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18話
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放課後の職員室は、ほとんどの灯りが落とされていた。
蛍光灯の光が半分だけ残り、
窓の外の夕焼けが机の上を淡く染めている。
藤崎は静かにドアを開けた。
静まり返った空気の奥で、紙をめくる音が一つ。
その音の主は、部屋の一番奥にいた。
田所。
机の上には山のような書類と、半分飲みかけのコーヒー。
疲れ切った背中が、薄暗い光の中で沈んで見える。
「……まだ残っていたんですか、藤崎先生」
「少し、お話がしたくて」
田所は顔を上げる。
眼鏡の奥の瞳は、どこか探るようだった。
「話?」
「れんくんの事故についてです」
ペンの音が止まる。
静寂が職員室を満たした。
「柏木先生と、あなたの会話を聞いた子がいます。
柏木先生が“罪を償いたい”と言い、
あなたが止めた――そう話していたと。」
田所は何も言わなかった。
机の上に手を置いたまま、ただ視線を落とす。
しばらくして、小さく息を吐いた。
「……そうですか。聞かれていたんですね」
その声は、静かで、少し震えていた。
「ええ。旧校舎の裏で、あなたと柏木先生が話しているのを。」
田所はゆっくりと顔を上げた。
その表情には、疲労と諦めとが混ざっていた。
「……柏木は、私の教え子だったんです」
藤崎は息をのんだ。
「教え子……?」
「ああ。教師を目指したのも、私の影響だと言っていました。
“田所先生みたいに子供を守れる教師になりたい”と。真面目で、不器用で……でも、心の優しい男でした。」
田所の声がかすかに震えた。
それは懐かしさではなく、
長いあいだ押し殺してきた痛みが滲む震えだった。
「先月のことです。あいつから連絡がありました。
“話したいことがある”と。久しぶりに会いたいと、そう言われて……私は、やっと少し立ち直ったんだろうと思ったんです。……違いました。」
藤崎は黙って耳を傾けた。
「柏木は、“あの日のことを終わらせたい”と言いました。れんのことを、事故のままにしておけないと。“本当のことを話すべきだ”と。私は止めました。
あいつが教師生命を失うだけじゃない。
町も学校も巻き込まれる。……それに、あいつが壊れてしまいそうで怖かった。」
田所の声が細くなり、
握りしめた手の甲が白くなる。
「春斗くんが、その会話を聞いていたんですね」
「ええ。あの子にとって、私たちは“何かを隠している大人”に見えたでしょう。
――いや、事実、隠していました。
れんを、柏木を、そして自分の罪を。」
藤崎は静かに問いかけた。
「柏木先生は、そのあとどうされたんですか」
「帰りました。“もう町を出る”と言って。
あの夜を最後に、姿を見ていません。
……でも、あの時の柏木の目は、
まるで、れんと一緒に自分を埋めようとしているようでした。」
田所の声が、ほとんど囁きに近くなった。
「私は、あいつを守りたかった。あの子を、罪から、現実から、守ってやりたかったんです。
でも結局、守れなかった。町も、れんも、柏木も。」
机の上に置かれた手が、わずかに震えた。
藤崎は一歩踏み出した。
「黙っていた理由が、それでも“守るため”だと言えるなら…… 別の形で守ってください。
柏木先生が残した想いを、あなたの言葉で外に出してほしい。」
田所は目を閉じた。
沈黙が、長く続いた。
やがて、ゆっくりと引き出しを開け、
一枚の紙束を取り出す。
「これは……事故当日の報告書の下書きです。
本来なら提出できなかった“もうひとつの記録”。
学校も町も、消したがっていた内容です。」
紙の端は黄ばんで波打ち、
長い年月を経たように脆くなっていた。
「これをどうするつもりですか」
「外に出します。
町の外へ。
あなたの言葉と一緒に。」
田所はしばらく黙っていたが、
やがて小さく頷いた。
「そうですか。」
彼は静かに笑った。
