サイコパス

ハイブリッジ万生

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内緒の話(風祭大悟)

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「どこにいるんです?」

単刀直入に池照刑事は大悟のいる場所を訊いた。

向こうから連絡を取ってきた以上は会っても差し支えないという事なんだろう。

「え?逢いたいですか?」

「巫山戯てる場合でもないですよ」

「え?どうして?」

「今のところ、アリバイのないのはあなただけとなりました....」

「つまり...犯人はお前だ!.......と言いたいので?」

「.......そうです」

刑事はここに来て彼にオブラートに包んで話すメリットは何も無いと感じて率直に心象を伝えた。


「そうですか.......だと思って。用意しました」

「何を?」

「証人と証拠です」

「.......にわかには信じられませんね」

「そういうと思いました。今、大学のオープンスペースに居ます」

「会えるんですね」

「もちろん」

「では伺います」

「お待ちしております」

大悟の電話は芝居がかった口調でそう言うと切れた。


「なんちゅうやつやねん。警察を完全に舐めとるわ」

「ですね。まぁ、証人と証拠があるって言いますので」

「お手並み拝見やな」

「はい」




刑事達が大学のオープンスペースに着くと、形だけクラッシックだが、座ってみるとプラスチックだとわかる白い椅子に架けながら大悟が手を挙げてこちらに合図しているのが目に入った。

その横にはなんとなく、オタクっぽい印象の丸眼鏡にカメラをタスキがけにした中肉中背の男が座っていた。

「どうもどうも」

大悟が明るく迎える。

「どうも.......そちらの方が.......証人?」

オタクっぽい男性はコクんと頷いた。

「どういう事ですか?」

「いえ、実はあの時に言えなかった事を言おうと思いまして」

「.......是非。というか、何故黙秘なんてしたのです?」

「あの時言えなかったのはズバリ蘭が居たからです」

「聞かれたら不味い?」

「聞かれて不味くはないんですが.......ややこしくなりそうだったんで.......特にややこしくしそうな人も居ましたし」

「.......園子さん?」

「正解!」

正解してもあまり嬉しくはないが。

「で?被害者との関係はなんです?」

「関係というほどの関係ではないんです。ただ.......教授と蘭の怪しい関係について知っているかと言われ.......」

「はぁ?教授と.......蘭さんが?」

「いえ、今考えると嘘だったんでしょうけどね」

「騙されたんですか?.......君が?」

「いや、僕だって騙される時もありますよ」

「恋は盲目ってか?」

「.......こちらの刑事さんの言う通りです」

「ええと.......紹介してないのによくわかったね刑事だって」

「紹介されなかったからですよ.......同じ刑事さんじゃなかったら何らかの説明があるはずでしょ?」

「.......まあね。こちらは先輩の岩井刑事」

岩井刑事が軽く手を挙げて応えた。

鋭さは健在か.......でも騙されるんだ。

「まぁ、そんな訳で証拠の写真を持ってくるから、ここで待ち合わせて一緒に教授の所に行こうって話になってたんです」

「ここで?」

「ええ、ここで9時に待ち合わせしてました」

「証明できる人は?」

大悟は無言で隣を指さした。

男が僅かにお辞儀をした様にみえた。



「あなたは?」

「ええと.......鳥居です。鳥居大洋《とりいたいよう》」

「そう.......鳥居くんは彼の今の話を証明してくれるのかな?」

「は...はい。写真を.......撮ってるので」

「.......彼の?」

刑事は驚いて聞き返した。

「いえ、まさか!演劇部の.......高橋さんです」

鳥居は慌てて否定した。

「え?演劇部?」

「そう、彼は演劇部の専属カメラマン的な.......ま、ストーカーなんだけど」

「ちょ!大悟くん!!!なんてこと!」

鳥居は焦ってズレた眼鏡を曇らせながら抗議の唾を飛ばした。

「冗談!冗談だから落ち着けって!.......演劇部の優秀な記録係だろ?」

鳥居はブンブンと頷いている。

「ま、まぁ落ち着いて.......それで。その.......なんで演劇部の優秀な記録係の彼が大悟くんのアリバイを証明できるんです?」

「たまたま、彼の憧れの優子ちゃんが。通し稽古の前に喉を潤しにここに来た時に写真を撮ってたのを思い出したんですよ。それで、その写真に僕も写ってないかな.......とね」

鳥居は僅かに頷くと1枚の写真を取り出した。

時刻入ってないが、映り込んでいる時計が8時50分を指している。

高橋優子が自販機で何かを購入しようとしている後ろに確かに風祭大悟が写っている。


「あの.......これって7月7日で間違いない?」

刑事は鳥居に念を押した。

「.......まちがいないです。ここ」

鳥居が指をさした写真の奥に花火が上がっていた。

「.......これは.......合成とかじゃないよね?」

鳥居はブンブンと首を振った。

「う...疑うなら.......調べても」

「そう?疑うわけじゃないんだけどね...念の為に調べさせて貰うよ」

そう言って刑事は写真を早く見せろとせっついている先輩刑事に渡した。

大悟は肩を竦めてみせた。

──余裕だな.......しかし...

