界がようやく落ち着きを取り戻し、
風が、再び命を運んでいた。

ノエルは丘の上で立ち止まり、
遠くに霞むカノン遺跡の影を見つめる。

「……風の匂いが、戻った。」

その言葉に、アリアが隣で微笑む。
「うん。灰の匂いじゃなくて……生きてる風。」

その背後には、瓦礫と砂に埋もれた遺跡。
もう何も動くことはないはずだった。
けれど、ノエルにはまだ――
風の奥に、かすかな“熱”を感じていた。




数日後。
荒野の外れ、静かな岩場で三人は焚き火を囲っていた。

炎が揺れ、夜空に星が滲む。
アリアは焚き火を見つめたまま、ぽつりと呟いた。

「ねぇ、ノエル。あの子……リディアは、最後、笑ってたね。」

「うん。たぶん、僕たちに“託した”んだと思う。」

「託した?」

ノエルは炎に手をかざした。
指先を掠める風が、温かかった。

「炎は願いだって言ってた。
 誰かを守りたいとか、届きたいとか。
 ……だから僕は、それを閉じただけで終わりじゃない。
 いつか、また吹く風が、それを運んでいくんだと思う。」

アリアは優しく笑い、
ヴァルンは静かに火を見つめていた。

「……あの子も、きっとそれを望んでた。」
彼の声は、夜の風に消えていった。



数週間後。
ルーナリア王国の王都ルミネルは、久しぶりに穏やかな光を取り戻していた。

街の鐘が鳴り、広場には人々の笑い声が響く。
露店の香辛料の匂い、鍛冶屋の金槌の音。
どれも懐かしく、温かかった。

ガルドが伸びをして笑う。
「いや~、戦場じゃねぇ風ってのは、やっぱいいな!」

アリアが肩で笑う。
「ほんと。風がちゃんと“優しい”もん。」

ヴァルンは少し後ろを歩きながら、静かに街を見渡していた。
戦が終わったこの景色の中にも、どこかにまだ“熱”が残っているように見えた。



報告のために王城へ向かう途中、
兵士たちの声が耳に入る。

「……ヴァルカン帝国、また動き始めてるらしい。」
「まじかよ。もう懲りたと思ってたのに。」
「紅蓮の兵がいなくなって、攻めてこなくなっただけだ。連中、戦力立て直してるらしいぜ。」

ノエルが足を止めた。
アリアとヴァルンも顔を見合わせる。

「……戦争は、終わってないのか。」
アリアの声がかすれる。

ヴァルンは短く首を振る。
「いや。“止まってる”だけだ。
 紅蓮の兵を失って、帝国は今、息を潜めてる。」

ノエルは空を見上げた。
雲ひとつない青空の中に、
一筋の薄い煙が東の地平線へ伸びている。

「……炎は消えたと思ってたけど、
 眠ってるだけかもしれない。」

「眠る炎、ね。」
アリアがその言葉を繰り返すように微笑んだ。
「だったら、風が目を覚まさせる前に――
 ちゃんと、見届けないとね。」

ヴァルンがゆっくり頷いた。
「そうだな。今度こそ、迷わずに。」

三人の間を風が抜ける。
温かく、どこか切ない風だった。


そのとき、遠い東の空で光が揺らめいた。
赤い光――
まるで、再び“心臓”が鼓動を打つように。

だが、それに気づいた者は誰もいなかった。

ただ、風だけが知っていた。
まだこの世界のどこかで、
炎が眠っていることを。
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