その笑みは、長い間抱えていた痛みが
ようやく形を持ったような、どこか寂しい笑みだった。
蛍光灯の光が半分だけ残り、
窓の外の夕焼けが机の上を淡く染めている。
藤崎は静かにドアを開けた。
静まり返った空気の奥で、紙をめくる音が一つ。
その音の主は、部屋の一番奥にいた。
田所。
机の上には山のような書類と、半分飲みかけのコーヒー。
疲れ切った背中が、薄暗い光の中で沈んで見える。
「……まだ残っていたんですか、藤崎先生」
「少し、お話がしたくて」
田所は顔を上げる。
眼鏡の奥の瞳は、どこか探るようだった。
「話?」
「れんくんの事故についてです」
ペンの音が止まる。
静寂が職員室を満たした。
「柏木先生と、あなたの会話を聞いた子がいます。
柏木先生が“罪を償いたい”と言い、
あなたが止めた――そう話していたと。」
田所は何も言わなかった。
机の上に手を置いたまま、ただ視線を落とす。
しばらくして、小さく息を吐いた。
「……そうですか。聞かれていたんですね」
その声は、静かで、少し震えていた。
「ええ。旧校舎の裏で、あなたと柏木先生が話しているのを。」
田所はゆっくりと顔を上げた。
その表情には、疲労と諦めとが混ざっていた。
「……柏木は、私の教え子だったんです」
藤崎は息をのんだ。
「教え子……?」
「ああ。教師を目指したのも、私の影響だと言っていました。
“田所先生みたいに子供を守れる教師になりたい”と。真面目で、不器用で……でも、心の優しい男でした。」
田所の声がかすかに震えた。
それは懐かしさではなく、
長いあいだ押し殺してきた痛みが滲む震えだった。
「先月のことです。あいつから連絡がありました。
“話したいことがある”と。久しぶりに会いたいと、そう言われて……私は、やっと少し立ち直ったんだろうと思ったんです。……違いました。」
藤崎は黙って耳を傾けた。
「柏木は、“あの日のことを終わらせたい”と言いました。れんのことを、事故のままにしておけないと。“本当のことを話すべきだ”と。私は止めました。
あいつが教師生命を失うだけじゃない。
町も学校も巻き込まれる。……それに、あいつが壊れてしまいそうで怖かった。」
田所の声が細くなり、
握りしめた手の甲が白くなる。
「春斗くんが、その会話を聞いていたんですね」
「ええ。あの子にとって、私たちは“何かを隠している大人”に見えたでしょう。
――いや、事実、隠していました。
れんを、柏木を、そして自分の罪を。」
藤崎は静かに問いかけた。
「柏木先生は、そのあとどうされたんですか」
「帰りました。“もう町を出る”と言って。
あの夜を最後に、姿を見ていません。
……でも、あの時の柏木の目は、
まるで、れんと一緒に自分を埋めようとしているようでした。」
田所の声が、ほとんど囁きに近くなった。
「私は、あいつを守りたかった。あの子を、罪から、現実から、守ってやりたかったんです。
でも結局、守れなかった。町も、れんも、柏木も。」
机の上に置かれた手が、わずかに震えた。
藤崎は一歩踏み出した。
「黙っていた理由が、それでも“守るため”だと言えるなら…… 別の形で守ってください。
柏木先生が残した想いを、あなたの言葉で外に出してほしい。」
田所は目を閉じた。
沈黙が、長く続いた。
やがて、ゆっくりと引き出しを開け、
一枚の紙束を取り出す。
「これは……事故当日の報告書の下書きです。
本来なら提出できなかった“もうひとつの記録”。
学校も町も、消したがっていた内容です。」
紙の端は黄ばんで波打ち、
長い年月を経たように脆くなっていた。
「これをどうするつもりですか」
「外に出します。
町の外へ。
あなたの言葉と一緒に。」
田所はしばらく黙っていたが、
やがて小さく頷いた。
「そうですか。」
彼は静かに笑った。
その笑みは、長い間抱えていた痛みが
ようやく形を持ったような、どこか寂しい笑みだった。
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