25人の子供たち

ひなた

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4話

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翌日の夕方、藤崎は車を停めて森の入口に立っていた。
昼間の陽射しはすでに消え、
霧が山の斜面を伝って、足もとまで降りてきている。

昨日、用務員の佐々木が言った言葉が頭に残っていた。
──「柏木先生は、まだこの学校が旧校舎だった頃の人だ」

その場所を地図で確かめたとき、
薄く影のように残った四角い跡が目に入った。
もう誰も通わないはずの、星ヶ丘の“もうひとつの学校”。

枯葉を踏みしめながら坂を登ると、
やがて木々の隙間に黒ずんだ屋根が見えた。
校舎は森の奥に沈むように建っていた。
板壁は灰色に変色し、窓ガラスはひび割れ、
扉の上の古びた看板だけがかろうじて読めた。

星ヶ丘小学校。

手で払うと、木の粉と埃が舞い上がった。
その下に、小さく「平成二年改修」と刻まれている。
つまり、春斗が生まれるより前に、
すでにこの場所は“過去”になっていた。

扉を押すと、重い音が鳴った。
湿った空気が流れ込み、藤崎の頬を撫でた。
廊下は思ったよりも長く、
床板の軋みが、まるで心臓の鼓動のように響く。

壁には、色あせた掲示物が残っていた。
「がんばろう 星ヶ丘小学校」
クレヨンで描かれた笑顔の絵。
それが、妙に胸に引っかかった。


廊下の突き当たりに、
割れた窓から夕陽が射している教室があった。
その光の中に、何かがきらりと光った。

近づいて拾い上げる。
子供たちと若い男性教師が笑って写っていた。
藤崎は息を呑んだ。
写真の一番端、木の影の中に、
数えきれないほどの小さな手が重なっているように見えた。

風が吹いた。
校舎の奥から、どこかで誰かが
チョークを走らせるような音が聞こえた。

藤崎は立ち尽くしたまま、
暗くなりゆく森を見つめた。


翌朝の教室は、妙に静かだった。
窓の外には薄い霧が漂い、
遠くの山の稜線がぼやけて見えない。

出席を取りながら、藤崎は一瞬手を止めた。
三年生の名前を呼んでも返事がない。

「……川島理央」

誰も答えなかった。
周りの子たちは顔を見合わせることもなく、
ただ机の上のノートを見つめている。

藤崎は小さく咳払いをして、
職員室へ戻るとすぐに理央の家へ電話をかけた。

受話器の向こうから母親の声がした。
「えっ……理央、学校にいないんですか?」
その声が震えている。

「朝はちゃんと制服を着て出かけました。
 お弁当も持って……いつも通りでした。」

電話を切ったあと、
藤崎はしばらく机の上のカレンダーを見つめていた。
昨日、旧校舎で見つけたあの写真が脳裏に浮かぶ。
あの、焼けた端。
木の影に、見えない何かが重なっていた写真。

午後、校庭を歩くと、
高学年の男子たちが集まって何かを話していた。
声をかけようと近づいた瞬間、
彼らは一斉に背を向けて走り去った。

グラウンドの端には、
理央がいつも遊んでいた縄跳びが落ちていた。
白い縄が泥にまみれて、
霧の中で、ゆっくりと風に揺れている。

放課後になっても、理央は現れなかった。
教室の窓から見える森の向こう、
旧校舎の屋根が、霧の合間にかすかに覗いていた。

藤崎は、その方向を見つめたまま、
胸の奥で何かが音を立てて崩れていくのを感じていた。


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