確かにこの写真が合成じゃないとするとちょっとやそっとじゃ動かしようがない物証になる......。

.......いや、まてよ。


「ちょっとまってください。騙されるところでした」

池照刑事はそう言って大悟を見据えた。

「え?.......何がです?」

「これって待ち合わせてしていたって言ってるだけでこの後ずっとここにいたという証拠にはなりませんよね?」

「.......あちゃ、気が付きました?」

そう言って大悟は舌をだした。

アリバイを崩された割には余裕がある。

「いやぁ、そうなんですけどね。この時に僕なにかしてますよね?」

大悟は岩井刑事が持っている写真を指した。

「ん?確かに携帯をかざしてなにか撮ってるような?」

「はい、それがこの映像です」

大悟は携帯を取り出すと保存データから動画を選択してみせた。

それは花火の動画だった。

1時間近く撮っている様だ。

しかしこれではどこから撮ったものかわからない。

「ね、これだけじゃ確かに証拠にはなりません。しかし、彼の写真と合わせると.......どうなります?」

むむむ.......なるほど、確かにこのスマホで撮影した場所がここだと証明できれば.......ここに居たことになる。

「しかし.......なんでそんなものを撮っていたんだい?花火が好きって訳でもないだろう?」

「言いますね。好きですよ花火.......まぁ、撮るほどではないですけどね.......蘭が観たがってたのを思い出して」

「じゃあ、一緒に観れば良かったのに」

「優先順位がね.......」

「彼女を信じられなかったと」

「信じてましたよ。ただ.......万が一と言う事もありますからね」

「.......随分普段の君と違うね」

「普段どう見られてるんです?」

大悟はそう嘯《うそぶ》いて不敵な笑みを見せた。





「まぁ、この写真は後で調べるとして.......被害者の北条みなみさんと事件の昼間に会っていたのは認めるよね?」

刑事は違う切り口で攻める事にした。

「.......ええ、まぁ」

「何をしていたの?」

「買い物に付き合わされてたんです」

「彼女と待ち合わせてるのに?」

「いやぁ、あの人。異常に押しが強いんでね、流石に根負けしてつい.......」

「それでつい付き合わされてるところを鈴原園子さんに見咎められたと?」

「アンラッキーでした.......しかも園子なんて」

「でも、園子さんはあなたとの約束を守って蘭さんには言わなかったらしいですよ」

「ですね.......意外でした。でも、あの時に話題に登ったら必ず言ってしまう雰囲気はありましたよ」

「それで黙秘したと.......」

「そうです.......こう見えて小心者なんで」

そういって大悟はまた肩を竦めてみせた。

──アメリカ人か君は?

池照は心の中でなじった。

「その後は?」

「その後.......?」

「園子くんと別れた後」

「あぁ、いつの間にか北条さんが居なくなってたので祭りの会場に向かいましたよ」

「その後彼女.......北条さんとは会ってない?」

「もちろん」

「証明できる?」

「.......証明は難しいですね。園子と別れた後に北条さんを探し回ったんですけど、結局見つからずに諦めて電車で西湖町に向かったのが6時だったので、その間に会ってた可能性は否定出来ませんね」

「ほな会ってたんか?」

「いえ、会ってた可能性が否定できないと言ったので、会ってたとは言ってません」

「.......なんや、教授みたいな事いいよるな」

──確かに、まるで今市教授だ。

「ただ、四時くらいまで園子に捕まってたのは店員やまわりの人が覚えているでしょうから、そのくらいの時刻に北条さんが既に我々のいるショッピングモールを離れているのがどこかの防犯カメラかNシステムに映っていれば会えてない証明にはなりますよね?」

