ノエル

ひなた

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砂漠の国

37話 炎の底へ

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赤い光が収まったあと、世界は息を潜めていた。
空の赤が地下の奥底にまで染み込み、
大地の心臓が脈を打つような振動が、靴底から伝わってくる。

風は吹かない。
けれど、熱の流れが確かに“生きている”。
まるでこの地そのものが、ゆっくりと呼吸しているようだった。

ヴァルンが前に出る。
その背中に、誰も言葉をかけられなかった。

「ここが……始まりの場所だ。」

彼の声は、どこか懺悔のようだった。
崩れた階段を降りるたびに、
壁の紋様が赤く光り、彼らの影が長く伸びていく。



足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
静寂ではない。
遠くで何千という囁きが、重なり合って流れている。
聞き取れない声。けれど、確かに“誰かが呼んでいる”。

「……この声、聞こえる?」
アリアの瞳が揺れる。
「うん……まるで、誰かの記憶が風になってるみたい。」

ノエルも立ち止まり、耳を澄ます。
その瞬間、視界の端で“影”が動いた気がした。

振り返っても、誰もいない。
ただ、壁の紋様がゆっくりと形を変え、
映像のように、紅い光を映し出していた。



『……第十二層、制御不能。被験体が暴走。
 抑制陣、崩壊中――!』

焦げた音、鉄の軋み、悲鳴。
そして、赤い光。

『彼らは……“神”になれるはずだったんだ!!』

ヴァルンは立ち尽くしていた。
その目に、絶望と怒りが宿る。

「俺は……ここで、この記録を護っていた。
 この“実験”を守るために、命令で動いていた。
 守るべきものを、間違えていたんだ。」

アリアが小さく首を振る。
「間違いじゃない。……あなたが、生きている。
 それが、証明してる。」

彼女の言葉が消えると同時に、
壁の光が再び強く輝き始めた。



回廊の突き当たり。
広間が開けていた。

その中心には、巨大な魔法陣が刻まれている。
複雑な幾何模様が螺旋を描き、
その線の上を、紅の光が流れていた。

床はまるで血管のように光を放ち、
中央の黒い祭壇を照らしている。

祭壇の上には、水晶の棺。
その中に横たわるのは――
白い髪の少女。

その肌は淡く光り、
胸のあたりで微かに呼吸のような光の波が揺れている。

アリアが声を失った。
「……生きてる……?」

ヴァルンはゆっくりと棺へ歩み寄る。
「いや……生かされてる。
 “紅蓮”の核として、永遠に燃え続けている。」

彼の瞳が震えた。
「この子は、リディア。俺の妹だ。」

沈黙が落ちる。
その名前を告げた瞬間、
棺の紅い光が一段と強くなった。



『……ヴァルン……また、来たの?』

空気が震えた。
棺の中の唇がわずかに動き、
声が直接、ノエルたちの心に響いた。

アリアが一歩退く。
「心に……直接……!」

ヴァルンの膝が床につく。
「……リディア……すまない、俺は――」

『謝らないで。
 私は、あなたの中でまだ生きてる。
 炎は、止まらない。誰かがそれを望む限り。』

ノエルは息を呑んだ。
「……“炎”が、人の意志なのか……?」

リディアの声が微かに笑う。

『炎は願い。
 誰かを守りたい、誰かに届きたい。
 それが歪んだとき、人は“紅蓮”になるの。』

アリアの頬に涙が伝う。
「……こんな形で、まだ祈ってるなんて……。」



そのとき、棺の光が爆ぜた。
空間全体が赤く染まり、熱が奔流となって押し寄せる。

魔法陣が回転を始め、
床が軋み、壁が鳴き声をあげた。

ヴァルンが立ち上がり、叫ぶ。
「止めろっ!! もう十分だ!!!」

『炎は、止まらない。
 “鍵”が、開かれるまで――』

ノエルの短剣が共鳴するように光った。
刃から風が吹き出し、炎の奔流とぶつかる。
赤と青が絡み合い、世界が引き裂かれるような音が響いた。

「ノエルッ!!」
アリアの声。
だが、ノエルは動きを止めない。

「……僕が、“鍵”なら……閉じるよ。
 この炎を、終わらせるために!」

紅蓮の炎が螺旋を描き、彼の身体を包む。
一瞬、彼の視界に無数の光景が流れ込んだ。

帝国の実験。
燃える都市。
そして――リディアの微笑み。

『お願い、ノエル。
 私の願いを、風に返して。
 炎のままじゃ、届かないから。』

ノエルは短剣を握りしめ、目を閉じた。

「……風よ、すべてを還して。」

風が吹いた。
灰を舞い上げ、炎を裂き、
空間を満たしていた赤が一瞬にして掻き消える。



風の中で、ヴァルンが膝をついた。
棺は、もうそこにはなかった。
リディアの姿は、光の粒となって風に溶けていた。

「……ありがとう、兄さん。」
その声だけが、確かに届いた。

ヴァルンの頬を、風が撫でた。
初めて、この地に“風”が吹いた。



ノエルは空を見上げ、深く息を吸った。
「……終わった、のかな。」

アリアが静かに頷く。
「終わりじゃないよ。
 この風が吹く限り、始まり続けるんだと思う。」

ヴァルンは、目を閉じて微笑んだ。
「……あの子の願いが、そうだったからな。」

天井の裂け目から差し込む光が、
彼らの肩を包んだ。

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