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10話
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昼過ぎ。
霧はまだ晴れず、町の輪郭が白く滲んでいた。
藤崎は、昨日の報告書の文字を思い出しながら歩いていた。
「児童一名死亡 担当教員:柏木誠」
その名前が、頭の中で何度も繰り返される。
町の資料をどれだけ探しても
一度あった形跡が削ぎ落とされたように、
事故以降の柏木誠という存在が“欠けて”いた。
藤崎は足を止め、
町の風景を見渡した。
人々の暮らしの音すら、ここではどこか遠くに感じる。
“この町は、何かを隠している。”
その確信だけが、
心の奥にじわじわと広がっていった。
藤崎は学校へ戻った。
旧校舎の記録庫をもう一度調べようと思ったのだ。
職員室の奥にある、古い書棚。
錆びた鍵を開けて中をのぞく。
ファイルがいくつも並び、
教員の記録、学級通信、年間行事――
どれも年月を経た紙の匂いを放っていた。
だが、“柏木”の名前は一度も出てこなかった。
藤崎は棚の底に手を伸ばし、
埃を払いながら最後の箱を引き出した。
「旧校舎記録」とだけ書かれた箱。
中には白紙のファイルがいくつも入っていた。
表紙だけあり、中身が抜かれている。
誰かが、意図的に処分したのだ。
藤崎は立ち上がり、
暗い職員室を見渡した。
夕方の光が窓から差し込み、
机の上の埃がきらきらと舞っている。
時計の針は止まったままだった。
“存在したのに、存在しなかったことにされている。”
藤崎は胸の奥が冷たくなるのを感じた。
すべての資料から、
たった一人の教師の痕跡だけが
きれいに削ぎ落とされている。
誰が、いつ、どうやって――
そして、なぜ。
外から、風の音がした。
窓の外に、霧が漂っている。
その奥に、旧校舎の屋根がぼんやりと浮かび上がって見えた。
もう一度、行かなければ。
そこにしか答えはない。
藤崎は静かに懐中電灯を手に取り、
窓越しに旧校舎を見つめた。
子供たちは、まだ見つかっていなかった。
警察は「一時的な集団家出の可能性もある」と言っていたが、町の人々はどこか腫れ物に触れるようにその話を避けていた。
藤崎は眠れぬ夜を過ごしていた。
職員室の机の上には、
行方不明になった生徒たちの名簿が広げられている。
校舎は休校のまま。
子供たちの声のない学校は、
まるで誰かに“封印された”場所のようだった。
焦りと恐怖が胸の奥でせめぎ合う。
だが藤崎は、どうしても“あの名前”のことが頭から離れなかった。
――柏木誠。
旧校舎の事故。
れんという児童。
そして、書類からきれいに消された一人の教師。
子供たちの失踪と、
この出来事は無関係ではない。
藤崎はそう確信していた。
夜、再び懐中電灯を手に取った。
もう一度旧校舎へ行く。
焦りが、恐怖を上回っていた。
扉を開けると、
埃の匂いと冷たい空気が一気に流れ込んだ。
床は湿っており、
壁の塗料は剥がれて木の地肌が露出している。
懐中電灯の光を揺らしながら、
藤崎は教室から教室へと歩き回った。
どこを見ても、
子供たちの痕跡はない。
靴も、ランドセルも、
あの夜見た黒板の文字も消えていた。
「……頼む、何か残っててくれ。」
独り言のように呟いた声が、
広い教室でやけに響いた。
最後の一室。
物置のように使われている部屋の片隅に、
崩れかけた段ボール箱があった。
箱の底を探ると、
湿った紙の感触が指先に触れた。
一冊の古いノートだった。
表紙は黒ずみ、
角は焦げたように焼けている。
鉛筆の筆跡で薄く残る文字。
「柏木」
藤崎の呼吸が荒くなった。
震える手でページをめくる。
最初の数ページは授業の記録。
子供たちの出席、日直の名前。
その中に「れん」の文字があった。
だが、その上から濃い線が何度も引かれ、
インクが滲んでいた。
ページをめくるごとに、筆跡が乱れていく。
「事故じゃない」
「田所が言うように書けと言った」
「僕は……」
文字は途中で途切れ、
