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5話
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翌朝、校庭に霧が降りていた。
白い靄が、まるで地面から湧き上がってくるようだった。
昨日、理央がいなくなってから、まだ一日しか経っていない。
それなのに、学校全体の空気が変わっていた。
子供たちは声を出さなかった。
朝のチャイムが鳴っても、廊下で笑う子はいない。
ただ、整列して教室へ入り、
誰も目を合わせようとしない。
藤崎は黒板の前に立ち、出席を取った。
呼ばれた名前が次々に返事をしていく。
けれど、その声がどれも小さく、
遠くから響いているように感じた。
「……高木蒼」
返事がなかった。
もう一度呼ぶ。
誰も顔を上げない。
教室の隅で、ひかりが両手を握りしめているのが見えた。
昼休み、藤崎はひかりを呼び出した。
空き教室の片隅、薄いカーテン越しに光が揺れている。
「ひかり、先生に教えてくれるか。
春斗くんや理央ちゃんが、どこへ行ったのか……」
ひかりは俯いたまま、唇を噛んでいた。
しばらく沈黙が流れ、
やがて、小さな声で言った。
「春斗くんたちは……れんくんのところへ行ったんです」
藤崎の心臓が一瞬止まったように感じた。
ひかりの目は泣いていなかった。
それどころか、どこか安堵しているように見えた。
「もうすぐ、呼ばれるんです。
私も。」
そう言って、教室の外へ駆け出した。
追いかけたときには、もう姿がなかった。
放課後。
教室の窓を開けると、
夕方の霧がまた森のほうから流れ込んできていた。
遠くの屋根の上で、カラスが一羽鳴く。
机の上に置かれた出席簿を見つめながら、
藤崎は手が止まった。
蒼の机の上に、白い縄跳びが置かれている。
昨日、校庭で見つけた理央のものと同じ型だった。
藤崎は教室を見回した。
子供たちはみな席についている。
誰も話さない。
また次の日、藤崎は出席簿の空白を見て、胸がざわついた。
ひかりがいなかった。
昨日までいた席が、ぽっかりと空いている。
隣の子が机を見つめたまま動かない。
教室の空気は凍りついていた。
理央が消え、蒼がいなくなり、
そして今度は、ひかり。
藤崎は授業を別の教師に任せて、ひかりの家へ向かった。
坂を下りた先にある古い平屋。
庭の端に、赤いランドセルが置きっぱなしになっていた。
玄関の引き戸は半開きで、
母親が座り込んで泣いていた。
「先生……あの子、出て行ったんです。
いつもと同じ時間に、“もう呼ばれたから行くね”って……」
その言葉を聞いた瞬間、
藤崎の背筋に冷たいものが走った。
部屋の中は整ったままだった。
机の上には去年の遠足の写真があり、
笑うひかりと、その隣に立つ春斗の姿。
春斗だけがカメラを見ていなかった。
彼の視線は、写真の外――森の方向を向いていた。
藤崎は写真を見つめながら、
ひかりの母親に尋ねた。
「警察には?」
「来てくれました。でも、“家出の可能性がある”って……」
母親の声は震えていた。
涙で濡れた手が、何度も空を掴むように震える。
「この町は、おかしいんです。
誰も心配してくれない。
昨日も商店で話したら、
“子供はそのうち戻る”って、笑って……」
藤崎は返す言葉を失った。
帰り道、町の通りを歩くと、
人々はいつも通りの顔で挨拶をしてきた。
パン屋ではラジオが流れ、
子供たちの失踪のニュースは、どこにもなかった。
交差点の掲示板には、
一枚の貼り紙が新しく上から重ねられていた。
「星ヶ丘町 学校統合説明会のお知らせ」
藤崎はその紙をしばらく見つめた。
背後で風が吹き、どこかの屋根のトタンが鳴る。
振り返ると、通りの向こうに田所教頭の姿があった。
藤崎に気づくと、彼は一瞬立ち止まり、
短く会釈して去っていった。
その背中を見送りながら、藤崎は思った。
