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シルヴェイン王国
46話 風の塔
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昼過ぎ、霧がゆっくりと晴れていく。
到着したときは白い霞の中に沈んで見えたリシェルの街が、
ようやくその姿を現しはじめていた。
湖面に伸びる無数の桟橋と、
浮島のように点在する家々。
太陽の光を受けて、
濡れた木の板が金色に光る。
「……まるで水の上に街が咲いてるみたい。」
アリアが思わずつぶやいた。
「綺麗だが、静かすぎるな。」
ガルドの言葉には警戒の色が混じっていた。
ノエルは橋の上に立ち、
街を見渡した。
屋根の一部は吹き飛び、
崩れた橋の下には割れた板が浮かんでいる。
それでも、湖上のあちこちで人の姿が見えた。
板を運ぶ者、縄を編む者、子どもたちが水をくむ姿。
人々の手が、壊れた街に少しずつ命を戻していく。
「思ったより……活気がある。」
ノエルが呟く。
「嵐なんて慣れっこなんでしょうね。」
アリアは柔らかく微笑んだ。
「それでも、ちゃんと動いてる。」
風はまだ弱く、
旗も風見もほとんど揺れていない。
けれど、湖面にはかすかな波紋が広がっていた。
市場は、嵐の爪痕を残しながらも再び開かれ始めていた。
露店の棚に並ぶのは乾燥果実や薬草、
そして風鈴や祈り布。
子どもが割れた風鈴のかけらを拾っていると、
店主の老婆が微笑みながらそれを受け取り、
修理してやると約束した。
そんな何気ないやり取りが、
街に少しずつ“日常”を取り戻していた。
ノエルは屋根の上で働く職人たちを見上げながら言った。
「みんな、壊れたままにはしないんだね。」
湖の方からかすかな鐘の音が響いた。
風の塔一一
リシェルの中心にそびえる白い塔が、
太陽を受けて鈍く光っていた。
塔へ続く長い桟橋には、
風祈りの布が吊るされている。
いつもなら穏やかな風に踊るはずの布は、
いまは重たげに垂れ下がり、まるで眠っているようだった。
「……ほんとに動いてねぇな。」
ガルドが呟く。
「風導の塔が止まるなんて、何十年ぶりだそうです。」
アリアが静かに答える。
「風の流れが塔まで届かなくなってる。まるで、どこかに吸い込まれてるみたい。」
塔の根元に建つ小さな神殿では、
白衣の巫女たちが静かに祈りを捧げていた。
祈祷布には焦げた跡が残り、
湖面には折れた風鈴がいくつも浮かんでいる。
その中のひとり、若い巫女がノエルたちに気づいた。
「……外から来られた方ですね。」
「塔を見に来た。王都の調査団の件も聞いた。」
ノエルが言うと、巫女は眉をひそめる。
「……彼らは塔の上層部で観測をしていました。
けれど、突然“風の向きが反転した”と。」
「反転?」
アリアが問い返す。
「はい。塔の中で風が吹き上がるはずが、
今は下へ――湖底の方へ吸い込まれているんです。
まるで、森の異変がここまで届いているかのように。」
ノエルが息を呑む。
「北の森……リオンの谷か。」
巫女は頷く。
「そこから流れてくる“風の歪み”が塔の風脈を乱しているのかもしれません。
塔も、森と同じ流れで繋がっていますから。」
ガルドが腕を組み、低く言った。
「つまり、森の中で風が逆流してるせいで、
この街までおかしくなってるってことか。」
「……はい。」
巫女は苦しげに視線を落とした。
「風はもともと、命と同じように循環しているものです。それが止まり、逆に吸われている。
このままでは――風そのものが失われてしまう。」
ノエルは空を見上げた。
塔の金の輪は、静止したまま陽光を反射していた。
「なら、行くしかないな。風の流れが途切れてる場所へ。」
巫女はノエルの瞳を見つめ、
小さく頷いた。
「……リオンの谷は精霊の眠る地。
でも、あなたたちなら――風が導くかもしれません。」
その瞬間、
湖面を渡るかすかな風が頬を撫でた。