水に滲んだようにぼやけていた。
藤崎はノートを握りしめた。
霧はまだ晴れず、町の輪郭が白く滲んでいた。
藤崎は、昨日の報告書の文字を思い出しながら歩いていた。
「児童一名死亡 担当教員:柏木誠」
その名前が、頭の中で何度も繰り返される。
町の資料をどれだけ探しても
一度あった形跡が削ぎ落とされたように、
事故以降の柏木誠という存在が“欠けて”いた。
藤崎は足を止め、
町の風景を見渡した。
人々の暮らしの音すら、ここではどこか遠くに感じる。
“この町は、何かを隠している。”
その確信だけが、
心の奥にじわじわと広がっていった。
藤崎は学校へ戻った。
旧校舎の記録庫をもう一度調べようと思ったのだ。
職員室の奥にある、古い書棚。
錆びた鍵を開けて中をのぞく。
ファイルがいくつも並び、
教員の記録、学級通信、年間行事――
どれも年月を経た紙の匂いを放っていた。
だが、“柏木”の名前は一度も出てこなかった。
藤崎は棚の底に手を伸ばし、
埃を払いながら最後の箱を引き出した。
「旧校舎記録」とだけ書かれた箱。
中には白紙のファイルがいくつも入っていた。
表紙だけあり、中身が抜かれている。
誰かが、意図的に処分したのだ。
藤崎は立ち上がり、
暗い職員室を見渡した。
夕方の光が窓から差し込み、
机の上の埃がきらきらと舞っている。
時計の針は止まったままだった。
“存在したのに、存在しなかったことにされている。”
藤崎は胸の奥が冷たくなるのを感じた。
すべての資料から、
たった一人の教師の痕跡だけが
きれいに削ぎ落とされている。
誰が、いつ、どうやって――
そして、なぜ。
外から、風の音がした。
窓の外に、霧が漂っている。
その奥に、旧校舎の屋根がぼんやりと浮かび上がって見えた。
もう一度、行かなければ。
そこにしか答えはない。
藤崎は静かに懐中電灯を手に取り、
窓越しに旧校舎を見つめた。
子供たちは、まだ見つかっていなかった。
警察は「一時的な集団家出の可能性もある」と言っていたが、町の人々はどこか腫れ物に触れるようにその話を避けていた。
藤崎は眠れぬ夜を過ごしていた。
職員室の机の上には、
行方不明になった生徒たちの名簿が広げられている。
校舎は休校のまま。
子供たちの声のない学校は、
まるで誰かに“封印された”場所のようだった。
焦りと恐怖が胸の奥でせめぎ合う。
だが藤崎は、どうしても“あの名前”のことが頭から離れなかった。
――柏木誠。
旧校舎の事故。
れんという児童。
そして、書類からきれいに消された一人の教師。
子供たちの失踪と、
この出来事は無関係ではない。
藤崎はそう確信していた。
夜、再び懐中電灯を手に取った。
もう一度旧校舎へ行く。
焦りが、恐怖を上回っていた。
扉を開けると、
埃の匂いと冷たい空気が一気に流れ込んだ。
床は湿っており、
壁の塗料は剥がれて木の地肌が露出している。
懐中電灯の光を揺らしながら、
藤崎は教室から教室へと歩き回った。
どこを見ても、
子供たちの痕跡はない。
靴も、ランドセルも、
あの夜見た黒板の文字も消えていた。
「……頼む、何か残っててくれ。」
独り言のように呟いた声が、
広い教室でやけに響いた。
最後の一室。
物置のように使われている部屋の片隅に、
崩れかけた段ボール箱があった。
箱の底を探ると、
湿った紙の感触が指先に触れた。
一冊の古いノートだった。
表紙は黒ずみ、
角は焦げたように焼けている。
鉛筆の筆跡で薄く残る文字。
「柏木」
藤崎の呼吸が荒くなった。
震える手でページをめくる。
最初の数ページは授業の記録。
子供たちの出席、日直の名前。
その中に「れん」の文字があった。
だが、その上から濃い線が何度も引かれ、
インクが滲んでいた。
ページをめくるごとに、筆跡が乱れていく。
「事故じゃない」
「田所が言うように書けと言った」
「僕は……」
文字は途中で途切れ、
水に滲んだようにぼやけていた。
藤崎はノートを握りしめた。
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