ノエル

ひなた

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シルヴェイン王国

44話 乱れる風

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朝、フェリアの街は霧に包まれていた。
橋から吊るされた風鈴が微かに鳴り、
森を渡る風が柔らかく木々を撫でていく。

ギルドの前で、ノエルたちは依頼主の男と合流していた。
頬に風焼けの跡を残した男は、木箱を指さしながら言う。

「この資材を北のリシェルまで運んでほしい。
 建材と薬草だ。途中で風の流れが乱れる場所があるから、そこを抜けるまでは気を抜かないでくれ。」

「風が乱れる……って、異常気象が起こるって噂の?」
アリアの問いに、男は苦い顔で頷く。

「森の奥じゃ、鳥の声すら聞こえねぇ。
 この国で異常気象なんざ、そうそうあることじゃねぇんだがな。」

ノエルは短剣の柄に指をかけたまま、木立の方を見やった。
静寂の中に、確かに“何か”が息を潜めている気がする。


フェリアを出てから、すでに三日。
道は緩やかに北へと延び、森と丘の境を縫うように続いていた。
空は灰色がかり、太陽は雲の奥に滲んでいる。

「……風向きが変わったね。」
アリアが小さく呟く。
ノエルは頷きながら、冷たい空気を吸い込んだ。

ほんの数日前まで、
この季節のシルヴェインは柔らかな風と陽光に包まれていたはずだった。
けれど、今は違う。
風は渦を巻き、冷気と熱気が交互に襲ってくる。

「まるで季節が喧嘩してるみたいだ。」
ガルドがぼやく。
「こんな気候じゃ木も育たねぇだろう。」

荷車を引く馬が鼻を鳴らす。
その鬣が、不規則な風に煽られては乱れ、落ち着かない。



午後になると、雨が降り始めた。
最初は霧のような細雨だったが、すぐに突風と雷が混ざり始める。
雲が渦を巻き、遠くの森を叩きつけている。

「この風……おかしい!」
アリアが叫んだ瞬間、轟音と共に枝が弾け飛ぶ。
荷車が大きく揺れ、馬が悲鳴を上げた。

ノエルは咄嗟に手綱を掴み、仲間に叫ぶ。
「森の中に避難する! 開けた場所は危険だ!」

ガルドが荷を押さえながら頷く。
「だが森ん中も危ねぇぞ! 倒木が来る!」

風が狂ったように唸り、雷が木々の間を裂く。
空が怒っているようだった。

ノエルは短剣を抜き、前に出る。
風の流れが見えた気がした――けれど、それは不規則に跳ね回っていた。
まるで何かが“風を暴れさせている”。

(これは……自然の風じゃない。)

アリアが詠唱を唱える。
周囲に防御の風が生まれ、枝や飛沫を弾いた。
だがそれすら、上空の乱気流に引き裂かれる。

「アリア、維持を!」
「やってるけど、風がぶつかってくるの!」

ガルドが肩で息をしながら叫ぶ。
「嵐ってレベルじゃねぇ! まるで“怒ってる”みてぇだ!」

その言葉にノエルの胸がざわめいた。

怒り――風が怒っている?
そんな馬鹿な。
けれど、この嵐には確かに“意志”のようなものがある。

空が鳴り、稲妻が地を裂いた。
その閃光の中、一瞬だけノエルは見た。

――風の渦の中心で、何か黒い影が浮かんでいた。



嵐が去ったのは夜更けだった。
森の中に倒木が散乱し、道は見えなくなっている。
荷車は何とか無事だったが、馬は怯えて動けなかった。

焚き火を起こし、濡れたマントを乾かしながら、
ノエルはぽつりと呟く。

「……あの風、自然じゃなかった。」

アリアが頷く。
「感じた。風が生きてるみたいだった。
 それも、何かに“支配されてる”ような……。」

依頼者が呟いた
「ああ。風が狂って森を壊す。
 ここ数ヶ月、北の方で似た現象が続いてるらしい。」

ノエルはしばらく黙って炎を見つめた。
火が揺れるたびに、森の奥の影がちらつく。

(……もしこれが自然現象じゃないなら。
 誰かが、意図的に“風”を壊している。)

嵐の残り香がまだ空気に漂っていた。
冷たく、どこか怒りにも似た気配とともに。
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