この町の人間は、みんな知っている。
けれど、誰も――何も言わない。
白い靄が、まるで地面から湧き上がってくるようだった。
昨日、理央がいなくなってから、まだ一日しか経っていない。
それなのに、学校全体の空気が変わっていた。
子供たちは声を出さなかった。
朝のチャイムが鳴っても、廊下で笑う子はいない。
ただ、整列して教室へ入り、
誰も目を合わせようとしない。
藤崎は黒板の前に立ち、出席を取った。
呼ばれた名前が次々に返事をしていく。
けれど、その声がどれも小さく、
遠くから響いているように感じた。
「……高木蒼」
返事がなかった。
もう一度呼ぶ。
誰も顔を上げない。
教室の隅で、ひかりが両手を握りしめているのが見えた。
昼休み、藤崎はひかりを呼び出した。
空き教室の片隅、薄いカーテン越しに光が揺れている。
「ひかり、先生に教えてくれるか。
春斗くんや理央ちゃんが、どこへ行ったのか……」
ひかりは俯いたまま、唇を噛んでいた。
しばらく沈黙が流れ、
やがて、小さな声で言った。
「春斗くんたちは……れんくんのところへ行ったんです」
藤崎の心臓が一瞬止まったように感じた。
ひかりの目は泣いていなかった。
それどころか、どこか安堵しているように見えた。
「もうすぐ、呼ばれるんです。
私も。」
そう言って、教室の外へ駆け出した。
追いかけたときには、もう姿がなかった。
放課後。
教室の窓を開けると、
夕方の霧がまた森のほうから流れ込んできていた。
遠くの屋根の上で、カラスが一羽鳴く。
机の上に置かれた出席簿を見つめながら、
藤崎は手が止まった。
蒼の机の上に、白い縄跳びが置かれている。
昨日、校庭で見つけた理央のものと同じ型だった。
藤崎は教室を見回した。
子供たちはみな席についている。
誰も話さない。
また次の日、藤崎は出席簿の空白を見て、胸がざわついた。
ひかりがいなかった。
昨日までいた席が、ぽっかりと空いている。
隣の子が机を見つめたまま動かない。
教室の空気は凍りついていた。
理央が消え、蒼がいなくなり、
そして今度は、ひかり。
藤崎は授業を別の教師に任せて、ひかりの家へ向かった。
坂を下りた先にある古い平屋。
庭の端に、赤いランドセルが置きっぱなしになっていた。
玄関の引き戸は半開きで、
母親が座り込んで泣いていた。
「先生……あの子、出て行ったんです。
いつもと同じ時間に、“もう呼ばれたから行くね”って……」
その言葉を聞いた瞬間、
藤崎の背筋に冷たいものが走った。
部屋の中は整ったままだった。
机の上には去年の遠足の写真があり、
笑うひかりと、その隣に立つ春斗の姿。
春斗だけがカメラを見ていなかった。
彼の視線は、写真の外――森の方向を向いていた。
藤崎は写真を見つめながら、
ひかりの母親に尋ねた。
「警察には?」
「来てくれました。でも、“家出の可能性がある”って……」
母親の声は震えていた。
涙で濡れた手が、何度も空を掴むように震える。
「この町は、おかしいんです。
誰も心配してくれない。
昨日も商店で話したら、
“子供はそのうち戻る”って、笑って……」
藤崎は返す言葉を失った。
帰り道、町の通りを歩くと、
人々はいつも通りの顔で挨拶をしてきた。
パン屋ではラジオが流れ、
子供たちの失踪のニュースは、どこにもなかった。
交差点の掲示板には、
一枚の貼り紙が新しく上から重ねられていた。
「星ヶ丘町 学校統合説明会のお知らせ」
藤崎はその紙をしばらく見つめた。
背後で風が吹き、どこかの屋根のトタンが鳴る。
振り返ると、通りの向こうに田所教頭の姿があった。
藤崎に気づくと、彼は一瞬立ち止まり、
短く会釈して去っていった。
その背中を見送りながら、藤崎は思った。
この町の人間は、みんな知っている。
けれど、誰も――何も言わない。
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