止まっていた祈り布が、わずかに揺れる。
それはまるで、
“行け”と囁く声のようだった。
到着したときは白い霞の中に沈んで見えたリシェルの街が、
ようやくその姿を現しはじめていた。
湖面に伸びる無数の桟橋と、
浮島のように点在する家々。
太陽の光を受けて、
濡れた木の板が金色に光る。
「……まるで水の上に街が咲いてるみたい。」
アリアが思わずつぶやいた。
「綺麗だが、静かすぎるな。」
ガルドの言葉には警戒の色が混じっていた。
ノエルは橋の上に立ち、
街を見渡した。
屋根の一部は吹き飛び、
崩れた橋の下には割れた板が浮かんでいる。
それでも、湖上のあちこちで人の姿が見えた。
板を運ぶ者、縄を編む者、子どもたちが水をくむ姿。
人々の手が、壊れた街に少しずつ命を戻していく。
「思ったより……活気がある。」
ノエルが呟く。
「嵐なんて慣れっこなんでしょうね。」
アリアは柔らかく微笑んだ。
「それでも、ちゃんと動いてる。」
風はまだ弱く、
旗も風見もほとんど揺れていない。
けれど、湖面にはかすかな波紋が広がっていた。
市場は、嵐の爪痕を残しながらも再び開かれ始めていた。
露店の棚に並ぶのは乾燥果実や薬草、
そして風鈴や祈り布。
子どもが割れた風鈴のかけらを拾っていると、
店主の老婆が微笑みながらそれを受け取り、
修理してやると約束した。
そんな何気ないやり取りが、
街に少しずつ“日常”を取り戻していた。
ノエルは屋根の上で働く職人たちを見上げながら言った。
「みんな、壊れたままにはしないんだね。」
湖の方からかすかな鐘の音が響いた。
風の塔一一
リシェルの中心にそびえる白い塔が、
太陽を受けて鈍く光っていた。
塔へ続く長い桟橋には、
風祈りの布が吊るされている。
いつもなら穏やかな風に踊るはずの布は、
いまは重たげに垂れ下がり、まるで眠っているようだった。
「……ほんとに動いてねぇな。」
ガルドが呟く。
「風導の塔が止まるなんて、何十年ぶりだそうです。」
アリアが静かに答える。
「風の流れが塔まで届かなくなってる。まるで、どこかに吸い込まれてるみたい。」
塔の根元に建つ小さな神殿では、
白衣の巫女たちが静かに祈りを捧げていた。
祈祷布には焦げた跡が残り、
湖面には折れた風鈴がいくつも浮かんでいる。
その中のひとり、若い巫女がノエルたちに気づいた。
「……外から来られた方ですね。」
「塔を見に来た。王都の調査団の件も聞いた。」
ノエルが言うと、巫女は眉をひそめる。
「……彼らは塔の上層部で観測をしていました。
けれど、突然“風の向きが反転した”と。」
「反転?」
アリアが問い返す。
「はい。塔の中で風が吹き上がるはずが、
今は下へ――湖底の方へ吸い込まれているんです。
まるで、森の異変がここまで届いているかのように。」
ノエルが息を呑む。
「北の森……リオンの谷か。」
巫女は頷く。
「そこから流れてくる“風の歪み”が塔の風脈を乱しているのかもしれません。
塔も、森と同じ流れで繋がっていますから。」
ガルドが腕を組み、低く言った。
「つまり、森の中で風が逆流してるせいで、
この街までおかしくなってるってことか。」
「……はい。」
巫女は苦しげに視線を落とした。
「風はもともと、命と同じように循環しているものです。それが止まり、逆に吸われている。
このままでは――風そのものが失われてしまう。」
ノエルは空を見上げた。
塔の金の輪は、静止したまま陽光を反射していた。
「なら、行くしかないな。風の流れが途切れてる場所へ。」
巫女はノエルの瞳を見つめ、
小さく頷いた。
「……リオンの谷は精霊の眠る地。
でも、あなたたちなら――風が導くかもしれません。」
その瞬間、
湖面を渡るかすかな風が頬を撫でた。
止まっていた祈り布が、わずかに揺れる。
それはまるで、
“行け”と囁く声のようだった。
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