「Nシステムなんてよう知っとるなぁ」

岩井が半ばおちょくる様に言った。

「まぁ、証明されるかどうかは分かりませんけど」

そう言ってまた肩を竦める大悟の印象は黒とも白ともつきかねた。

──筋は通っている。

しかし大悟のアリバイが証明されるとなると.......いよいよわからなくなってきた。

「.......あの」

池照がしばし沈思黙考していると大悟に声を掛けられた。

「.......ん?」

池照は半分気を抜いた様な生返事をしてしまった。

「犯人がわかったかも」

「.......なんだって?!」

池照の声に近くの学生が何人かこちらを振り向いた。


「ほんとうに?」

池照はまわりに気を使って囁く様にそう聞いた。

「え?ええまぁ、まだ固まってはいないんですけどね」

「.......聞かせて貰おうやないか」

岩井刑事も半信半疑ながらそう言って、近くの椅子にエマニエル夫人の様に逆に座った。

──もちろん座り方だけで色気の欠片もないが。

「まだ、僕のアリバイが証明されてませんが.......僕自身は自分が犯人では無いことは知ってます」

「.......で?」

「だとすると.......不思議ですよね?」

「何が?」

「関係者全員にアリバイがあるなんて」

「.......まぁね。アリバイが崩れなければだけど」

「で.......僕はひとつの結論に達したんですよね」

「どんな?」

「犯人は.......居なかったんじゃないか.......てね?」

「.......ん?池照?今の意味わかる?」

「.......いえ、分かりません」

「.......せやな、わしもわからん」

「.......つまり」

「.......つまり?」

風祭大悟は一呼吸置くとニッと笑った後に口を開いた。

「北条みなみさんは自殺だったという事です」




「はぁ?なにを言っとるの?」

そう言って呆れた様に目を見開いた岩井刑事を池照は責める事は出来なかった。

──本当に.......なにを言ってるの?

と池照も思ったからだ。

しかし、大悟は落ち着き払っていた。

「気持ちは分かりますが.......かの名探偵は言いました.......誰かは忘れましたけど」

「はぁ」

「どんなにありえない様な真実でもあらゆる可能性を潰して行って最後に残るものこそが.......真実」

「確かに.......そうだが.......どうやって?どこをどうみても.......」

「そう。どこをどうみても他殺であることが、密室である事と結びつくとどうなります?」

「.......教授に何らかの恨みがあって罪をきせたかった?」

「正解!」

「いや、まてまて、無理ありすぎやろ?後ろから刺されてるんやで?しかも、全裸でしかも服を脱いだ後に燃やされとる!死んだ後にや!どう説明するんや?」

「はい、その状況がつまり、服を脱がして燃やすという、一見意味不明な行動に理由を付けることになります」

「.......確実に他殺に見せる為に?」

「.......そういう事です」

「いやいや、でも.......無理やろ?」

「まず、後ろからの刺し傷ですが.......氷を使ったとしたらどうです?」

「氷?.......そんなん氷で刃物作ったところでどうやって自分に刺すんや?」

「下に置いて置くんです、画鋲の様に」

「画鋲?」

「そう、刃物と言うとどうしても細長い物を連想してしまいます。巨大な画鋲の様な物を氷で作って置いて置き自分から刺さる.......この時に既に全裸になっていて服は身体の上に持ってます」

「刃物らしきものの金属片が体内から出てるが.......」

「予め氷の先端に金属片を付けて置けば可能でしょう」

──そんな事が可能なのか?

「いや、だとしても、服はどうやって?」

「.......そこが1番の難問です」

「.......で?」

「彼女は製薬会社の研究員でしたよね?もしかしたら自然発火した後に跡形も痕跡の残らない何かを作れたのかもしれません」

「..............なんやそれ?」

岩井刑事が憮然として言い放った。

「.......いえ...ですからまだ固まってないと.......というか、これ以上はタダの大学生には調べようがありませんよ」

そう言って風祭大悟は開き直った。

──まぁ、確かにそうだろう。

もしも、彼の言うような魔法のアイテムがあったとしての話だが.......。

「.......そんな便利なものがあったとして.......動機はなに?」

「動機ですか?それこそ憶測の域を出ませんが.......痴情のもつれとか?」

「痴情のもつれにしてはかなり手のこんだ死に方しよるなぁ」

「まぁ、動機はさて置き.......どちらかと言うと普通の人よりは自殺願望があったと思いますね、僕は」

「なぜそう思うんだい?」

「彼女.......太宰治を信奉してたんでしょう?」

──なるほど、確かにその昔、人間失格に感銘を受けすぎた学生が自ら命を断つという悲劇があった様な.......。

池照はそんな馬鹿なと思いつつも、大悟の話を完全に否定しきれない自分がいることに気がついた。


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