25人の子供たち

ひなた

文字の大きさ
11 / 19

11話

しおりを挟む
学校は、もう学校の形をしていなかった。
子供たちの声は無く、職員室にいる数人の仕事の音だけが虚しく響いている。
休校の張り紙は日に焼け、風に揺れていた。

藤崎は職員室で一人、柏木のノートを開いた。
「事故じゃない」「田所が言うように書け」
にじんだ文字を指でなぞる。
どんな経緯で、これが旧校舎に残されたのか。
それを考えるたび、胸の奥がざらついた。

ノートを閉じ、引き出しにしまおうとしたそのとき、
視線を感じた。

顔を上げると、部屋の奥に田所がいた。
電話を耳に当てながら、こちらを見ている。
口元がわずかに動いた。
その瞬間、藤崎はすぐに引き出しを閉じた。

――見られた。

ノートの存在が気づかれたかは分からないが
常にこちらの様子を伺っているようだった。


昼休み。
藤崎は町役場へ向かった。
資料室の空気はひんやりとして、誰もいない。
教育課の棚の奥に、茶色く変色したファイルがあった。
誰も来ないのを確認し、ファイルを開いた。

「星ヶ丘小 職員異動記録(未公開)」

開くと、
「柏木誠 退職理由:一身上の都合(委員会扱い)」
の文字。
その下に、線で消された一文がかすかに見えた。

「再審対象・別件処理」

再審。
つまり――処分の内容が正式に決まっていなかった。

柏木は“自ら去った”のではない。
“町が消した”。

資料を見ていると、
廊下の奥で足音がした。

誰かがドアの外に立っている。
影が、すりガラス越しに動いた。

だが、ノブは回らない。
足音だけが、ゆっくり遠ざかっていった。

藤崎は資料を閉じ、深く息を吐いた。
背中に冷たい汗が流れる。



夕方、藤崎は柏木の住所に書かれていた「星ヶ丘町西二丁目」を訪ねた。
道の端に、取り壊されずに残った一軒家がある。
壁はひび割れ、表札も半分剥がれていた。

柏木

かすかに読める文字。
郵便受けには、古いチラシが何枚も詰まっている。
中を覗いても、家具はなく、床には埃が積もっていた。

人の気配はまったくない。
誰かが何年も前にここを出たまま、
町も、時間も、その存在を忘れたようだった。


その時、背後から車のドアが閉まる音がした。
振り返ると、道の向こうに黒い車が停まっていた。
窓の向こうに人影が見える。
だが、エンジン音を立ててすぐに走り去った。

誰だったのか分からない。
だが、見られている――そう感じた。



夜、職員室に戻ると、
机の上に一枚の紙が置かれていた。
白いメモ用紙。
見覚えのない筆跡で、ただ一行。

「気をつけてください」

それだけ。
署名はなかった。

藤崎はその紙を見つめたまま、
しばらく動けなかった。
忠告なのか、脅しなのか、判断できない。

でも一つだけ確かなことがある。
――誰かが、見ている。

藤崎は柏木のノートをもう一度確かめ、
机の奥に深くしまい込んだ。
窓の外では、霧がまた濃くなり始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

処理中です...