ノエル

ひなた

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砂漠の国

36話 赤の眠り

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リオナの村を出て七日。
風は再び止まり、空が血のように赤く染まり始めた。

「……もう、草一本もない。」
アリアが呟いた。

地面はひび割れ、
灰と黒砂が混じって硬くこびりついている。
ときおり地面の奥から、
“呼吸するような振動”が伝わってくる。

ガルドが耳を澄ませた。
「地鳴りか?」
「違う。」ヴァルンの声が低い。
「これは……生きてる音だ。」

ノエルが足を止め、地面に手をつけた。
温かい。
まるで、巨大な心臓の上に立っているような感覚だった。

やがて、視界の先に黒い影が見えてきた。
折れた塔、崩れた石橋、沈んだ広場。
そのどれもが、かつて研究施設だった建物の跡だった。

「これが……カノン遺跡。」
ノエルの声が震えた。

アリアが手を合わせる。
「……この場所、風が祈りを拒んでる。」

「そりゃそうだろ。」
ガルドが言った。
「こんなもん、人の作った墓場だ。」

ヴァルンは黙って前に出た。
その足元には、焦げた金属の装甲片。
裏には見覚えのある刻印があった。

「帝国第七師団……。
 俺が、かつて所属していた部隊だ。」

ノエルとアリアの目が一斉にヴァルンへ向く。
けれど、彼はその視線を受け止めたまま言った。

「隠すつもりはなかった。
 俺は、紅蓮計画の護衛官としてここにいた。
 ……紅蓮の兵を守るための、剣だった。」

「ヴァルン……」
アリアが息を飲む。

「けど、それが何を意味するかを知ったときには、もう遅かった。
 炎は止まらず、研究者も兵も、すべて燃え尽きた。
 そして俺だけが、生き残った。」

ノエルは拳を握った。
「それでも……今、こうしてるのは、後悔してるからだろ?」

ヴァルンの瞳が、かすかに揺れた。
「……後悔だけじゃない。
 “あの子たち”の声が、まだこの地に残っている。」

夜になると、空が一層赤くなった。
風が吹かず、音もない。
それでも地面の割れ目から、微かに赤い光が漏れていた。

ノエルが慎重に近づくと、
光は呼吸するように明滅していた。

「……これ、魔力の残滓?」
アリアが呟く。

「いや、違う。」ヴァルンの声が硬い。
「これは、“生きた炎”だ。
 紅蓮計画で生み出された魔導生命――
 人と炎の境目が、ここに埋まってる。」

突然、ガルドが警戒の声を上げた。
「動いたぞッ!!」

地面の奥から、何かが這い出してくる音。
ノエルが短剣を構え、目を凝らす。

――それは、人の形をしていた。

しかし、皮膚は灰に覆われ、
両目だけが赤く光っている。
腕には鎖が巻かれ、胸には帝国の印。

「……紅蓮の残滓(ざんし)……?」
アリアが息を呑む。

その影がゆっくりと顔を上げ、
焦げた唇の隙間から声を漏らした。

「……ヴァ……ルン……?」

「な……っ」
ヴァルンの目が見開かれた。
「……まさか、お前は――!」

その瞬間、地面が脈動した。
赤い光が一斉に広がり、
周囲の瓦礫が宙に浮かび上がる。

ノエルが叫んだ。
「離れろ!!!」

爆風。
風のない空気が裂け、世界が赤に染まった。

気づけば、ノエルは瓦礫の影に倒れていた。
視界の半分が赤く染まっている。
耳鳴りの中、アリアの声がかすかに届く。

「ノエルっ! 大丈夫!?」
「う、うん……ヴァルンは!?」

炎の向こうで、ヴァルンが立っていた。
その身体を、赤い光の鎖が絡め取っている。
光は、まるで彼を“呼び戻す”ように脈打っていた。

「やめろ……俺は、戻らない……!」

その声が、風のない空間に響いた。
けれど、その手の甲に刻まれた紅の紋様が、
燃えるように明るく輝いた。



風が止まり、時間が凍る。
ノエルは立ち上がり、
燃え盛る空を見上げた。

「……これが、“紅蓮”の目覚め……。」

アリアが呟いたその瞬間、
遠くで雷のような轟音が響いた。
空が割れ、赤い閃光が夜を裂いた。

それはまるで、
この地そのものが“目を覚ました”ようだった。
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